きこりが泉に落としたのが、斧でよかった。
これが本だったとしたら、たぶん、女神は困ったはずだ。
水面からゆらゆらと本が落ちてくるのを見て、いつものルーチンで対応すればいいかと、
「きこりよ、そなたが落としたのは、この金の本であるか? それともこちらの銀の本であるか?」
などと言おうものなら、
「ちょっと何それ、金の本と銀の本? それって、本の形をした単なる置物じゃないですか。僕が落としたのは、置物じゃなくて本なんです」
と、感謝どころか顰蹙を買うのがオチである。
まあそういわれてみればその通りなので、マニュアル通りにしちゃったあたしってばおばかさん、自分ゲンコツ、ポカン、と、あらためて、
「きこりよ、そなたが落としたのは、この本であるか?」
と、きこりが落としたものとは比べ物にならないような高価な本、えーと、たとえば河出書房新社の池澤夏樹世界文学全集全24巻(あわせて6、7万円くらい)あたりを提示すると、
「ちょっと何それ、僕が読んでた本はそんなんじゃないですから。っていうか、そんなの、あんまり興味ないし」
と、きこりは不貞腐れるだけ。
やだわぁ、なんかめんどくさい客に当たっちゃったかも、と思いつつ、
「きこりよ、そなたが落としたのは、この本であるか?」
と、きこりが落としたくたびれた本の代わりに新品をあげようとすると、
「ちょっと何それ、僕が落としたのは初版本なんですけど。古書価が高いわけじゃないけど、それなりに貴重なんですから。女神様、もしかして、僕のことバカにしてるんですか?」
と、きこりの額にはイライラの気配。
思わずドンヨリ気分になりながら、だってしかたがないじゃない、落としたものをグレードアップして返すのがあたしの仕事なんだから。そのまま返したら、あたし、女神じゃなくて、泉の底に潜んでたただの美女になっちゃうじゃない、とブツブツ言いつつ、それでも顔には輝くような営業スマイルを浮かべて、これなら文句ないでしょ、とばかりに、
「きこりよ、そなたが落としたのは、この本であるか?」
と、きこりが落とした初版本を、それが出版された当時のままの新品の状態にして差し出すと、
「ちょっと何それ、女神様、あんた、なんてことしてくれるんですか。僕が落とした本、著者のサイン本なんですよ、そんな新品にしちゃったら、意味ないじゃないですか。あんた、本のことわかってるの? もしかして、本とか読まないヒト?」
と、きこりの顔はもはや苛立ちから軽蔑へ。
まあいずれにせよ、落とした本の代わりに何を出したところで、最後には、こう言われるに決まっている。
「そんな濡れた本じゃなくて、乾いたのにしてください」
この話の教訓。
本なんか読まないほうが、たぶん不満のない幸せな人生を送れる。
2009年08月16日
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いったい女神の本業は何なのか、と言うことを考えました。
池の底に潜んでいて、金の斧と銀の斧を用意しておいて、じっと斧が落ちてくるのを待つ。
女神業界の中でも、かなり悲惨なのではないでしょうか。
人間の運命についてなにか示唆するにしても、もうちょっとやり方があるのではないでしょうか。
やはり、ここは女神自身が人生を考え直すような本を積極的に投げ込んであげるべきだと思います。
「こころ」とか放り込むと、二度と再び出てこなくなるんじゃないかと思います。
うーむ、しかし考えようによっては、この女神、業界では勝ち組かもしれませんよ。女神業界の中には、たとえば、金のおにぎりと銀のおにぎりを用意してネズミの穴に潜んだまま、人類が誕生して以来ずーっと待ち続けている女神もいると思うのですよ。
あるいはもしかしたら、女神は泉の底なんかに潜んでないかもしれません。ふだんは広くて明るくて心地よい自宅のリビングでごろごろしていて、泉の底からお呼びがかかったら「はーい、ちょっと待ってねー」とかいいつつ金の斧と銀の斧を持って出かけるのかもしれません。
女神業界、まだまだ人間の想像の及ぶところではありません。
この女神もそうですが、昔話に出てくる女神って、大概のん気ですよね。
『高慢と偏見』の長女というか、CV:大原さやかというか、そんなかんじです。
「金の本だけど、金箔でできてるから、ほらほら、めくれるし読めるのよ!」
とでもすれば良いのでしょうか。
いやでも、サイン入り初版本には叶わないか……。
しかも良く考えたら、金箔って紙より破れやすいかも。
ファミコンキッドさん。
おそらく女神業は、のんきじゃないとやってらんないんだと思います。人間の理不尽な要求にカリカリしてる女神なんて、イヤです。
大原さやかの女神は、のんきというよりも能天気というか、そんな感じ?
黄黒さん。
金箔でできた本って、なにやら伝統工芸というか、職人技ですね。女神というより、たくましい職人の神とかからもらえそう。まあ水に濡れても大丈夫そうだから、泉の中で読むには便利かもしれないけど……。
金の斧さん。
ありがとうございます。っていうか、「正直書評」って何ですっけ。