2010年03月22日

キャバクラ本屋

先日、丹下健太『マイルド生活スーパーライト』を読んでいたら、
「セクキャバ」
というのが出てきて、主人公・上田の基準ではセクキャバは風俗ではないことになってるらしくて、よくわからないのでググってみたら、いや上田、それはたぶん風俗だよ‥‥、と思いました(気になるかたはググってみてください)。キャバクラとかスナックとか、あのあたりの区別、何がどういう内容のお店なのか、大人になったのに、いまだによくわかりません。
で、よくわかんないままに、先日の「書店ガイドツアー」の後でよく考えたのだけど、たとえば、
「キャバクラ本屋」
みたいな感じのお店があってもいいような気がするんですけど、どうでしょうか。

たとえば、「すみれ書店」なんていう看板がかかっているお店に入ると、白熱灯の、本屋さんにしては薄暗い店内で、ずらりと本棚が並んでいて、ところどころにソファとローテーブルが置いてあるのね。
本を物色していると、露出度高めの女子店員さんが密着してきて、
「お客さまぁ、どんな本を、お探しですかぁ」
「えーと、SFとか‥‥」
「SFですかぁ!? やぁん、マミもぉ、SF大好きなんですぅ」
「えっ、そうなんですか」
「そうなんですよぉ、最近ではぁ、やっぱ、イーガンとかぁ‥‥」
「イーガン、いいっすねえ、僕もイーガン、好きっす」
「やぁん、お客さんもですかぁ!? ねえ、よかったら、そっちに座ってぇ、ちょっとお話ししませんかぁ」
などと、隣り合ってソファに座って小一時間、イーガンの作品ではどれが好きとか、「夏への扉」の旧訳と新訳のどっちがいいかとか、「天の光はすべて星」の新しい表紙はいいよねーとか、2000年代日本人SFのベスト10は何かとか、これまでリアルな女の子とはぜったいできなかったようなコアなおしゃべりを楽しんで、マミちゃんからすすめられたハヤカワSFと創元推理文庫を3冊買って、お会計は1万円くらい。(再販制度により、新刊本を定価より高く売ることはできないので、本代+サービス料の金額です。)
こんなお店なら、
「あ、俺、キャバクラよりも、そっちのほうがいいかも」
という本好き男子は多いのではないかしら。
キャバクラと違ってお酒が出ないから、体にもよさそうだし。
いや、キャバクラ本屋には、キャバクラよりいいことが、もっとあります。
たとえば、

(1)経費で落とせる(かも)
不況で交際費がどんどん削られている今、「キャバクラすみれ」とかで領収証をもらっても経理に受け付けてもらえないかもしれませんが、これが「すみれ書店」ならば、資料代として認めてもらえそうです。

(2)奥さんや彼女にばれても大丈夫
ドラマなんかだと、背広のポケットから「キャバクラすみれ」とか店名入りのマッチが出てきて、
「あなた! これ、どういうことよ!」
などということになるわけですが、そんな心配はありません。そもそも、マッチなんてないし。
証拠品となるのは、「すみれ書店」のブックカバーのついた本とレシートくらい。
その本が背広のポケットに入っていても、奥さんや彼女は何の疑問も抱かないでしょう。
(もちろん、1、2万円分のレシートが出てきたら、それはそれで「あなた!」ということになるでしょうが。)

お客さん側だけでなく、店員さんにもメリットがありますよ。
なにしろ、

(3)お父さんや彼氏の理解が得られやすい
「バイトしたいんだけど」
「ん? 何するんだ? ファミレスとか喫茶店とかは許さんぞ」
「違うよー、本屋さん」
「おー、本屋か、なら、よかろう」
ということになるわけですから。

神保町の裏通りかどこかに、こんなお店、できないかしら。
でもこれ、業態としては、書店なんでしょうか、キャバクラなんでしょうか。私の基準では書店に入るのですが、彼女や奥さんは認めてくれないような気もします。


posted by 清太郎 at 10:40| Comment(5) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月15日

文化祭で古本屋

季節外れの話題だけど、文化祭の思い出をひとつ。
高校の文化祭で、クラスの出し物をしたことがありますか?
喫茶店とかお化け屋敷とか占いとか、あるいは研究発表、演劇や合唱‥‥。
僕は高3のとき、古本屋を経験しました。ちょっと変わってるでしょ。
経験しました、とかいって、発案者は僕なんだけどね。
受験を控えて、3年生は有志のみ参加(勉強したい人に迷惑かけないでね、ということ)。喫茶店やら研究発表やらといった大掛かりなことはできないそうにない。でも、何もしないのはつまらない。古本屋だったら、本さえ供出してもらえれば、当日は別に来てもらう必要はないし、でもやりたい人はそれなりに楽しめるんじゃないかしら、と考えたものだ。
一応みんな協力的で、50人弱のクラスだったけど、2000冊近い本が集まった。(まあ中には、どう見ても廃品回収に出した方がいいようなシロモノもあったが。)
ただ、本だけ並べても売れないだろうと、発案者の僕がもうひとつ提案したのが、
「出品者の生写真をつける」
というもの。今でいうところの「顔の見える商品」というやつですね。
当時はまだデジカメなんてものはなかったから、フィルムでちゃんと撮影して、焼き増しして。
ちょうどクラスに写真部の元副部長もいたので、彼女および彼女の命令のもとで働く現役写真部員に撮ってもらった。
もっとも、正直に出品者を申告しては、
「こんな気持ち悪い男子が読んだ本なんて、ギャッ、さわるのも汚らわしい」
ということになりかねないので(そういえば当時は、キモイなんて言葉もなかった)、ほとんどは偽装。かわいい系の女子に頼み込んで、モデルになってもらった。男子の写真は、ごく一部だけ。
だから、2000冊のほとんどは、わずか4、5人の女子の持ち物ということになってしまったけれど、まあすべての本を1冊1冊チェックする人なんていないだろうから、かまやしない。
ただ、本の中には夢野久作(今はなき教養文庫だ)や山田風太郎などもあったから、今考えると、
「このかわいい女子が、この本を‥‥、ずももも」
という鼻血ものの組み合わせがいっぱいあったはずだ。当時はあまりそんなことを意識しなかったので、今思うとやや惜しいような気もする。
モデルになってくれた女子は、「恥ずかしい〜」と最初は逃げ回りながらも、「これも思い出かなー」とか何とか言って、ちゃんと撮らせてくれた(もちろん、水着とかお色気ポーズとかじゃないよ。ふつうの日常写真)。まあ何だかんだいって、写真部の連中に、一眼レフのカメラでポートレートを撮ってもらうことなんて滅多にあるわけじゃないし、まんざらでもなかったんだと思う。
その生写真を1冊につき1枚、表紙の見返しのところに貼り付けた。個人情報保護だとかストーカーだとか、そんな面倒なことのない、まだまだ牧歌的な時代だったんだなあ、と今となっては思う。
とにかく、それが当たったのか、思った以上に本は売れた。ちなみに、文庫は50円、その他は100円。2日間しかなかったのに、売れ残ったのはたしか2、300冊だけだったと思う。
受験生として、わりとカリカリした毎日を送っていた僕たちにとって、この文化祭の古本屋は、いい気晴らしになった気がする。「本は出すけど、それ以上のことはごめんだよ」なんて言ってた級友も、多くが手伝いに来てくれたしね。
「たまにはこういう息抜きが必要だよねー」
なんて、打ち上げにはみんないい笑顔で喜んでた覚えがある。

でも、いちばん喜んでたのが、ほかならぬ僕であることは、友達には内緒だった。
実は当時、同じクラスに、ひそかに片思いしている女子がいた。彼女は地元の大学への進学を希望していて、僕は東京に出てくるつもりだったから、もう会えなくなることは、わかっていた。だから、卒業前にどうしても、彼女の写真がほしかった。(告白しようなんて、これっぽっちも思っていなかったのが、今となってはふしぎではある。)
それで、思いついたのが、文化祭の古本屋だったのだ。
「生写真をつけたら売れるかも」
などと、さも「いいアイデア思いつきました」みたいな顔をして提案しながら、本当はその写真のほうが目当て。古本は手段にしかすぎなかったってわけ。恋にはオクテだったけど、変なところで策士だったのだ。
もちろん、彼女が出品してくれた本はぜんぶチェックして、そのほとんどは自分で購入した。当然、写真のバリエーションはコンプリート。
本当は発案者の特権として、ネガ一式もほしかったのだけど、それを口にするのはさすがに恥ずかしく、でも思いきってリクエストしておけばよかったと、ずいぶん後まで後悔したものだ。
結局、恋は片思いのままで終わってしまったけれど、彼女のものだった本の何冊かは、その後、上京したときにもたずさえてきた。今でも、部屋の本棚におさまっている。





と、こんなことを書いたのも、その1冊、写真が挟まったままの1冊を昨夜、妻が見つけて、
「ちょっとアンタ、何、この女子高生の写真!?」
と鬼の形相で問い詰められたからです。
そういう理由なんです。ね、わかってくれた? 浮気とか援交とか、そんなんじゃないから。誤解だって。棄てられないだけなんだってば。ね、男子の純情なんだから、しょうがないんだってば。
あの、だから‥‥、写真、返していただきたいのですが‥‥。





ということで、わー、しまった、今さら気づいたけど、このネタ、今年のエイプリルフールにとっておけばよかった。
共学だったら、こういうのやりたかったなー。


posted by 清太郎 at 22:36| Comment(3) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月13日

書店員は本を薦められるのか?

八百屋さんは、野菜を薦められる。
「奥さん、今日は、いい大根、入ってますよ!」
と言える。
魚屋さんも、魚を薦められる。
「今日の夕ごはん、煮魚にでもしようと思うんだけど、何かない?」
といわれたら、
「奥さん、それなら今日はメバルがお得だよ」
とか何とか、薦められる。
これらに対して、われらが書店員さんは、どうか。
ちゃんと本を薦められるだろうか?
‥‥とあらためて考えると、よくわからない。

おそらく、ふつうにデキる書店員さんなら、たとえば、
「最近出た本で、売れてる本は何ですか?」
と聞かれれば、即答できるでしょう。
売れてる本や、雑誌や新聞の書評で絶賛されているような本を薦めることはできるでしょう。
あるいは、マニアックなお客さん、たとえば、
「天然系の美人おねえさんとツンデレ妹が大活躍するような小説を読みたいんだけど」
なんていうのに対して、
「それでしたら、こちらなどはいかがでしょうか」
とオススメすることもできるはずです。

でも質問の内容が、たとえば、
「甥(あるいは、いとこ)が高校に合格したから、お祝いに本を1冊あげたいんだけど、何かオススメの本ありますか?」
だとしたら、どうか。
こういうときに、
「有川浩とか、どっすかー。若い子に人気っすよー」
なんていう人がいたら、それはぜんぜんわかっていない店員だと思うし、あるいは、
「『アルジャーノンに花束を』とか、いっすよー」
というのも、いかにもマニュアル通り(しかもちょっと古い)のようで、つまらない気がする。
っていうか、その程度の本しか薦めてもらえないような本屋さんで買うなら、amazonで買ってもあまり違いはない気がします。
(ちなみに、私だったら、とりあえず西村佳哲『自分の仕事をつくる』(ちくま文庫)を薦めておきます。)

その内容についての賛否はさておき「いじめから守る45冊」の棚をつくっている、くすみ書房という本屋さんがありますが(このブログでも以前ネタにしました)、この本屋さんが選んだ45冊をほかの書店でもセット販売したとかで、な、なんという気概のなさ。そこはふつう、
「あそこの本屋が45冊だけど、うちは50冊だぜ」
「うちは、いじめられたときに読む100冊」
「うちは、いじめっ子に復讐する666冊」
と競うべきでしょう。
本はこんなにいっぱいあるんだから、少し工夫すれば、もっといろいろ発信できるはずです。
まあ年に8万点も出版物が出るわけで、それをさばくだけで手いっぱい、ということなのかもしれないけど、でもねえ、「本が売れない」と嘆いてばかりいないで、やるべきことをやろうよ、と思います。

と、珍しくこんなふうにからむのも、行きつけの本屋さんに、
西村佳哲『自分をいかして生きる』(バジリコ)
    『自分の仕事を考える3日間』(弘文堂)
がなかったから。
えーっ、なんだよー、おかげで、どちらも去年出た本だっていうのに、つい先日まで、知らなかったじゃんかよー。んーもう、どうしてくれるんだよー。ちょっとアンタんとこ、ちゃんと本見て仕入れてるの? どうなの? ホントにプロなの? 本見る目があるの? エッ!?
という愚痴でした。すんません。

まあでも、電子書籍が本格的に始動しそうな昨今、「自分の目で見て、仕入れて、売る」という小売店であれば当たり前のことをしない本屋さんは、どんどんいらなくなっていっちゃう気がします。流通のしくみがなかなかそれを許さない、という事情もあるけれど、もうちょっと本屋さんにはがんばってほしいなあ。なんだかんだいって、私にとって本屋さんは、1冊の本と初めて出会う場所なのだから。


posted by 清太郎 at 19:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月21日

書店ガイドツアー

美術館や博物館で、ガイドツアーなんてものがありますね。
ガイドさんが10人内外のお客をぞろぞろ先導して、主だった作品の前で、
「はーい、皆さん、注目〜」
とかいうの。
日本だとめちゃ混んでるか閑散としてるかのどっちかがほとんどなのであまり見かけませんが、欧米の大きな美術館・博物館ではあちこちで出くわします。
これを、本屋さんでできないか。

一般に、
「趣味は読書です。1か月に、えーと、10冊くらいは読むかな?」
という自称・読書家の人でも、その読書の内訳はほぼ小説だけだったり、あるいはその小説の中でも一部のジャンルに偏ってたりするわけで、いつも慣れ親しんでいる種類以外の本との出会いは、必ずしも多くはありません。
電子書籍やネット書店に対抗して、
「リアル書店は、本との偶然の出会いを提供できるのが強みです」
なんていう話をときどき聞くけれど、実のところ、大した広がりのない出会いの場にしかなってないような気がします。社内合コン程度の広がり、といった感じでしょうか。
とはいうものの、実際のところ、自分が知らない分野にチャレンジしようと思っても、どれがおもしろくて読むに値する本なのか、わからない人が多いでしょう。
そこで、そんな未知の本との出会いを求めるお客さんを集めて、書店内を案内して、いろんな分野のステキ本を紹介する、
「書店ガイドツアー」
というのがあってもいいんじゃないか。

たとえば、きれいなお姉さん書店員さんが、
「では皆さーん、右手をご覧くださーい。こちらは生物学コーナーです。ここでのおすすめは‥‥、そうねえ、これなんていかがでしょうか。木村李花子『野生馬を追う―ウマのフィールド・サイエンス』。著者は女性研究者で、原野にじっと身を潜めながら、野生の馬の群れをじーっと観察するんです。その描写がまた詩的で繊細で、自然科学の本なんだけど、なんか、もう、すごくって‥‥。ああ、馬って、いいわぁ‥‥(頬を染める)」
などとよくわからないけど色っぽくガイドしたり、あるいは、
「お次は、建築コーナーでーす。こちらでおすすめはぁ、えーと、ジャーン、これなんか、すっごいの。ジェフリー・ムーサス『縁側の思想』。マチャ、マサツー、マチャチュー、マチャツー、マサチューセッツ工科大学の建築科を出て、槇文彦と谷口吉生の下で働いたことのあるムーサスさんは、ガイジンだけど、京都の町家をリフォームしちゃったりして、すごいんですよー。タイトル見ると難しそーだけど、リフォームの話とか大家さんとの付き合いの話とかすっごい楽しくて、でもって、なんか日本建築の深いところも見えてきちゃったりなんかして、もう、ぜったい、おすすめ!」
などと甘ったれた感じでガイドしたりすると、いいところを見せたい男子客などが、
「じゃあ俺、それ、買っちゃおっかなー」
「俺も」
「俺も」
ということになったりしないかしら、とは思うものの、しかしどっちかというと、むしろ手堅く、中高年客を相手に、ベテランの(でもそれなりに若く、見た目もいい)店員さんによるガイドツアーのほうが、いいかもしれません。
結局のところ、こんなツアーを催しても、参加するのは中高年層ばかりのような気がするし。
お金があって暇もあるのは、リタイア組なんだろうし。
それにガイドする側にとっても、何十年もずーっと同じようなジャンルの本しか読んでこなかったオジサマオバサマに新たな読書のヨロコビを提案する、なんていうの、なんだかやりがいがありそうではないですか。
「俺が本当の読書の楽しみを教えてやるぜ!!」
なんて。

そうして、 そんな中高年のお客を引き連れて、文庫や文芸コーナーから人文、法経、理工書、美術などとすべて回って1〜2時間、1冊数分で数十冊の本を紹介するガイドツアー(もちろん、無料です)。
はじめは2、3人しか参加者がいないかもしれませんが、繰り返していくうちに口コミで広まり、リピーターもついて、
「火曜日の当番のタカシ君って子が、いいのよぅ」
なんて、ガイドさん目当てのお客さんも出てきたりして、そうなると当然、
「あらあ、もう終わりなの、残念だわあ。もっと、タカシ君に、いろんな本を、紹介してほしいわあ」
「ふふふ、奥様、でしたら、閉店後に、個人的に、いかがですか……」
ということになり、
「ただし、閉店後ですから、有料となりますが……」
ということになるんだけど、あらあ、やだわあ、だいじょうぶよぅ、そのくらいのお金は、あるわよぅ、うふふ。
ということになり、客のいなくなった夜の本屋さんで、一対一の濃密なガイド。
奥様はタカシ君の勧めるままにどんどん本を買い込んで、
「あらあ、ちょっと買いすぎちゃったかしらぁ。ねぇん、もしよかったらぁ、この本、うちまで持って帰るの、手伝ってくれるかしらぁん」
ということになり、
「あらやだ、うっかり忘れてたけど、今夜はうちのヒト、出張で留守だったんだわぁ」
ということになり、
「はい、タカシ君、ガイド代と持ち運びの手数料、お支払いするわね」
「奥さま、ちょっと多いようですが‥‥」
「やだあ、もう、うふぅん、わ・か・る、でしょ‥‥」
ということになり、でもっていつの間にかタカシ君の羽振りがよくなっちゃったりして、
「書店員のバイトって、時給が安くても、夜の仕事でけっこう儲かるらしいぜ」
「1年目でベンツ買ったって‥‥」
「てか、ベンツ買ってもらったっていうぜ‥‥」
ということになれば、書店業界に続々と人材が流入してきて、業界の活性化につながったりするんじゃないか、と思うんだけど、‥‥無理だよね。
それが可能なら、とっくの昔に、風俗業界の人が参入してます。


posted by 清太郎 at 19:19| Comment(3) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月14日

国民読書年テコ入れ

あいかわらず国民読書年が盛り上がりません。
1月の成人の日こそ、「20歳の20冊」なんて企画が持ち出されましたが、そのあとの節分の日には、
「今年は、豆の代わりに本を撒こう!」
なんていう気運はゼロ。今日のバレンタインデーも、
「チョコの代わりに本をあげるね。あたしだと思って、これを読んでね! ハイ、『罪と罰』」
ということもなくスルー。
少年ジャンプの読書アンケートでいえば、1週目だけは4位を獲得したものの、2週目ですでに2桁、その後も低迷したままで、今や最下位目前、といったところでしょうか。
となると、そろそろ、あれが必要なのかも。
あれが。
そう。
T・E・K・O・I・R・E。
テコ入れです。

伝統的・正統派のテコ入れ方法としては2種類の方法がありまして、ひとつは、
「バトル要素の導入」
です。
国民読書年なんて、どうせおとなしく静かに本読むだけでしょ、と思ってたら、いきなり、
「バトル開始!」
なのです。
しかも、「朗読大会」とかそういう生やさしいもんじゃありませんよ。肉がちぎれ、血しぶきが上がる、まさにジャンプ的な激闘です。
具体的には、
「天下一国民読書大会」
なんてどうでしょうか。
国民よ! これから最強の読書家を決める!
本を武器として、一対一で戦うのだ!
優勝者には図書カード100万円分!
ということで、ホームページか雑誌上で、大々的にエントリー募集が始まります。
もちろん、本といってもいろいろありますから、階級分けが必要ですね。
いちばん軽い、文庫級、コミック単行本級あたりから、新書級、単行本級、週刊少年マンガ誌級、写真集級などとあって、いちばんヘヴィーなのは国史大辞典級あたりで。
やがて各地の予選が始まり、バトルの様子はすべてネットで中継。
「女子中学の弱小文芸部が、部の存続をかけて、団体戦に参戦!」
といったような注目のトピックがあれば、各種の雑誌で取り上げたりなんかして、大会を盛り上げます。
でも、まあこれで1年もつほど世の中甘くないでしょうから、とりあえず春くらいをめどに天下一国民読書大会を開催するとして、その戦いの中、拳と拳を(というか本と本を)ぶつけ合った読書家たちの間には、いつしか熱い友情が‥‥。
そして戦いのさなか、彼らは気づいてしまうのだった、真の敵の存在に‥‥!
真の敵、それは、国民読書年の名のもとに国民の読書を統制しようとする悪の組織、暗黒国民読書団(略して書団)なのだった!
正義の読書家たちのもとへ、次から次へと送り出される書団からの刺客(武器は本です)。互いに協力し合いながら、その刺客たちとの苛烈な戦いをくぐり抜け(武器は本です)、読書家たちは、ついに大ボス、暗黒読書大帝を打ち倒すのだった!
というのが夏ごろで、しかし戦士たちの休息も束の間、暗黒読書大帝を操っていた裏の組織が存在していた!
ということになってさらに激烈な戦いが続けば、1年くらい何とかなるんじゃないでしょうか。

ちなみに、テコ入れ手段の2つ目は、
「お色気を導入」
で、具体的には、
「いきなり、本屋のお姉さんはみんなビキニ」
とかいうことで、どうせならバトル要素と一緒にして、
「水着姿で本バトル! ポロリもあるよ!」
というのでもいいかもしれませんが、しかし一歩間違えれば一般国民はおろか読書家からも見放されて、年半ばにして、
「国民読書年は今週で終わりです。みんな長い間ありがとう! 国民読書は永遠に不滅だ! 来週から始まる国民テレビ年を応援してね!」
ということになるかもしれないので、要注意です。


posted by 清太郎 at 19:05| Comment(4) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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