2014年08月14日

俳句で読書感想文を書く

「むかしむかしあるところに……」
というか、
「それは遠い昔、遠い国のことでございます……」
というか、とにかくそのくらいはるか昔、
「読書感想文は1行読めば書ける!」
というホームページがあって……。
いや、たしかホームページの名前は「本読みHP」で、「読書感想文は1行読めば書ける!」はその1コーナーだったんではないかしら……。
というくらい長いあいだ更新されていないサイト、そしてブログですが、皆さんお元気でしょうか。
当時の読者の中にはすでに結婚し、子をなし、もしかしたらお孫さんまでいらっしゃるかた、あるいはとうの昔に鬼籍に入られたかたも多いことでしょう。
そんなわけで、つくった本人の私も、「読書感想文は1行読めば書ける!」のことをすっかり忘れておりました。
どのくらい忘れてたかというと、先日、
「あ、このネタ、『読書感想文は1行読めば書ける!』で使えるかも!」
と思いついて一通り構成を考えて、うちに帰ってサイトを確認したら、
「すでに3年前にそのネタで書いてた」
というほどの忘れようです。
とはいえ、せっかく思いついたネタ、かぶっているとはいえ題材は多少違うし、何より時代は移り変わっても夏休みに読書感想文で悩む青少年は多かろう、ということで、とりあえず形にしてみました。
以下、読書感想文に苦しんでいるかたは、参考になさってください。

ちなみに、すっかり忘れていた前回のネタ、
「俳句で書いてみる」
は、『蕪村俳句集』の「夏河を越すうれしさよ手に草履」を題材にしたものでした。(やっぱり丸かぶりじゃん!)

「与謝蕪村の俳句を読む」

 この夏の読書感想文の本として僕が選んだのは、与謝蕪村の『蕪村俳句集』である。春夏秋冬の1055句に、「春風馬堤曲」など俳詩3篇を加えて一冊としたものだ(注1)。一句一句、味わうように丹念に通読した今(注2)、最も心に残った一句について、以下に書いてみたい。
 その一句とは、
「草いきれ人死居ると札の立」(くさいきれひとしにゐるとふだのたつ)
である。
 この句に触れて最初に連想したのは、諸星大二郎の作品「黒石島殺人事件」である(注3)。季節は夏、とある島で、全裸の女性の他殺死体が発見される。当初被害者と目されてた女性が実は生きていたことがわかって、死体の身元はあやふやになり、やがて死体を埋葬した岬が嵐で崩れて、最後は、「暑さと草いきれがすごくて、みんな幻を見ていたんだろう、死体なんてなかったんだ……」ということにしてしまうという、後味の悪い作品である。
 ひるがえってこの句「草いきれ人死居ると札の立」の情景を思い浮かべてみると、死んでいるのは、若い女性かもしれない。濃厚に立ち込める草いきれの中で、もう何も見つめることのない瞳を開いたまま、かすかな腐臭を漂わせ……。ああ、何とも蠱惑的ではないか!(注4)
 あるいは、わざわざ「札」を立てているわけだから、心中死体なのかもしれない。心中がご法度だった江戸時代、心中死体はそのまま晒されたのだとか。道ならぬ恋の末に死を選んだ、商家の旦那と娼妓なのか。野原の真ん中、見物人の好奇の視線にされされて、女の死体の裳裾からのぞく素足はどこまでも白く……。ああ、やはり思わず高ぶってしまうではないか(注5)
 与謝蕪村といえば、教科書に出てくる「春の海終日のたりのたり哉」「さみだれや大河を前に家二軒」といったユーモラスでのんびりとしたイメージを抱いていたが、まさかこんな不穏な雰囲気の俳句をつくっていたとは。蕪村の生々しい一面、あるいは猟奇的な一面を垣間見た気がする(注6)
 と、思わず蕪村と意気投合したように感じてしまったのだが、いや、待てよ。そうではないかもしれない。以上はこの句の「人死居る」を中心に読解したわけだが、この句の眼目は「札の立」のほうにあるのかもしれない。
 むせるような草いきれの中、人が死んでいることを告げる札が立っている。札は立っているが、実は、そこには死体はないかもしれない。もしかしたら、死体がそこにあったのは、ずいぶん以前のことだったのではないか。まだ草が青々と茂っていない、数か月も前だったのではないか。死体はとっくの昔に他所で埋葬され、そして今、日に焼けて文字の消えかけた立札を覆い隠すように、夏の草が青々と伸びている……。
 そう思うと、この句は「黒石島殺人事件」よりもむしろ、芭蕉の句「夏草や兵どもが夢の跡」に近いのかもしれない。いや、芭蕉の句が「兵」を「つわもの」と読ませたり「夢」とかいっちゃって微妙に中二っぽいのに比べると、この蕪村の一句のほうが、身近な題材の中に生と死、輪廻転生を感じさせる名句なのではないか……。
 わずか十七字の中に込められた、人の世の真実。俳句とは、なんと奥の深いものであろうか。「俳句をつくってみたい……」、僕は今、そう心からそう思っている(注7)

(文字数1300字、原稿用紙3枚強に相当)


(注1)文庫の表紙に書いてありました。中身は1行しか読まないとはいえ、こうした「あらすじ」などは存分に活用しましょう。
(注2)もちろん、読んでません。
(注3)「諸星大二郎のマンガ」と書いてしまうと、「何だよ、マンガかよ」と国語の先生に思われるかもしれないので、マンガ作品を引用する場合は、「マンガ」ではなく「作品」といいましょう。
(注4)あなたが十代男子であるのなら、感想文の中で熱い思いを吐露してみると、コピペ感が薄まり、さらに「青春だね!」と高評価を得ることができるかもしれません。
(注5)何度も熱い思いを吐露してみましょう。
(注6)ちなみに、往々にして句評によって明らかにされるのは、俳句をつくった人ではなく解釈する人の趣味や嗜好、人間性です。
(注7)国語の先生が文芸部で俳句を教えている場合は、こんなことを書いてはいけません。

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2012年01月15日

2011読書界番付

えー、皆さん、お元気ですか。

昨年の、
「読書界しょんぼり番付」
を考えた場合に、まあ津波で本屋さん壊滅とか電子書籍鳴かず飛ばずとか「旅」やら「ぴあ」やら雑誌廃刊とかといった項目が並んだ末尾に、
「本読みHPブログ停滞」
と付け加えてもいいくらい、更新滞りまくっております。
年末には恒例の「読書界番付」も発表しないままでした。ごめんなさい。

今年は、なんとかもうちょっと更新頻度をアップしたい!と思いつつも、もう1月も半ばであります。
ということで、年末にすっぽかした「2011読書界番付」の発表をもって、今年最初の更新とさせていただきます(安易だなあ)。
‥‥とはいうものの、昨年の読書界番付、なんだかイマイチなのよねー。震災があったから、というのも理由のひとつなんだろうけど、2011年は、なんというか読書界全体が、パッとしない感じだった気がします。そのパッとしない中で、「番付発表!」なんていってもねー、なんかビミョーだよね‥‥。
いろいろ考えたけど、項目数も、少なめです(年を追うごとに減っていく気がする)。
と、テンション低めなまま、以下が番付です。


読書界番付

西
原発本 横綱 震災・津波本
謎解きはディナーのあとで 大関 西村賢太
タニタ本 関脇 ジョブズ本
サッカー本 小結 ピンチョン
ビブリオバトル 前頭1 俳句
日比谷図書文化館 同2 金沢海みらい図書館

例のごとく、さらっと解説。

■横綱
・原発本
・地震・津波本

これはもう説明不要でしょう。
地震があって津波があって原発メルトダウンで、もうタイヘンなことになりましたが、そこはそれ、出版界は転んでもただでは起きず、人の不幸で飯を食います。
2011年に出た震災関連本は700点以上、うち原発本は200点に及ぶといいます。さらに、雑誌の特集も軒並み震災と原発でしたから、まさに震災・原発一色。
特に原発関連本は、どの本がどのくらい信じられるのか、どの本を読めばいいのか、まったくわけがわかりません。

■大関
・謎解きはディナーのあとで
・西村賢太

ここしばらく、直木賞がパッとしないのに比べて、話題になっているのが本屋大賞です。
2011年の本屋大賞受賞作『謎解きはディナーのあとで』は、12月の時点で180万部を突破。ドラマになり、続編も出て、本屋さんの店頭を賑わせ続けました。まさに「本屋さんが売りたい本」の鑑です。
一方の西村賢太は、「苦役列車」で2010年下半期の芥川賞を受賞。同時に受賞した朝吹真理子をさしおいて、とりわけネットの住人の間では「非モテの希望の星」として人気をさらいました。
今wikiを見たら、「受賞以後はワタナベエンターテインメントに所属し、タレント活動をおこなっている」と書いてあって、あの非モテな感じがキャラとして消費されておしまい、にならないといいんだけど‥‥。

■関脇
・タニタ本
・ジョブズ本

体脂肪計のタニタが「社員食堂のレシピ本」として出した『体脂肪計タニタの社員食堂』『続・体脂肪計タニタの社員食堂』は、正続あわせて430万部、読書界の枠を超えて、話題になりました。
今年に入って1月11日には、読者待望の、リアルにタニタのランチが味わえるという「丸の内タニタ食堂」がオープンして、(その混乱ぶりが)ニュースになってましたね。
一方のジョブズ本、スティーブ・ジョブズが10月8日に逝去した後、伝記『スティーブ・ジョブズ』の出版が前倒しとなり、24日には世界18カ国で同時発売され、日本では発売後1週間で上下あわせて100万部を突破、電子書籍版も好調で、他の出版社からも柳の下の二匹目、三匹目狙いのジョブズ本がいっぱい出ました。

■小結
・サッカー本
・ピンチョン

サッカー本といっても、サッカー小説とかサッカー教則本とかじゃなくて、サッカー選手の書いた本。とりわけ、日本代表・長谷部誠の『心を整える。 ―勝利をたぐり寄せるための56の習慣』が話題になりました。他にもよく見ると、
・長友佑都『日本男児』
・遠藤保仁『信頼する力―ジャパン躍進の真実と課題』
・川島永嗣『準備する力―夢を実現する逆算のマネジメント』
・内田篤人『僕は自分が見たことしか信じない』
など、いろいろあるのね。女子代表の澤も何冊も出してるし、三浦和良の『やめないよ』なんかもあって、サッカー選手本だけでベストイレブンが組めそうです。
一方のピンチョンは、新潮社からまさかの「ピンチョン全小説」が刊行され、マニアックな本好きから大歓迎されました。

■前頭1
・ビブリオバトル
・俳句

ビブリオバトルっていうのは、みんなの前でオススメ本をプレゼンして、どれがいちばん読みたくなったか!?を競う遊びね。京都で始まり、ここ数年、各地で行われていましたが、昨年は「ビブリオバトル首都決戦2011」が開催され、東浩紀や猪瀬直樹がゲストとして出演するなど、盛り上がりました。
東大の図書館でも開催されたみたいだし、小規模なものはどんどんあちこちで行われるようになっているみたい。そのうち、プロのビブリオバトラーが本屋さんを渡り歩いて、店頭で対決したりするようになると楽しいんだけど‥‥。
俳句は、「読書界」からちょっとずれるかもしれないけど、一昨年から私がハマってるので、おまけで。
「東京マッハ」などの俳句イベントが開かれたり、「ユリイカ」で俳句特集が出たり、女性誌「SPUR」でファッションと俳句がコラボしたり、新感覚の俳句雑誌「ハイネ」「ハインケル」が創刊されたり(ウソだけど)と、俳句が若い世代にも「なんだかステキにおもしろいもの」として認知されるようになったのが2011年でした。
今年あたり、俳句がブレイクするかも。各出版社には、引退世代向けだけではないオモシロ俳句本をがんばってつくってもらいたいものです。

■同2
・日比谷図書文化館
・金沢海みらい図書館

図書館好き以外にはあまり知られてないかもしれませんが、2011年には、新しい時代に向けた図書館が2つできました。
日比谷図書文化館は、東京都立日比谷図書館のリニューアルオープン。外観はほぼそのままながら、インテリアは一新、すっかりオシャレになりました。でも、それより大事なのは、「図書文化館」の名称が示すとおり、「歴史・文化を保存し発信する」ことがテーマとなっていること。本をいっぱい所蔵しているだけじゃなくて、ここから文化を発信してやるんだぜ!という攻めの姿勢の文化施設に生まれ変わったのです。
一方の金沢海みらい図書館は、シーラカンスK&H(建築本なのに泣ける!という名著『学校をつくろう』の福岡市立博多小学校をつくった建築事務所ね)の設計として建築業界でも話題になりましたが、この図書館のコンセプトは「地域コミュニティの核」。図書館だけじゃなくて、ホールや集会室などの交流施設が合体してるのね。
いろいろと模索が続く図書館業界のようですが、これからは、これら2つの図書館のように、単なる書棚の集積ではない、「何かできる場所」になっていくのかもしれません。まあ、それが本当に求められているかどうかは、わかんないけど‥‥。

ということで、以上、遅ればせながらの「2011年読書界番付」でした。「しょんぼり番付」のほうは、ホントにしょんぼりしちゃいそうなので、今回はナシ。今年は、どんなにしょんぼりなことがあっても、それを上回るステキなことがいっぱいあるような読書界になってほしいものです。ていうか、みんなで読書界を盛り上げていきましょう!



posted by 清太郎 at 11:47| Comment(5) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月11日

読書の音楽化

昨年は電子書籍元年でした。
今、電子書籍2年目は、残すところあと20日。
「2年目」とかいいながら、今年、日本の電子書籍は何の進展もございませんでした(あるいは、そこそこ進展したけど、同じくらい退行した。Kindleの日本版発売って、どうなったんだっけ?)
読書界の未来は、日本の未来と同様に、あいかわらずどんよりです。
そこで思うのですが、そろそろ抜本的、根本的に、読書について、というか読書のマーケティングについて、再検討すべきときではないのか。

再検討するにあたって参考としたいのが、音楽です。
音楽の楽しみ方は、誰もが知っているように、
「聴く」
「歌う」
です。
「聴く」のほうを支える産業は、CDやmp3や、あるいはコンサート。
「歌う」のほうは、まあ一部に歌声喫茶などもありますが、産業として大きいのは、
「カラオケ」
です。
娯楽が多様化する中で、実態は特定の波長で空気が振動しているだけというきわめて単純なものでしかない音楽がそれなりに踏みとどまっているのは、このカラオケがあるがため、といっても過言ではないでしょう。
カラオケボックスは、単に歌を歌うだけでなく、音楽を介したコミュニケーションの場でもあります。コミュニケーションという、ヒトがその性として求めざるを得ないものに目をつけて、音楽業界はもう何十年も前に、課金システムを確立していたのです。

それに対して、われらが読書業界は、どうか。
本の楽しみ方といえば、
「読む」
ほとんどこれのみです(まれに、「積むだけでも楽しい」という奇癖の持ち主もいますが)。
音楽のような広がりは、ありません。娯楽がますます多様化する中、今までと変わらず、ただ「読む」一本で勝負する、そんな姿勢がもう通用しないことは、火を見るよりも明らかです。

では、「読む」以外に、どうやって楽しめばいいのか。
「朗読する」
これです。声に出して読むのです。
「え、そんなの、“読む”と変わんないじゃん。声に出して読むだけじゃん」
というあなた、甘い!
声に出して本を読む。それは、ただの「読む」とは根本的に異なっているのです。
声に出して本を読むことで、声帯と横隔膜がふるえ、その刺激により交感神経の活動が亢進し、副腎髄質ではアドレナリンが分泌され、血管は拡張し、気分は高揚し、肌はつやつやになり、自己免疫作用が活性化され、便通も改善し、発毛も促進し、記憶力がよくなり、テストの点は10点上昇、仕事では上司にほめられ、異性にもモテる!
朗読には、そのように素晴らしい効果があるのです!!
……というようなことを、ウソでもいいから、読書界は発信すべきなのです。
いや、発信じゃなくて、もう力ずくで、そういうことを広める。とりあえずAKB48あたりを起用してCMをつくるべきなのです。

人間の嗜好、なかんずく日本人の嗜好なんて、マスコミの操作でいとも簡単に操れるものですから、何となくテレビや雑誌やネット上で、
「朗読って、楽しいらしいよ」
「身体にいいらしいよ」
「朗読うまいと、彼女ができるらしいよ」
ということになれば、なんだかホントに朗読って良いものに思えてくる。
「あ、俺も朗読しようかな」
「俺も」
「俺も」
ということになる。
学校帰り、職場帰り、あるいは子供が幼稚園に行ってるあいだ、
「ちょっと朗読しようよ」
ということになるわけです。
そうなってくると、朗読にふさわしい場所が少ないことに気づく。歌にはカラオケボックスがあるのに、朗読には、そのための場所がないじゃないの。ファミレスで朗読したら迷惑だし、公園で朗読するのは恥ずかしいし。
そこで、登場するのが、
「朗読ボックス」
です。以前の「朗読カラオケ」のネタで考えた、まさにそれね。
朗読ボックスの便利なところは、手ぶらで楽しめることです。本をもっていなくても、朗読ができる。
今は電子書籍があるから、朗読ボックス側も、広い書庫などをもたずとも、お客さんに朗読用の書籍を提供できます。
で、こうなると、音楽と同じで、著作権協会みたいな組織が整備されることになります。朗読ボックスで朗読された作品については、1作品につき一定の料金が出版社と著者に支払われるようになる。
かわりに出版社と著者は、朗読ボックス業者にどんどん電子書籍を提供する。朗読を通じた著作権使用料を得るために、みんな嬉々として電子書籍化をするわけです。
「朗読」という、本を使った新しい娯楽を創造することで、消費者は新しい喜びを見つけ、出版社と著者は潤い、電子書籍化も進む。
これにより、本屋さんの売り上げはV字回復‥‥することはないでしょうけど、少なくとも、読書業界の未来に、何かしらの展望が開けることは確かです。


まあ、もちろん、その代償として、朗読して気持ちがよさそうなサビの部分だけに力が入って、残りはテキトーな感じの小説が量産されるかもしれないけど‥‥。



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2011年09月25日

読書週間の標語「信じよう、本の力」

東日本大震災と津波、そして福島原発事故は、本業界にも大きな影響を及ぼしました。
・被災地の本屋さん壊滅
・紙不足などによる雑誌の刊行遅れ
・本の売り上げのさらなる落ち込み
・原発・放射能本ブーム
などです。
その影響はまだ続き、きたる10月27日〜11月9日、今年の読書週間にも、震災は影を落としています。

過去の記事で指摘してきたように、ここ数年、読書週間の標語は、素朴な読書推進から自己目的的な広告コピーへ、そして「脱・本」へと歩みを進めてきました。
(過去の記事は、こちらを参照。→2005年2006年2007年2008年2009年2010年
一昨年は、
「思わず夢中になりました」
昨年は、
「気がつけば、もう降りる駅。」
でしたから、地震さえなければおそらく今年の読書週間の標語は、
「いつの間にか、ホテル」
などになっていたことでしょう。
だが、しかし。
3月11日、地震が、津波が、原発事故が起こってしまいました。
そして、読書週間の標語はどうなったか。
今年、第65回読書週間の標語は、これです。
「信じよう、本の力」

3月11日以来、われわれの生活は一変しました。日本中がひとつになって(というか、ひとつになったような気分になって)、地震や津波、原発事故という苦難に耐えてきました。
われわれは、口々に言いました。
「信じよう、日本の力」
と。
そうしてお互い励ましあい、がんばってきました。
そしてそれは、本業界においても同じでした。
日本中がみんなでがんばっている。われわれにも、本というものを通じて、何かができるのではないか。本によって、あるいは本とともに、われわれは立ち直ろうではないか。本というわれわれのこの原点に立ち戻り、そこを拠り所にしようではないか! そうして明日へ、新しい日本へと、目を向けようではないか!!
そうだ、みんなで、
「信じよう、本の力」!!!
ということになったんでしょう。
「思わず夢中になりました」やら「気がつけば、もう降りる駅。」やら、すかしたコピーライターがやっつけ仕事でつくったような近年の路線から大きく舵をきった、まさに質実剛健、地に足をどっしりつけた、標語らしい標語、といえるかもしれません。

とはいえ、冷静に考えてみると、この標語、ちょっと、どうなのか。
「信じよう、本の力」
といわれて、「はい、信じます」ということになったとしても、震災後というこのとりわけ困難な時代にあって、具体的に本にはどんな力があるというのか。実際のところ、本には何ができるのか。
と、つらつら考えてみると、本は‥‥、
・地震を防げない
・津波を防げない
・原発のメルトダウンを防げない
・放射能拡散も防げない
・復興に役立たない
・景気の浮上にも役立たない
このように現実的には、本には何もできないのです。
「本の力」
とかいいつつ、本に力なんて、ありはしないのです。
「信じよう、本の力」
なんて威勢のいいことをいっておきながら、空虚な号令でしかない。
「信じよう」
「本の」
「力」
と一見したところ力強い言葉を並べているように見えて、今年の読書週間の標語は、この数年の標語に勝るとも劣らぬスカスカっぷりなのです。

とはいえ、もしかしたら、この標語の意図は、そうしたところにはないかもしれません。
標語が高らかに謳いあげている「本の力」は、震災後の日本をどうにかしよう、なんていう崇高なものではまったくないのではないか。
というのも、津波や原発に対して無力な本も、われわれの心には絶大な威力を発揮するからです。
読書はわれわれの心を、頭脳を、別世界へといざなってくれます。
本によって、われわれは現実では味わえないハラハラを、ドキドキを、涙を、笑いを、あるいは鋭い洞察を、理解を、得ることができます。
一冊の本は、ひとつの異世界への扉なのです。
どんなに苦しいことがあっても、つらいことがあっても、一冊のすばらしい本があれば、その苦しくつらい現実から逃れることができる。
その意味では、本には力が、信じるべき「本の力」があるんです。
そうです。みんなで、今年の読書週間は、
「本の力」
を信じましょう。
本の力を信じて、読書をしましょう。
そうして、読書週間の2週間、この震災後の復興もままならず原発どうするかわからず経済はさらにどうなるかわからず政治も混迷して明日も見えない沈鬱でどんよりとした日本の現実から、読書によって逃避しようではありませんか!
本さえあれば、どんな現実も怖くない!
ビバ! 本の力!!
信じよう、本の力!!


posted by 清太郎 at 20:30| Comment(6) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月16日

グラビア系俳句雑誌「Heinkel(ハインケル)」

前回、見た目まるっきり女性向けファッション誌のような俳句雑誌があってもいいんではないかと、
「Haine」
を考えてみたんですが、しかし女性誌があるのなら、当然、男性誌もつくりたいものです。
で、男性誌となると、やっぱり、求められるのは、エロ方面です。
たとえば毎号、水着やセミヌードといった、
「美女俳娘のセクシーグラビア」
の特集は必須。
そのほか、
「モテる俳句講座」
「女を口説ける句またがりテク!」
といったモテ記事、エロ記事をズラリ。
タイトルは、「Heine」にあわせて、
「heinkel(ハインケル)」
なんてところでどうでしょうか。
表紙は、こんな感じ。

heinkel表紙縮小.jpg

(拡大画像は、こちらのPDFで表示されます)

パッと見たところエッチ系でも、俳句に関する記事しか載っていない、一冊丸ごと俳句雑誌ですから、これを買って帰って、奥さんから、
「ちょっとお父さん、いい年して、何こんなの買ってるのよ!」
と怒られても、大丈夫です。
「何言ってるんだ、これ、俳句雑誌なんだからな。ホレ、俺が投句した句も載ってるぞ」
と、胸を張って抗弁できます。
(無理かな……。)

こうして「Haine」「Heinkel」という2つの雑誌が成功すると、そこはそれ、出版業界なんてマネしてなんぼの世界ですから、以後は雨後のたけのこのように新たな俳句雑誌が生まれてくるでしょう。
そうして、差別化のために細分化がどんどん進んで、たとえば、
・本当に上質な俳句を求める30代以上女性向け俳句誌「ハイブラウ」
・ちょっと背伸びをしたい10代女子のための入門誌「俳ティーン」
・10代ギャル系女子向けの小悪魔俳句誌「ハイカワイイ!」
・女子による女子のための女子的俳句誌「俳卵」
・海と風を感じるアウトドア系ナチュラル俳句誌「俳祭(ハイサイ)」
・アヴァンギャルド俳句で既存の秩序をぶち壊せ!「ハイジャック!」
・燃える男の格闘系俳句誌「ハイキック」
・健康スポーツ俳句誌「ハイジャンプ」
・自動車俳句誌「ハイオクタン」
・足フェチ俳句誌「ハイヒール」
・禁断のスカトロ俳句誌「HAISETSU」
・「HAISETSU」に対抗! せせらぎ俳句誌「HAINYO」
と、まさに百花繚乱。
この不況下の平成の世に、俳句文化は新たな転回を遂げることになるでしょう。

まあしかし、「Heinkel」ならともかく、さすがに「HAISETSU」や「HAINYO」では、奥さんに許してもらえないと思いますが……。



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2011年09月03日

俳諧ガールのための雑誌「Haine(ハイネ)」

先日初めて知ったのですが、
「囲碁ガール」
のためのフリーペーパーがあるそうです。
その名も、
「GOTEKI」
“オンナの知的好奇心を刺激する”だそうです。

まあ、それだけでは、ありがちというか、ちょっとおもしろいだけの企画なんですが、いや、侮ってはいけませんよ。
表紙を見て、びっくり。
ウェブサイトにあったVol.4の表紙が、これ。

goteki表紙.jpg

ね、ね、一見、ふつうの女性誌。
ロゴもデザインも、かわいい女子の写真も、まるでふつうの女性誌。
なのに、キャッチフレーズが、
「わたし囲碁ガールになります」
しかも、よく見ると、
「わたし、狙っちゃってもいいですか? 囲碁メン 恋の徹底攻略」
とか、
「碁的恋愛サロン 囲碁恋愛格言講座」
とか、もうたまらなく意味不明でステキ。

各コーナーの詳しい紹介も載っていて、それもいい。
たとえば、

★囲碁ガール的合コン生活。
若手お笑い芸人と囲碁ガールの飲み会を取材。自己紹介代わりにひとまず一局、仲良くなってまた一局、そんな彼女たちの様子を紹介します。

……合コンというか碁コン!? こんなの絶対仲良くなれないと思う!

★囲碁だってキラキラしたい!〜勝負運の上がるWINストラップ〜
ジュエリー会社「アビステ」と碁的のコラボが実現。キラキラなアイテムで気分を上げる。勝負運も上がります。

……え、囲碁って、そんな運頼みでいいの? ていうか、何この胡散臭いタイアップ……。

★碁クササイズ
囲碁で部分やせに効果あり?!碁盤を使った簡単エクササイズをご紹介。インストラクターのお墨付!

……碁盤を使ったエクササイズって、片手で持ち上げたりとか、碁盤の上で倒立とか!?

と、気になる内容ばかり。
サイトからは、電書版とPDF版がダウンロードできるので、ぜひ読んでみてください。


さて、こうなってくると、この「GOTEKI」、ほかでもマネしたくなります。
こういう無茶な女性誌企画、ぜひとも立ち上げたい……。
ということで、昨夏の「オタク俳句(二次元俳句)のすすめ」以来ハマっております俳句で、考えてみました。
雑誌名は、ずばり、
「Haine(ハイネ)」
なんていうのは、どうでしょうか。
表紙は、こんな感じ。

haine表紙縮小.jpg

(拡大画像は、こちらのPDFで表示されます)

気になる今月号の特集は、
「この秋最強!季語使いまわしコーデ」
100とか500とか、そんなにいっぱい季語を覚えられない! そんなアナタに、こっそり教えちゃうこの秋の厳選季語10アイテム&使いまわしテク! これだけ覚えておけば、どこの句会に行っても大丈夫!!
という、意外に実用的な内容です。
さらに、神野紗希、佐藤文香、野口る理といった若手女性俳人を立てた各コーナーをはじめ、占いやダイエット、恋愛や旅といった女性誌にお決まりの内容も揃っています。

そのほかのコーナーとして、

★俳諧ガール的合コン生活。
若手お笑い芸人と俳諧ガールの飲み会を取材。自己紹介代わりにひとまず一句、仲良くなってまた一句、飲み会はいきなり句会に。「そんなのちっともおもしろくない!」と、俳諧ガールたちの厳しい声が飛びます。

★俳句だってキラキラしたい!〜勝負運の上がるWINストラップ〜
ジュエリー会社「アビステ」とハイネのコラボが実現。キラキラなアイテムで気分を上げる。句会運も上がります。これさえあれば、アナタも「天」を取れる!

★俳クササイズ
俳句で部分やせに効果あり?! 俳句を使った簡単エクササイズをご紹介。インストラクターのお墨付!

そういえば、このご時世、付録も必要ですよね。
「アニエスベー×Haine 吟行トートバッグ」
とか。

うーむ、なかなか楽しそうです。
実はひそかに俳句がブームだという今、どこかの出版社がうっかり創刊しちゃったりしないかしら……。





posted by 清太郎 at 17:18| Comment(4) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月30日

「読書感想文は1行読めば書ける!」

えー、皆様、元気にお過ごしでしょうか。
夏が終わろうとしています。
まあぼちぼちと更新を再開したい、などと言いつつ、ウソばっかでした。
2か月も滞っておりました。
もうこのブログもおしまいか、と思っているかたも多いでしょう。
私もそう思ってました。

だが、しかし。
本をめぐる情況がますます流動化し、紙の本の行方も電書の行方も定かではない今(いや、どっちかというと悪い方向に向かってることだけは確かな気がするけど)、小さなブログとはいえ、何かやるべきことがあるのではないか!
という義侠心に駆られたわけではないのですが、今度こそ、本当に、ぼちぼちと再開してみようかと思います。

などといいつつ、本日の更新は、なし。
かわりに、6年くらいほったらかしだった、本家の「本読みHP」のほうを更新してみました。
超久しぶりに、
「読書感想文は1行読めば書ける!」
その番外編として、
「俳句で書いてみる」
です。
読書感想文に呻吟している中高生の皆さん、ぜひ参考にしてくださいね。
(なんていいつつ、ぜんぜん参考にならないけど。)


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2011年06月21日

初音ミクが電書店の一日店長になったよ!

えー、東日本大震災の津波で壊滅しちゃった本屋さんはいっぱいあって(もちろん、がんばって立ち直ってる本屋さんもいっぱいあって、応援してますが、それはそれとして)、製紙工場も大変なことになって紙が不足、それからインクも不足で、
「もう紙の本はダメだ。津波が来たらおしまいだ。もう紙はやめよう。脱・紙。これからは電子書籍の時代だ! 本棚はクラウドに限る!」
とばかりに、地震と津波をきっかけに電子書籍化の流れが一挙に加速するかと思いきや、ぜんぜんそんなことのない今日このごろです。皆さんいかがお過ごしでしょうか。

あの3・11以来、マスコミの話題が津波や原発寄りになっていることもあって、電子書籍のことなんて、なんかみんなどうでもよくなってきてるんじゃないかしら。
ていうか、津波と原発を言い訳に、なんとなくなし崩し的にうやむやにしていって、
「まあ電子書籍って、あれだよね、日本人の国民性に合わなかったんだよね‥‥」
といったところへもっていこうかしらん的なやる気のなさがミエミエのような気がします。
なにしろ、電子書籍元年に続く電子書籍2年も半ばを迎えようとする今になってすら、なお、
「電子書籍を買うのは、めんどくさい」
のです。
電子書籍(まどろっこしいので、以下「電書」)を買うには、いまだにいくつものハードルがあります。

(1)自分がどの電書を読みたいかわかっている
(2)その電書がどこの電書店で売ってるのか知っている
(3)その電書が自分の持っている端末で読めることを知っている
(4)その端末およびビューワーが電書を読むのにふさわしい

と、少なくともこのくらいのハードルがある。
これが紙の本であれば、本屋さんに行くのに、そもそも、
「自分がどの本を読みたいのかわかっている」
という人は、あんまりいないと思います。(たぶん3割くらいしかいない。特に、いわゆる読書家のほとんどは、買いたい本があって本屋さんに行くわけではないでしょう。まあ結局のところ、ネット上の電書ストアの魅力のなさは、それらが「電書を買うためのショッピングサイト」でしかないからだと思います。つまんないもの。)
自分がどんな本を買いたいのかわからなくても本屋さんに行けるのは、とりあえず本屋さんに行けば、規模の大小はあっても、それなりに現在出ている新刊の主だったところがざっくりと並んでいる、とわかってるから。(もちろん、本屋さんによって違いはいろいろありますが、それはそれとして。毎日何軒も本屋さんのハシゴをする人は少ないでしょうし。)
これが電書店となると、そうはいきません。今のところ日本語の電書に関しては、どんな大規模な電書店に行っても、現在出てる主だった電書がざっくり並んでるなんてことはありません。
というのも、もちろん、電書店ごとに扱っている出版社が違ってるからですね。
これはたとえば、家電量販店でいえば、
「うちは家電売ってますけど、冷蔵庫とエアコンは扱ってません」
とか、あるいは八百屋さんでいえば、
「うちは八百屋ですけど、キャベツと大根とトマトとピーマンと牛蒡と茄子とキュウリだけ売ってます」
とかいうようなもので、お客さんとしては、なんともめんどくさい。
要は、楽天やAmazonみたいに、それら電書店をぜんぶまとめた1つの窓口さえあれば、それさえあればいいという実に簡単な話なんですが、まあ何らかの大人の事情のようなものがあって、それができない。

そうした全般的なところだけでなく、細かいところでも、電書店の魅力はイマイチです。
たとえば、本の出版年。
一部の小説家の作品を除けば、本がいつ出版されたのか、というのはけっこう大切な情報です。その本の内容が古いのか新しいのかは、その本を読むかどうかを決める重要な基準のはずです。
なのに、この大切な情報がわからない電書店が多すぎる。
一例を挙げると、本のプロである丸善とNTT Docomoが組んでいる「honto」では、著者名・出版社・ブランド・支払方法・販売開始日・ISBNコード・紙の本サイズはパッとわかりますが、出版年は記されていません。
正直、販売開始日なんて、どうだっていいですよね。むしろ余計。紙の本サイズもPDFでなければ無意味な情報でしょう。
そうしたあまり必要ない情報はすぐわかるのに、出版年がわからない。「honto」で電書を買おうとすると(買ってないけど)、いちおうAmazonなどで出版年を確認してから買わないといけない、ということになります。

あるいは、「棚」の魅力のなさ。
リアル書店では、「棚」がそれなりに重視されますよね。魅力的な「棚」をもつ書店は、それだけで読書家から愛好されます。
話題になるような本屋さんは、それなりにどこも、「棚」のつくり方、本の見せ方に腐心してるわけです。リブロの「今泉棚」のような伝説的な存在になってるものもある。
なのに、電書店は、その「棚」が、何ともお粗末。
売れ筋とか新刊とか、本の表紙が漫然と並んでるだけ。何年も前に電子書籍が初めて出てきたときと、あんまり変わんない気がします。

そして、それより何より、あれがない。
あれです、あれ。
多くの本屋さんで、いつも待っている、あれ。
カウンターの向こうで、あるいは本棚のわきで、いつも一生懸命の……。
エプロン姿がとても似合っていて……。
そう、そうです。
あれです。
書店員さんです!
電書店には、書店員さんがいないのです!
というか、厳密に言うと、
「書店員のおねえさん」
が。
リアル書店にお客さん(男子のお客さん)が足を運ぶのはなぜか。
本を買うため、でもありますが、それは必ずしも多数派ではありません。
キャバクラに行く男性の目的が、お酒を飲むことではなく女の子とおしゃべりすることにある(よくわかんないけど、そうだよね?)のと同様に、本屋さんに行く男性の目的の一部は、ズバリ、
「書店員のおねえさんに会うこと」
であることは、周知の通りです。
当社アンケート調査(2010年)によると、都内の18〜25歳の男子が書店に行く理由(複数回答可)は、
・本を買うため・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21.5%
・ひまつぶし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・67.7%
・書店員のおねえさんに会うため・・・・41.3%
・トイレに行くため・・・・・・・・・・・・・・・・・6.2%
なのです。数の上では、本屋さんは本を買うための場所ではなく、むしろ、書店員のおねえさんに会うための場所であるといってもいい。
本が好きな多くの男子が、
「エプロン姿でわたわたと働いてるおねえさんが見たい!」
とか、
「軽やかな手さばきで瞬く間に本にカバーをかけてくれるおねえさんの熟練の技を堪能したい!」
とか、
「そのおねえさんがつけてくれた本のカバーに頬ずりしたい!」
とか、
「レジにエッチな本をもっていったときの、あの毒虫でも見るかのような冷たくキツいおねえさんの視線を浴びたい!」
とか、とにかくそんな熱い希望と期待を胸に、本屋さんに足を運んでいるといってもいい。
なのに、それなのに!
その重要な書店員のおねえさんが、おお、なんということか! 電書店には一人もいないとは、何事か!!
なんという手抜かり!
なんという過ち!
これもまた、電子書籍で一山当ててやろうとか他社に後れをとるなとか、売り手側が自分たちのことしか考えていないことの証左でしょう。
本当にお客さんのことを考えて電書店を開くのであれば、お客さんが本当に求めているもの、すなわち書店員のおねえさんを用意すべきなのです!

しかし、まあ、そこはそれ。
過ちて改めざる、これを過ちという、と孔子もいってます。
これまでの過ちを糾弾してばかりでは、前に進まない。
ミスがわかったら、修正すればいいんです。
これまで電書店におねえさんを置かなかったことを反省し、今日からでも頑張ってプログラムをつくって、電書店員のおねえさんを登場させればいいのです。
どんなおねえさんにするか――リアルっぽい3Dおねえさんにするか、アニメで萌えなおねえさんにするか――は、それぞれの電書店がユーザーの嗜好に合うように知恵を絞ればいい。
あるいは、以前書いた「i文学少女」のように、訪問したユーザーがそれぞれ自分で選べるようにしてもいいですね。
選択肢の中には、
「何よ、また来たの?」
なんていう、ツンデレ書店員さんがいてもいい。
でもって、そんな書店員のおねえさんとのコミュニケーションも、電書店の楽しみになるのです。
リアル書店のおねえさんとは違って、何度も買い物しているうちにだんだん仲良くなれて、やっぱり「i文学少女」のように、いずれは店外デート、同伴出勤、でもって夏は、
「み、みみみ、水着も!!!」
ということになるのだったら、ウブな文学青年は、もう、大興奮間違いなしです。

あるいはまた、電書店オリジナルのおねえさんだけじゃなくて、人気のアニメやゲームのキャラに書店員を務めてもらうのも一案でしょう。
いや、そんなキャラクター書店員こそ、リアル書店では実現不可能な、電書店ならではの魅力となるはずです。
たとえばいきなり初音ミクが一日店長になって、電書を買うと、その電書の最初の10行くらいを歌にしてその場で歌ってくれる、なんていうイベントがあったら、試しに1冊くらい購入してみる人はいっぱいいるんじゃないでしょうか。

まあ僕としては、それほど初音ミクには興味がないので、どうせなら一日店長はガンダムに出てくるセイラさんかエヴァのアスカあたりにやってもらいたい。そうしてわざとエッチな本を買って、毒虫でも見るかのような冷たくキツい視線を浴びせかけてもらいたいです‥‥。


posted by 清太郎 at 21:54| Comment(8) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月19日

俳句とポケモンカード

えー、お久しぶりでございます。
3・11の震災以来、どうも考えることが津波やら原発やらに引っ張られてしまって、ブログのネタになるようなバカなことに思いをめぐらすことができず、更新が滞っておりました。
‥‥というのは、ウソですね。いや、ウソじゃないけど、ホントじゃないですね。だって、震災前の1カ月間も、更新なかったもんね。なんか単にサボってただけかも‥‥。

ということで、まあぼちぼちと、再開したいと思います。
で、とりあえず、リハビリとして、本のバカネタではなくて、俳句についてのわりと真面目な話。
以前の「オタ俳句」で俳句のおもしろさを知って以来、すっかりハマっちゃって、ときどき中断しつつも、俳句をつくり続けてきたのね。
その間、句会にも参加しちゃったりして、今ではすっかり、どこに出しても恥ずかしくない「俳句初心者」になりました。
そうして、俳句初心者として半年間、俳句をつくってみて、まあそれなりに思ったり感じたりしたこともあるわけで、あんまり俳句に興味がない皆様向けに、それをちょっとまとめてみましょう、というのが今回のネタ。

で、どんなことを思ったり感じたりしたのかというと、ひと言で簡単に言えば、
「俳句は、詩よりもポケモンカードに似てる」
ということです。
などというと、句歴五十年の山田さん(65歳)あたりから、
「くわっ、俺の俳句が、ポケモンカードと一緒だってのか!! 俺は人生を俳句に懸けてんだぞ!! ってことは、エッ、何だ、俺の人生がポケモンカードだってのか!! 俺の人生が、紙みたいに薄いってんのか!! エッ、どうなんだ!!」
と怒られそうですが、まあそういう人は、「初心者だから何もわかっとらんのだ、バカめ」と思って聞き流していただきたい。

山田さんには申し訳ないけど、俳句は、ポケモンカードに似てます。
なんで似てるか、その理由は2つありまして、ひとつは、
「俳句は、言葉のコンボである」
ということです。
ポケモンカードの遊び方って、たとえば、単純にピカチュウのカードとキャタピーのカードを出し合って、ピカチュウが強いから勝ち、とかなんじゃないですよね。
キャタピー自体は弱いけど、それに他のカードの能力を付け足したりして、攻撃力を高めたりする。(えーと、私はポケモンカードについて、無知です。さわったこともありませんが、たぶん、そんな感じだよね?)
ポケモンカードのおもしろさは、そんな、
「カードのコンボ」
をキメること、なんだと思います(たぶん)。
で、俳句も、基本はそれと同じなんじゃないかしら。
カードではなく、言葉を組み合わせる、つまり、
「言葉のコンボ」
をつくるのが、俳句。(まあ、それだけではないとしても。)
たとえば、誰もが知ってる芭蕉の名句、
「閑さや岩にしみ入蝉の声」
これがどうして名句なのかというと、ふつう「蝉の声」ときたら、これはもう、うるさかったり騒がしかったり賑やかだったりするのが当たり前。それなのに、いきなり、
「しずかさや」
なんて言っちゃう。エッ、蝉なのに、しずか!? でも、それが、「岩にしみ入る」というのと相俟って、かえって蝉の声を感じさせる。芭蕉以前に誰もが思いつかなかった、そんな一発逆転のコンボが、この句なんだと思います。
使える言葉は、名詞や動詞から助詞、オノマトペまで、日本語の数だけあります(いや、日本語だけとは限らないか)。そこからいかに言葉を選んで、どう組み合わせてコンボをつくるか。
極端な場合は、言葉を2つ並べるだけでも、ステキな俳句になります。
 《カンバスの余白八月十五日  神野紗希》
とかね。
私が俳句をつくるときも、基本は、そんな感じです。
たとえば、「番長」という言葉が思い浮かんだ場合、それと組み合わせるには、どんな言葉がいいか。
「ケンカ」「学ラン」「子分」
といったような言葉は、もともと番長につきものですから、これらの言葉を組み合わせたって、大したコンボになりません。
「番長」を引き立てるような、なんかちょっと発見があるような、そんな言葉を使ったほうが、いいコンボになる。
ということで、
「番長がいきものがかり春隣り」
という句になったりする。
ちなみに、ここで重要なことは、こうして言葉のコンボをつくるとき、私自身の「心情」とか「感動」とかは、一切関係してないっていうこと。
俳句が詩そのものであるとしたら、心情も感動もない単なる言葉の組み合わせでは、
「えっ、何それ? 何その薄っぺらい言葉。それでも詩なの?」
ということになるのですが、俳句は詩よりもポケモンカードに近いですから、別に「心情」も「感動」も必要ありません。
このあたり、私に俳句の手ほどきをしてくれた千野帽子さんが、ずっと以前から、
「俳句は、“自分の言いたいこと(メッセージ)や感動を自分の言葉で表現するもの”なんかじゃない!」
と言っておりまして、大いに賛同してます。

さて、俳句がポケモンカードに近いもうひとつの理由は、
「俳句はゲームである」
ということです。
などというと、またもやさっきの山田さんから、「何!? 俳句がゲームだと!? 俺の人生はゲームだっていうのか!? エッ、どうなんだ!!」とすごまれそうなんだけど、でもねえ、やっぱり俳句って、ゲームっぽい。
ポケモンカードでコンボをつくったら、実践でどれだけ通用するか、バトルに出して試してみたくなるものです。(だよね?)
同様に、言葉のコンボで俳句をつくったら、このコンボがどれだけ通用するか、バトルに出してみたくなるはずです。
そのバトルの場が、たとえば、句会。
匿名で出し合った俳句に、点数をつけ合って、「わーい何点入った」とか「ぐぎー、一点も入らなかった」とか、それってゲームそのもの。
そこには、
「表現というのはその人のオリジナルのものであるから、たとえ不格好でも、その表現ひとつひとつに、魂が宿っているのです。どんな句も全部、すばらしい。みんな違って、みんないい」
なんて甘っちょろい考えは、一切ない。ダメなものはダメ。下手なものは下手。
オリジナルの表現を尊重するどころか、勝手にどんどん直しちゃったりもする。
「ここは○○じゃなくて△△に置き換えたほうが、もっといいよねー」
「あっ、そうか、じゃあ、そうする」
まあでも、そうやって、お互いワイワイ言いながら楽しめるところが、俳句のおもしろさじゃないかなあ、と思うのね。
となると、やっぱり、自分を表現する詩というよりも、みんなで持ち寄って見せ合いっこして楽しむゲームに近いでしょ。
俳句のことを、日本文化でワビサビで芸術だと思ってると、なにやら敷居が高いけど(私も長い間そう思ってたけど)、ポケモンカードに似たゲームだと思うと、なんだか楽しくなってくるはず。
ってことで、みなさん、俳句やってみませんか。

ただし、身近に俳句をやってる人がいないかぎり、句会なんてなかなかできませんよね。だから、代わりにTwitterで。
#otahaiku ハッシュタグでは、褒めたり腐したりワーワー言うようにしてるので、遊びたいかたはぜひ参戦ください。
ちなみに、一から俳句をはじめたい人におすすめの参考書は、藤田湘子『新版 20週俳句入門』(角川学芸出版)、ウェブでは日経ビジネスオンラインの連載「千堀の『投句教室575・別館』 飛び込め! かわずくん」、それから千野帽子さんが私の俳句(と皆さんの俳句)をビシバシ添削しまくるTwitterのまとめ「千野帽子俳句道場」「千野帽子俳句指南」は実践的にすごーく役立つと思います。

と、以上、「俳句はポケモンカードに似てる」という趣旨でここまで書いてきましたが、もしかして、
「ちょっとアンタ! さっきから黙って聞いておれば、何てことを抜かしやがるんだ! ポケモンカードはゲームじゃない! ポケモンカードは、芸術なんだ、アートなんだ!!! 現代日本を代表する文化なんだ!! 俳句なんかよりよっぽど高尚なんだ!! 一緒にしてもらっては困る!!」
と激怒しているポケモンカードファンがいたら、えーと、ごめんなさい。


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2011年01月10日

今年の恋愛運を本にたとえると‥‥

えー、新年明けましてからすでに10日が経っておりますが、皆様、お元気でしょうか。
何事もなかったかのように2010年は過ぎ去り、ということはつまり国民読書年なんてものがあったんだかなかったんだかもうよくわからないことになっており、電子書籍元年だった昨年に続き、今年は、
「電子書籍暦2年」
ということになります。書籍の電子化はますます加速しつつ進行する、ということです。

書籍の電子化、ということについて、おおかたの人は、間違った認識をもっています。
「電子化って、つまり、紙じゃなくて、携帯端末とかで本を読むことになるってことでしょ」
と、思っているあなた、それは、間違いです。
少なくとも、電子化という事象のごく一部を見ているにすぎません。実際の電子化とは、書籍を何で読むかなどといったメディアの枠内におさまるものではありません。
電子化とは、書籍が紙の本から解放されることであり、電子の海に流れる無限の情報の中へと拡散することであり、その無限の情報との相互作用を可能にすることなのです。
もはや本とは、ただ読むだけのものではない。情報の流れの中で、ほかのさまざまな物事と結びつくようになったのです。

‥‥などといっても、なんか難しくてよくわからん、という人がいるかもしれないので、具体的な例を示すと、たとえば、
「占い」
なんてどうでしょうか。
古来、占いといえば占星術とか手相とか亀甲とかタロットとか水晶とか花びらとか名前の画数とか動物とかが一般的でしたが、これからは、
「本占い」
なんてものが可能となります。なにしろ、本は電子化によって、世界中の情報とつながってるわけですからね。無限ともいえるその情報を通じて、あなたの運勢を占うことなんて、簡単至極、お手の物。伝統以外にろくな根拠がない(あるいは伝統すらない)そんじょそこらの占いよりも、よほど信頼できるはずです。

ということで、ためしにつくってみました。
「本で占う今年の恋愛運@twitter」
今年のあなたの恋愛運を、本にたとえると‥‥。
(別にtwitterをやってなくても占えます。)

ちなみに私の恋愛運を本にたとえると、
「坂の上の雲(司馬遼太郎) ロシア人とのおつきあいはおすすめしません。幼馴染が吉。」
だそうです。

posted by 清太郎 at 21:49| Comment(8) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月23日

2010読書界しょんぼり番付

えー、そんなわけで、「2010読書界番付」に続きまして、恒例の「読書界しょんぼり番付」です。
今年、読書界で最もしょんぼりだったのは‥‥、などともったいぶらなくてもおわかりでしょうが、横綱は、例のアレです。
大関以下は、いろいろ異論があるでしょうが、まあ「読書界番付」以上に、私の趣味と独断によるランキングですので、そのあたりはご了承ください。


読書界しょんぼり番付

西
国民読書年 横綱 東京都青少年健全育成条例改正
電子書籍 大関 ホーガン死去
俺と彼女が魔王と勇者で生徒会長 関脇 スイングジャーナル休刊
理論社破綻 小結 山田美妙

以下、解説。

■横綱
国民読書年
東京都青少年健全育成条例改正

鳴り物入りで始まった(わけでもないか)国民読書年、当初の見積もりでは、これのおかげで国民はもう本読みまくり、本買いまくり。本の読みすぎで経済は停滞し、でも出版社と取次と本屋さんはガハガハのウハウハ、出版市場は空前絶後の3兆円の大台に乗り、図書館も利用されまくって司書さん過労死、国民読書年関連のマスコットキャラ「ヨミネエ」は大ブレイクし、キャラクターグッズも売れに売れ、来春にはアニメ化決定、紅白にも出場! ということになるはずでしたが、えー、結果は、ご覧のとおり。予想の中で当たったのは、経済が停滞したことくらい。
っていうか、もう今さら誰も(まあ、おそらく一部の図書館関係者を除けば)、今年が国民読書年だったなんて、覚えていないし。国民読書年の国会決議をした議員さんも、すっかり忘れてることでしょう。
たぶん、いちばんいい落としどころは、
「みんな忘れてるんだし、国民読書年なんて、なかったことにすっか」
というあたりだと思います。
「えー、それでいいんですか!?」
と憤る人もいるかもしれないけど、でも、律儀に総括して、
「国民読書年は失敗でした」
とかいうよりも、なかったことにしたほうが、もう1回できるし(「やだ、何言ってるの、国民読書年は2010年じゃないわよー、2011年よー」と、しれっとした顔で言えば、たぶんみんな「あ、そういえば、そうだっけ」と信じると思う)、前向きでいいと思います。

12月15日、『KAGEROU』の発売日に、東京都議会本会議では、反社会的で過激な性描写のあるマンガを子どもに売らないよう規制する「青少年健全育成条例改正案」を可決しました。「非実在青少年」という文言はありませんが、まあ春に一度否決された案の焼き直しね。
作家はもちろん、ネットの住民や文化人、出版社も大反対で、東京国際アニメフェアへの参加を拒否したりしてます。
詳しい経緯はさておき、この条例の問題は、
「マンガは子どもが読むものである」
という前提に立ってるところだと思います。マンガが子どもしか読まないものであれば、そりゃもちろん、たとえ子どもの成長にとってときには汚れたもの・危ないものも必要だ、という意見があるとしても、やっぱり性暴力とか、含めるべきではないでしょう。
でも、実際のところ、ずいぶん前から、マンガってぜんぜん子どもだけのものじゃないし、そのあたりのことを、わかってるんだかわかってないんだか、とにかくちゃんと議論しないままに、成立しちゃったことが残念です。
っていうか、「マンガは子どもが読むものである」とか言っておきながら、「クールジャパンでコンテンツ輸出でウハウハしよう」などというところが、どうにもいやらしい気がします。 あと、問題点としては、性暴力と近親相姦が同レベルで扱われてること。これって、ぜんぜん同じレベルじゃないでしょう。よくわからん‥‥。

■大関
電子書籍
ホーガン死去

あれ? 電子書籍って、「読書界番付」のほうの横綱じゃなかったっけ?
と思う人も多いでしょうけど、電子書籍は、「読書界番付」上位であると同時に「しょんぼり」の上位でもあると思います。
だって、読書界を大いに賑わせたといわれる電子書籍ではありますが、結局のところ、「電子書籍だ、わー、タイヘンだ!」などと騒いでいるのは、おそらく、出版社と取次、一部の書店、一部の図書館関係者、それと一部の新しもの好きくらいで、多くの書店にとっては電子書籍だろうが何だろうが売り上げは右肩下がりだし、多くの図書館関係者にとっては電子書籍云々以前に司書の待遇改善しろとか図書購入費増やせとか議論すべきことは山積みだし、そして一般の読者にとっては、今のところ日本で出てる電子書籍は、紙の本に比べて、ぜんぜん魅力的じゃないんだもの。
本というのは、「売りもの」であると同時に「読むもの」なのであって、今年の「電子書籍元年」は「売りもの」としての電子書籍にとっては元年だった(そして「読書界番付」の横綱だった)のかもしれないけれど、「読むもの」としては残念ながらいまだ紀元前、夜明け前、「しょんぼり番付」上位確定、だったように思います。
個人的にも、これまでのところの電子書籍ブームに対しては、「要するに、電子書籍で儲けようと思ってるだけでしょ」と、なんだか白けた気分。
思うに、たとえば、部屋にいくつも本棚があるような本好きにとって、電子書籍の魅力はやっぱり「容積ゼロ」ということですよね。床に山と積まれた本を見ながら「これが全部電子書籍になったら、どれだけ家の中がすっきりすることか」と、何年か前に電子書籍のことを初めて聞いたとき、心ときめいた人は多いでしょう。
しかし、たとえ容積ゼロで保存できたとしても、それが「3年経ったら、読めなくなるかも」なんて代物だとしたら、とてもではないけれど使う気にはなりません。
本というのは、まあ音楽もそうなんだろうけど、1冊買って、読んで、あるいは読みさしのまま、あるいは読まずに、そのまま本棚の奥にしまいこんで、いつしか10年とか20年とか経って、その間一度も開いたことはなく、でもたとえば何か考え事をしているときに(ブログのネタとかね)、本棚をつらつら眺めていて、その10年以上前に買った本の背表紙がチラと目に入って、ハッと思いついて、手にとってパラパラめくり、あー、そうだ! とか何とか、そんな使われ方をするものです。読んで終わり、じゃないのね。
電子書籍には、もちろん使い勝手のよさも充実したラインナップも必要だけど、まずはやっぱり、この先ずっと使えます、10年後も20年後もその時代の端末でパッと読めます、という、そんな保証、安心感が不可欠だと思うんですよね。
もちろん紙の本だって、買って本棚に並べるばかりではなくて、さっと読んで古本屋さんに売っちゃったり、図書館で借りたり、という本もいっぱいありますが、だからといって、自分でお金を出して買った電子書籍が、いつの間にか読めなくなっていてもいいよー、ぜんぜん平気、という人は、あんまりいないんじゃないでしょうか。
とはいうものの、そんなこと言ってるのは一部の本好きだけで、世の多くの人にとっては、
「え? 何、そんなこと考えてるの? バカじゃないの? 本なんてテキトーに読み捨てればいいでしょ。何こだわってんの。キモー。ウケルwww」
ということなのかもしれないけど‥‥。

えーと、大関のもう一方、ホーガンというのはSF作家、ジェイムズ・P・ホーガンです。『断絶への航海』とかの人。
今年もいろんな作家が死にました。主だったところを挙げると、
・ロバート・B・パーカー(1月)
・北森鴻(1月)
・サリンジャー(1月)
・立松和平(2月)
・清水一行(3月)
・井上ひさし(4月)
・サラマーゴ(6月)
・つかこうへい(7月)
・ミラン・クンデラ(あのクンデラかと思ったら、あのクンデラのいとこでした)(8月)
・三浦哲郎(8月)
・佐野洋子(11月)
これらいろんな逝去作家を代表して、ホーガンが大関です。
まあ人によっては、
「ちょ、ちょっと、代表がホーガンって何、サリンジャーに決まってるでしょ!」
「いや、井上ひさし」
「ていうか、佐野洋子」
と、異論は多々あると思いますが、まあ、そういう方は、ご自分で番付をつくってください。

■関脇
俺と彼女が魔王と勇者で生徒会長
スイングジャーナル休刊

今年は、というか今年も、なのかどうかよくわかんないけど、盗作騒ぎが話題になりました。秋には、新人賞に選ばれた詩が盗作だったことが発覚しました、それよりも注目は、第16回電撃小説大賞最終選考作だったのに自主回収・絶版になっちゃった『俺と彼女が魔王と勇者で生徒会長』。
タイトルからしてスクラッチビルド、というかコピペっぽいのですが、内容も先行作品との類似表現があまりに多すぎました。
まあでも、どうせ読者も、どこかで読んだことあるような似たような作品ばかり読みたがってるんでしょうけどね‥‥。

さて、今年もいろんな雑誌が休刊になりました。
・スコラ
・ハイファッション
・銀花
・NAVI
などなど。とはいっても、昨年ほどではないですよね。とりあえず休刊ラッシュは落ち着いたんでしょうか。
そんな休刊雑誌を代表して、ジャズ専門誌のスイングジャーナル。7月号が最終号になりました。
これを取り上げたのは、特に思い入れがあるからというわけではなくて、この雑誌が休刊した後、むしろジャズって静かにブームになってるらしいから。「女子ジャズ」とかいって、初心者の女子向けのCDが売れたりしてるみたいだし。
まあ、だからといって、休刊しないでもうちょっとがんばってればよかった、ということではなくて、たぶん「スイングジャーナル」的なジャズの紹介っていうが、もういらなくなっていたってことなんでしょうけど‥‥。しょんぼり‥‥。

■小結
理論社破綻
山田美妙

一昨年、草思社が経営破綻したときには、これから出版社が続々倒産するのでは!? と、みんな青くなりましたが、どこも苦しいとはいえ、ネームバリューのある出版社の倒産って、そんなにあるわけじゃないのね。
そんな中、今年、頭ひとつ抜け出した(?)のが、理論社でした。
理論社っていったら、森絵都の『カラフル』。経営破綻とか民事再生法とかとは無縁のイメージでしたが、内情はタイヘンだったのねー。とりあえず、BS11デジタルを運営する日本BS放送が子会社化することになりました。

しょんぼり番付の最後は、山田美妙。
って、えーと、それ、何? 山田ってことは、人名? 人? 作家? 女子? ヤマダミ・タエちゃん?
という人が多いことでしょう。
もちろん作家です。男です。ヤマダ・ビミョウ。今年、没後百年を迎えた明治の文人。
今年2010年は、トルストイ、O・ヘンリ、マーク・トウェインなんかの没後百年でしたが、日本では大して話題にもなりませんでしたね。
山田美妙も、
「言文一致の先駆者は美妙だ! 二葉亭四迷よりもスゴイぞ!!」
と、没後百年を機にあらためてスポットが当たるかと思いきや、ぜんぜんそんなことにはなりませんでした。しょんぼり‥‥。

ということで、以上、今年のしょんぼりでした。
まあでも総じて、年間売上が2兆円を割り込んで衰退の一途を辿る出版界といいつつも、こうしてまとめてみると、思ったほどのしょんぼりではない1年だった、という気がします。
来年は何かいいことあるといいですね‥‥。


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2010年12月19日

2010読書界番付

はわわー。
ぼんやりしていたら、いつの間にかもう12月半ばではございませんか。2010年も残すところわずか2週間ですのよ! 奥様!
ということで年末恒例企画、今年も「読書界番付」をまとめてみたいと思います。
これまで同様、
「どれだけ売れたか、だけではなく、話題性やインパクトの大きさ、将来性、私の個人的趣味といった各要素を勘案したうえで」
順位付けしています。ご意見・ご要望がございましたら、どうぞお寄せください。

ていうか、えーと、この企画もさすがに何年もやってると、飽きてくるんですけど。上の文章も、これまでのもののコピペだし‥‥。
とはいえ、これをやっておかないと、前の年に何があったのかとか、すぐ忘れちゃうんだよねー。最近は、今読んでる本の前に何読んでたかも定かでないし‥‥。(これまでのものは、こちら。→200720082009
ということで、「2010読書界番付」です。
当初の予定では、今年はもう何といっても「国民読書年」! これに尽きる! 国民読書年のおかげで国民は本読みまくり! 本売れまくり! 出版市場規模は3兆円に! ということになるはずで、当然ながら東の横綱には国民読書年が君臨! のはずでしたが、さて、結果はどうだったか‥‥。


読書界番付

西
電子書籍 横綱 もしドラ
ONE PIECE 大関 鋼の錬金術師
ドラッカー 関脇 サンデル教授
非実在青少年 小結 iPad
KAGEROU 前頭1 ノルウェイの森
池上彰 同2 ゲゲゲ
はやぶさ本 同3 坂本龍馬本
GLOW 同4 冲方丁
フリー 同5 ミホちゃん

以下、さらっと解説です。

■横綱
電子書籍
もしドラ

出版界にとって、2010年は「何年」だったかといえば、「国民読書年」ではなく、「電子書籍元年」だったといえるでしょう。
もちろん、「何度目の“元年”だよ、ケッ」という見方もありますが、去年の今頃は「なんとなく電子書籍化への『風が吹いてきた』ような気がしますが、どうなることやら」などという状況だったことを思うと、確かに「元年」にふさわしい年だったように思えます。
ということで、昨年は期待を込めて横綱に据えた電子書籍が、今年は堂々の正横綱です。
ちなみに、現在の主な電子書籍店(いい呼び方はないのかしら)は、

・TSUTAYA GALAPAGOS
 専用端末GALAPAGOSで利用可。
 シャープ、CCCによるサービス。電子書籍はCCCが調達。
・Reader Store
 ソニーの専用端末Readerで利用可。パソコンを通さないとダウンロードできない。
 ソニー、KDDI、凸版印刷、朝日新聞の4社連合「ブックリスタ」が取次として電子書籍を卸す。
 老舗の電子書籍店パピレスからもReader向けに1万5,000冊を販売。
・honto
 大日本印刷が従来の電子書籍店「ウェブの書斎」をリニューアル。
 パソコンとiPhone/iPadに対応。
 大日本印刷はNTTドコモは共同事業「トゥ・ディファクト(2Dfact)」を設立しており、2011年1月からは「honto」をベースにドコモ端末のAndroid向けに電子書籍店をオープン。
・BOOK☆WALKER
 角川書店グループが運営。
 iPhone/iPad向けに、ライトノベルやコミックなど角川グループの電子書籍を提供。
・紀伊國屋書店Book Web Plus
 紀伊國屋書店によるオンライン電子書籍店。
 とりあえずはパソコン向けのみ。iPhone/iPad、Android版は開店予定・開発中。
・Kindle Store
 12月には日本版キンドルストアがオープン!?と噂されてたけど、今までのところ音沙汰なし。来年に期待。
・Google eBookstore
 GoogleがAndroid、iPhone/iPadなど複数のプラットフォーム向けに配信。
 スキャンした1200万冊(だっけ)のうち、パブリックドメインを中心とした300万冊のラインナップ。
 とりあえず日本での和書ストアは未定。

といったところでしょうか。
私はXperiaユーザーなので、来年1月のAndroid版「honto」が少し気になりますが、本命はもちろんKindle日本版です。
あ、電子書籍関連では、自分で本を断裁してスキャンしてPDF化する「自炊」も流行りましたよね。

えーと、横綱のもう一方は、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(ダイヤモンド社)です。
昨年末に刊行されて、今年7月に100万部を突破、電子書籍版も好調(10万ダウンロード以上だとか)で、書籍版・電子版あわせて200万部を超えました。
思いつきのネタとしてなら誰もが考えてそうなアイデアから、一定以上のレベルで本にした、まさに著者と出版社の勝利でしょう。来年にはNHKでアニメ化、さらに前田敦子主演で映画化も決まり、もう向かうところ敵なしです。
もちろん類似本もいっぱい出て、
・「金欠の高校生がバフェットから『お金持ちになる方法』を学んだら」(PHP研究所)
・「もし、かけだしカウンセラーが経営コンサルタントになったら」(出版文化社)
・「もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら」(イカロス出版)
・「もしONE PIECEファンの女子大生が起業したら」(イーグルパブリシング)
・「もし無機物が人間になって恋をしたら」(リブレ出版)
などがあるのですが、しかし個人的にはどっちかというと、
・「もしクラスのいじめ問題を解決したい14歳中学生女子(学級委員長)がロールズの『正義論』を読んだら」
・「もし実はエッチなことに興味津々の14歳中学生女子(学級委員長)がフーコーの『性の歴史』を読んだら」
といった方面を期待しております。人文系の出版社には、来年、がんばってもらいたいと思います。

■大関
ONE PIECE
鋼の錬金術師

昨年の番付で関脇だったONE PIECEが、今年もまた、そしてランクアップして番付に登場。
今年は、ジャンプで4週間の休載の後、2年後の「新章」に突入し、60巻は国内の出版史上最高となる初版発行340万部を記録、累計部数はついに2億部を突破しました。
夏には、神保町で「神保町 ONE PIECE カーニバル」が開催されましたよね。
まさに国民的マンガ! なんだけど、私、最初のほうしか読んでないので、あんまし興味ないです‥‥。

一方のハガレンは、9年にわたる連載がついに完結。個人的には、ONE PIECEよりもこっちの方が気になります。
雑誌「ユリイカ」の12月号もハガレン特集でした。

■関脇
ドラッカー
サンデル教授

「もしドラ」のおかげで、『マネジメント』の著者である経営学の巨人、ドラッカー本人もブームになりました。 たぶん「もしドラ」を読んでから『マネジメント』を手に取った人も大勢いるだろうし、入門書をはじめとするドラッカー本もいっぱい出ました。
先の見えない混迷の時代、とりあえず基本に立ち返る、という意味では、いいブームだと思います。

サンデル教授は、NHKの「ハーバード白熱教室」で話題になり、その講義をもとにした著書『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)がベストセラーになりました。
サンデル教授は来日して東大とかで講義し、その講義もまた本になり、もうウハウハ。「正義」がにわかに注目のキーワードとなり、ロールズ『正義論』の改訂版も、漬物石の代わりになりそうな巨大本なのに、一応それなりに売れてるように見えます(この手の本のわりには)。
こちらも、講義のおもしろさもさることながら、格差や貧困が話題になる現代日本で、「ところで、正義って何よ?」ということを考えるきっかけになる、いいブームだと思います。(しかし、あくまで考えるきっかけを与えるものなのであって、答えが書いてあるわけではない、ということを理解してない人も多い気がする。)

■小結
非実在青少年
iPad

今年のマンガ業界で話題になったのは、規制をめぐる問題でしょう。
その象徴ともいえる言葉が、この「非実在青少年」。「東京都青少年の健全な育成に関する条例(東京都青少年保護条例)改正案」に登場する言葉です。
「年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの(以下、非実在青少年という)」
というのね。この言葉、ネットでも大いに流行しました。
こんな改正案が通ったら文化が滅ぶ! と漫画家や出版社が大反対して一度はポシャりましたが、石原慎太郎都知事の主導のもと、「非実在青少年」という言葉自体は削除されたものの、形を変えた条例が今月に入って成立しちゃったことは、周知の通りです。

今回、電子書籍が横綱になりましたが、それが可能になったのも、iPadが出たから、といっても過言ではないでしょう。
iPad自体は別に電子書籍専用端末ではありませんが、カラーで、動画もミックスされて、するするストレスなく読める、というiPadで読める電子書籍は、まさに「本の未来」という感じで、大きなインパクトを与えました。
実際、今、どのくらいの人がどれだけiPadで電子書籍読んでるのか、よくわかんないんだけどね‥‥。

■前頭1枚目
KAGEROU
ノルウェイの森

都青少年健全育成条例改正案が可決されたちょうどその日に発売されたのが、水嶋ヒロ、というか斎藤智裕のデビュー作にしてポプラ社小説大賞受賞作『KAGEROU』です。
水嶋ヒロが、素性を明かさず本名で応募した作品が受賞、しかも『1Q84』のように発売前はストーリーが伏せられていたとあって大いに話題に。予約注文で43万部、発売2日で68万部という大ヒットとなりました。 肝心の中身は、素人くさいとか、やっぱ出来レースだったんじゃないのとか、全体的に辛口評価みたいなんですが(最初のほう読んだけど、まあたしかに文章はいかにも素人くさい)、しかし、こういう場合にありがちな「ぜったい泣ける! 感動ストーリー!」みたいな感じじゃないらしい、というだけで、私は評価しています。そのうちちゃんと読もう。

で、今年前半には『1Q84』の「BOOK3」が出た村上春樹ですが、しかし注目はやはり1Q84よりも、ついに映画化された「ノルウェイの森」ですよね。
トライ・アン・ユン監督の映画は、ひたすら美しくて、なんかイメージフィルムっぽいという印象もあるみたいですが、まあとりあえず、それよりも、そろそろ『ノルウェイの森』くらい読まなきゃ‥‥、というのが個人としての感想です。

■前頭2枚目
池上彰
ゲゲゲ

「もしドラ」もそうなんだけど、
「なーんだ、みんな、結局わかってなかったのか。やっぱり、わかりやすく説明してほしいだね」
と思ったのが、池上彰ブームでした。NHKの週刊こどもニュースから「わかりやすく説明してくれる人」として注目されるようになったこの人、『伝える力』(PHP ビジネス新書、2007)あたりで書き手としてブレイクしましたが、今年も『<わかりやすさ>の勉強法』(講談社現代新書)とか、『池上彰の学べるニュース』シリーズ(海竜社)とか、あれこれ出て、最近では本屋さんに池上彰コーナーもできてますよね。

「ゲゲゲの〜」は今年の流行語大賞になりましたね。NHK朝ドラ「ゲゲゲの女房」で、ゲゲゲ関連本(というのか?)も売れました。

■前頭3枚目
はやぶさ本
坂本龍馬本

今年は、ワールドカップでベスト16とかノーベル賞受賞とか、経済以外で「日本もけっこうやるじゃん」と多くの国民が思った年でしたが、中でもマニアックな話題を呼んだのが、小惑星「いとかわ」から帰還した「はやぶさ」でしたよね。関連本も続々と刊行されました。
・『小惑星探査機 はやぶさの大冒険』山根 一眞、マガジンハウス
・『はやぶさ、そうまでして君は〜生みの親がはじめて明かすプロジェクト秘話』川口 淳一郎、宝島社
など、思わず熱く擬人化したくなっちゃうことも特徴でした。

一方で、NHK大河ドラマ「龍馬伝」もそれなりに話題になり、やっぱり関連本続出。
岩波文庫から、『汗血千里の駒―坂本龍馬君之伝』(坂崎紫瀾)が出てたのが印象的でしたが、
・『人生が驚くほど変わる 龍馬脳のススメ』茂木健一郎、主婦と生活社
は、ちょっと微妙でした。何よ、龍馬脳って‥‥。

■前頭4枚目
GLOW
冲方丁

雑誌不振の中、今年も「sweet」を筆頭に宝島社の付録付き雑誌が好調でしたが、1つ挙げるとすれば「GLOW」です。「40代女子」向けの雑誌として、10月に創刊されました。銀座で女性400人に天然ルビーを配布、というキャンペーンも話題になりましたね。

今年の直木賞と芥川賞受賞作を、皆さん、覚えてますか。
2010年度上半期の芥川賞「乙女の密告」はわりと話題になりましたが、直木賞の中島京子は、作品のよさに比べて話題性は微妙(『冠・婚・葬・祭』とか『FUTON』とか、おすすめですよ!)、2009年度下半期の直木賞だった佐々木譲と白石一文なんて、ベテラン作家だけど、「あれ? この人たちが直木賞だったんだっけ?」って感じです。
それに比べると冲方丁の本屋大賞受賞作『天地明察』は大きな話題になりました。
日本SFファンと一部のアニメ好き以外にとっては「誰これ? おきかたちょう?」という程度の知名度だったと思いますが、本作のおかげで、一般の本好きにもそれなりに知られるようになったと思います。あ、名前の読み方は、「うぶかた・とう」ね。
ちなみに『天地明察』は、関さんが実は女子!という展開をずっと期待しながら読んだので、個人的にはがっかりな内容でした。

■前頭5枚目
フリー
ミホちゃん

電子書籍のよって、出版のあり方も少しずつ変化してきているようです。
その象徴ともいえるのが、昨年11月に出た『フリー〜〈無料〉からお金を生みだす新戦略』でした。発行と同時に電子書籍版を無料配布という思い切った試みによって、本の売上につなげ、半年で18万部という堂々のヒット。「フリーミアム」という言葉も話題になりました。

ミホちゃん、といっても、「誰それ?」と、ピンとこない人がほとんどでしょうが、コボちゃんの妹です。
読売新聞連載の四コママンガ「コボちゃん」が今年は連載1万回を迎え、ついにコボちゃんに妹が誕生。田畑家にとって、今年はターニングポイント(?)ともいえる年になりました。

と、以上が今年の「読書界番付」でした。
今年もいろいろあったんだねー。
って、あれ? 「国民読書年」がないんですけど‥‥。
ということで、次回の、これも恒例、「読書界しょんぼり番付」をお楽しみに!


posted by 清太郎 at 07:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月04日

量子書籍

えー、2010年、またの名を国民読書年、じゃなかった(国民読書年なんて、もう誰もおぼえちゃいないよね)電子書籍元年もいよいよ大詰めとなってまいりまして、村上龍とかが独自で電子書籍制作販売会社を設立したり、こんどの10日にはTSUTAYA GALAPAGOSがオープンしたり(3年後くらいに端末ともどもなくなってるかもしれないサービスにどれだけお金を出せるか微妙だけど)、いよいよKindleの日本版サービスが始まるらしいと噂されてたりと、電子書籍界隈は日々大賑わいなんですが……。
しかし、一読者として、なんか、もう、どうでもいいんだよねー。
電子書籍電子書籍って、騒いでるわりには、何も変わってないじゃん。
いまだに新刊の新書がぜんぶ電子書籍で読めるわけでもないし。
電子書籍か紙の本かでいまだに議論してたりとか。
結局のところ、読者のことなんて、ぜんぜん考えてないじゃん。
ていうかさー。
電子書籍ってあれだけ騒いでて、それが何? 流行語大賞にノミネートすらされてないしwww いいザマwww
っていうか、なんかさー、もうホトホト、あきれたっていうか。
バカじゃないの?
だいたいねー、そもそも、電子って、いまどき、どうよ!?
電子書籍とかいって、さも新しいみたいなこといってるけど、電子よ、デ・ン・シ!
電子なんて、しょせん、20世紀の産物じゃん?
電子戦隊デンジマンなんて、1980年よ!
それを、この21世紀になって、電子書籍スゴイとか電子書籍ヤバイとか、マジそう思ってるわけ?
電子とか、いまどき、ありえなくない?
今なら、せめて、量子じゃない?
新しいっていうんなら、「量子書籍」くらい言ってよねー。

というわけで、われわれ真の読書人としては、電子書籍ではなく、むしろ量子書籍に着目せねばならないのである。
電子書籍と違って、量子書籍は、本当にスゴイ。
なにしろ量子なんである。量子。
量子といえば、
「シュレディンガーの猫」
である。量子の世界では、よくわかんないけど、猫は死んでる状態と生きてる状態の重ね合わせなんである。
ということは、である。
『吾輩は猫である』の猫は、読み始めるまでは、中の猫は死んでる状態と生きてる状態の重ね合わせ、ということなんである。
読んでみるまで、吾輩の猫は死んでるか生きてるかわかんない、というか、死んでいてかつ生きているんである。
でもって、読み始めたとたん、
「吾輩は、死んでいる。完」
ということにもなるのである。あるいはまた、物語の最後で猫が水に溺れることもなく、延々と生き続け、猫の物語も延々と続き、ついには苦沙弥先生のほうが先に逝去、ということもありうるのである。

いや、『吾輩は猫である』に限ったことではないし、また生き死にに関わることばかりではない。
たとえば、ポオ「黒猫」の猫は壁の中に死体と一緒に塗りこめられないかもしれず(だから、完全犯罪が成立する)、『夏への扉』のピートは家中を回って「夏への扉」を探さないかもしれなくて(だから、タイトルが『夏への扉』じゃなくなる)、小沼丹『白と黒の猫』の猫は大寺さんのところにやって来ないかもしれず(こちらもタイトル変更)、多和田葉子「ころびねこ」のコチトラは知らない間に入れ替わってるかどうかさらに不明になり、内田百ケン『ノラや』のノラはある日突然いなくなったりしないかもしれず、グーグーだって猫であるかどうか怪しいものになり、ていうか、猫以前にむしろ、「吾輩は河馬である」とか、そういうことになってるかもしれず、もうとにかく、よくわからないことになってしまうんである。
しかも、である。
それは一回限りのことではない。
読むたびに、読み始めるたびに、その何やらよくわからぬことが起きるのである。
さらにさらに、それは、あなたと私とではまったく別のものになる。
同じ作品をもとにしながら、昨日私が読んだのは手に汗握る冒険活劇の『吾輩はパンダである』であったのに、今日あなたが読むのは紅涙絞る悲恋ドラマ『吾輩はモモンガである』ということにもなるのである。
ということは、である。
ああ!!
そう、そうなのである。
量子書籍、というこの書籍の臨界点において、おお、神よ照覧あれ、文学はついに、テキストの呪縛から解き放たれるのである!!
口承文芸から文字に書かれた文学へという転換にともない、作者の書いたテキストという牢獄に閉じ込められて久しい文学が、嗚呼、再び、自由を手にするときが到来したのである!
おお! ついに文学は、無限の可能性を手に入れることができるのである!!
量子書籍において、文学は、まったく新たな段階へと、進化を遂げるのだ!!

ということで、以上のことからわかるように、新時代の量子書籍の登場によって、文学はまったく新しい地平へと飛翔し、大きな変革を遂げますが、実質的には、量子書籍のフォーマットで出版されるのは、ごく一部の作品にかぎられるでしょう。
多くのエンターテインメント、とりわけ殺人事件の解決を楽しむようなミステリなどは、量子書籍で出版することは難しいはずです(殺人事件が起こらないかもしれないから)。
小説以外の多くの実用書、専門書も、量子書籍では扱えません。
そんなわけで量子書籍は、書籍の最先端を行くものであるにもかかわらず、紙の本とじゅうぶん共存できるのです。
電子書籍と違って、本屋さんも出版社も取次もひと安心。
出版界の皆さんは、電子書籍なんかにかかずらってないで、はやいとこ量子書籍化を考えるべきでしょう。
そして来年を、記念すべき、
「量子書籍元年」
とするのです!!


ちなみに、最も量子書籍化にふさわしくないものが、
「かわいい子猫の写真集」
であることは、言うまでもありません。

posted by 清太郎 at 09:18| Comment(4) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月14日

ドクメン

えー、なんというか、申し訳ないんですが、実に久しぶりの更新です。
実は死んでたとか、ブログ飽きたとか、記憶喪失になってたとか、牢獄に入ってたとか、特に理由はないのですが、気がついたら、すっかり放置してましたね‥‥。読者の皆さん、ごめんなさい。

まあとにかく、何事もなかったかのように、今日の話題。
えーと、年末も近くなりまして、先日、今年の流行語大賞のノミネート語が発表されました。
われらが「国民読書年」が入ってないのは残念ながら当然のことですが、それどころか、出版界周辺でさんざん話題になった「電子書籍」すら、影も形も見えません。
世間一般において、電子書籍なんて、別にどうでもいい、あってもなくてもいいようなものなのね‥‥。しょぼん‥‥。

で、「電子書籍」の入っていないこの60のノミネート語の中のひとつに、「イクメン」というのがあります。
育児する男子、ですね。
育児する男子はカッコイイ! お父さん、ジャンジャン育休とろうよ! ということで、厚生労働省のお墨付きで「イクメンプロジェクト」なんてのもあったりして、この言葉は、まあそれなりに人口に膾炙しました(少なくとも、「電子書籍」以上に、ということらしいです)。父親の育休自体は、たいして増えてないんだけどね‥‥。
ちなみに、米国ニューヨークでは、育児するお父さんたちは「SAHD(stay-at-home dad)」なんて自称して、ネットワークを広げているんだとか。

さて、こうしてイクメンが流行るのであれば、われらが読書界も、いつまでも黙っているわけにはいきません。
イクメンにあやかって、
「ドクメン」
を流行らせようではありませんか!
ドクメン、もちろん、「読書する男子」です。読書する男子はカッコイイ! みんなもっと本読もうぜ! ということです。
厚生労働省の代わりに文部科学省あたりにバックアップしてもらって、「ドクメンプロジェクト」を立ち上げてもいいでしょう。
猿真似だろうと二番煎じだろうと、どうだっていい。ジリ貧の出版界としては、再起をかけて、使えるものは何でも使わねばならないのです。(まあ伝統的に出版界は、猿真似と二番煎じが得意とされていますが‥‥。)

で、そのドクメンプロジェクトでは、具体的に何をするか。
イクメンプロジェクトに倣うと、次のようなものが考えられます。
・ドクメン登録募集
・ドクメンサポーター登録募集
・ドクメンプロジェクト公式Twitter
・トークショー「ドクメンフォーラム」の開催
・ドクメンシンポジウムの開催

‥‥。
地味だ‥‥。
なんというか、地味すぎです‥‥。
この程度の内容では、「読書する男子はカッコイイ! みんなもっと本を読もうぜ!」なんてことに、なるはずがありません。(本家のイクメンプロジェクトのほうでも、このプロジェクトを通して世間の趨勢が「育児する男子はカッコイイ! お父さん、ジャンジャン育休とろうよ!」ということになっていません。)

ドクメンプロジェクトにおいては、もっとガツンとインパクトのある施策を行う必要があるでしょう。
では、何をすればいいのか。
出版界の利点は、自らが情報発信主体であることです。
イクメンプロジェクトがいくらがんばっても、マスコミが取り上げなければ大した話題にもなりませんが(インターネット万能のこのご時世でさえ、です)、出版界はそのマスコミの一翼をなすのです。
ドクメンプロジェクトでは、雑誌や書籍を総動員して、ドクメン普及キャンペーンを展開してはどうでしょうか。
たとえば、「アンアン」の特集では、ズバリ、
「ドクメン100」
「年下のドクメン」
「ドクメンノカラダ」
「ドクメンダイエット」
「最強ドクメン占い」
と、月に1度はドクメン絡みにする。
「Pen」や「BRUTUS」あたりでも、
「ドクメンカルチャー」
「ニッポンのドクメン」
「男のドクメン」
「女もドクメン」
などと、ドクメン大特集。
これらカルチャー方面だけでなく、「週刊ダイヤモンド」や「週刊東洋経済」でも、
「ドクメンマーケティング」
「本当に強いドクメンランキング」
「ドクメン超活用法」
「ドクメン仕事術」
と、ドクメンで攻めます。
もちろん、特集ばかりでなく、「SPA!」には「どくめんず・うぉ〜か〜」、女性誌には「鏡リュウジのドクメン星占い」などと、毎号の連載コーナーにも、ドクメン進出。

さらにさらに攻勢は続き、
「『1Q84』最終巻、最後の鍵を握るのはドクメン」
「『バクマン。』のタイトルは、来週から『ドクマン。』に変更します」
「東野圭吾の最新刊! 主人公はドクメン探偵!」
「『ONE PIECE』のルフィの父ちゃんは、実はドクメンだった!」
「こち亀の両さんもドクメン」
「島耕作もドクメン」
「コボちゃんもドクメン」
ということにして、もし文部科学省からドクメンプロジェクトへの助成金がおりたなら、出版以外の周辺分野にも乗り出して、
「ドクメン時計開発」
「ドクメンカレー発売」
「ドクメンホストクラブ運営」
「サッカー日本代表とドクメン契約」
「ドクメン議員擁立」
などということになれば、まあいくらなんでも、少なくとも、
「へー、今、ドクメンが流行りなのか」
ということにはなるでしょう。流行語大賞のノミネート語にもなる。

イクメンの場合は、流行だからといって、
「じゃ、俺もいっちょ、今日から育児するか」
というわけにはなかなかいかないのですが、ドクメンなら簡単です。今日から本を読めば、誰でもドクメンになれます。
ドクメンプロジェクトに惑わされた男が、十人に一人でも、ドクメンを気取って本を買うようになれば、もう出版界はウハウハ、ドクメン万歳、プロジェクト大成功、ということになるのですが‥‥。

まあしかし、出版界にここまでやる気概があるなら、とっくの昔に「国民読書年」で実行してますよね‥‥。
「『ONE PIECE』連載再開! 新章突入! 2年後は‥‥国民読書年だった!」
ということに、なってますよね‥‥。


posted by 清太郎 at 19:49| Comment(6) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月20日

国民読書年をなかったことにする

えー、このところ更新が滞っているのは(まあ常に滞っておりますが)、前回記事にしたオタ俳句を地味に続けているからなのね。
最近、ブログのネタを考える時間(駅と職場の間とか、お風呂の中とか)をオタ俳句つくるのに使っちゃってます。オタ俳句、楽しいので、ぜひ挑戦してみましょう。

それはそうと、いつの間にか夏は終わって、もう9月の半ば過ぎ。
もうちょっとで10月です。第4四半期が間近です。今年もそろそろまとめの時期‥‥、なのです。早いねー。
で、その今年は、ここで何度も繰り返してるように、
「国民読書年」
なのでありました。
いいですか、国民読書年も、残すところ、あと4分の1なのです。
ところが、どうでしょうか。
このところ、本についての話題といえば、一にも二にも、
「電子書籍」
ということになってますよね。
たぶん図書館業界の人にとっては、いちおう今年は国民読書年で、それなりのイベントがちょこちょこ開催されているみたいですが(図書館業界の人向けの)、図書館以外の本業界、出版社・書店・取次・書き手の人、あるいは世間のふつうの読書家にとっては、今年は国民読書年ではなく、
「電子書籍元年」
になっているように思えます。
国民読書年、ほとんど存在感がありません。

思い返してみてください。
国民読書年が最後の四半期を迎えようとするこの時期について、当初の予定ではどのようになっているはずだったか。
国民読書の掛声とともに、日本全土に広がった読書の気運は、いやがおうにも高まり、盛り上がり、燃え上がり、人々はわれもわれもと争って本を読み、本を読むために会社を休む者、学校をさぼる者、早期退職、休学する者が続出し、主婦は家事を投げ出し、経済はいっそう停滞し、経団連の偉い人は「国民読書年なんかやるんじゃなかった」と後悔し、と言いながらもみずからもまた本を読むことがやめられず、その中にあって出版社や書店のみは儲けに儲けてもうウハウハのガハガハ、日本の未来は知らんけど本業界の未来はピカピカに明るいもんね! ということになっているのではなかったか。
国民読書年関連のマスコットキャラ、ヨミネエも、当初のGoogle検索結果27件というのが信じられないような人気キャラに成長し、ネットにはヨミネエ絵やヨミネエ動画があふれ、コミケではヨミネエ本が一大勢力となり、来春にはついにアニメ化決定! ということになっているのではなかったか。
国民読書年をきっかけに生まれたアイドルグループDKS48はいきなりの大ブレイク、モー娘もAKB48もなぎ倒して一気にトップアイドルへとのぼりつめ、並み居る女性誌の表紙を独占し、大みそかには紅白歌合戦出演間違いなし、ということになっているのではなかったか。

なのに、ああ、それなのに。
ふたを開けてみれば、今この時期、国民読書年についての街頭アンケート結果は、
・国民読書年? 何それ?‥‥63.7%
・あれっ? 国民読書年ってもう終わったんじゃなかったっけ?‥‥23.5%
という体たらく。
日本国民のほとんどは、もう国民読書年なんて、眼中にないのです。

このままでは、来年は、タイヘンなことになってしまうのではないか。
今でさえこんな状況なのに、国民読書年が終了した暁には、ほとんどの国民は読書なんて見向きもしなくなるのではないか。
いや、見向きもしないだけなら、まだいい。
来年、たとえば電車の中などで本を読もうものなら、近くに座っている女子高生2人が、
「やだー、ちょっと、あの人、見て、ほら、‥‥プッ、読書してるー。今どき、ヤバくね? ていうか、バカじゃないの?」
「ちょっと、声大きい、聞こえるって、今どき読書とか、ぜったい、どっか変だから。頭おかしいから」
ということになるかもしれないのです。読書家、大ピンチなのです。

そうならないために、どうすればいいのか。
国民読書年をあと3カ月残す今、われわれの取り得る道はどのようなものなのか。
ということで、提案です。
ここはひとつ、思い切って、いっそのこと、
「なかったことにしちゃう」
というのは、どうでしょうか。
国民読書年なんか、最初からなかった。なんか国会で決議したような気もするけど、もう政権とかずいぶん変わっちゃってるし、あれはたぶん、気のせいだったのでは。
ということにする。
なんか本関係の年だった気がするかもしれないけど、ほら、違うわよ、本は本でも、今年は、
「電子書籍元年」
だってば!
ということにするのです。
とりあえず、国民読書年について言及しているホームページやブログなどについて、すべて電子書籍元年に書き換えちゃう。
新聞や雑誌にはほとんど国民読書年のことなんて取り上げられてないから、そのままにしておいても、十分ごまかせます。
読書推進キャラクターのヨミネエも、国民読書年じゃなくて電子書籍元年のマスコットだった、ということにする。
今ここを読んでいるあなたも、ほら、今年は国民読書年じゃなくて、電子書籍元年ですよー。ほら、この五円玉をじっと見て、ほら、ほーら、だんだんまぶたが重くなる‥‥、だんだん眠くなーる‥‥。そうして、目が覚めたら、国民読書年のことは、すっかり忘れる‥‥。
‥‥‥‥。
‥‥。

よし、これで、電子書籍元年が終了した来年、電子書籍がすっかり廃れて、電車の中で、
「ちょwww、ヤダ、あの人、何あれ? 電子書籍? 今どき? バカじゃないの?」
ということになったとしても、とりあえず読書は生き残るぞ。


posted by 清太郎 at 13:54| Comment(10) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月28日

オタク俳句(二次元俳句)のすすめ

オタク川柳っていうのがありますよね。
「この知識 オタクに普通 世に不通」
「俺の嫁 ワゴンセールで 売られてた」
とかいうの。「オタク川柳大賞」は、マスコミでもとりあげられるほど話題になりました。
で、川柳があるのなら、
「オタク俳句」
があってもいいのではないか、と思うのです。
というと、
「え、オタク川柳って、俳句じゃないの?」
などという人がいるかもしれないけど、もちろん、俳句は川柳じゃありませんよ。
同じ五七五の17文字の文芸だけど、川柳には季語はなくて風刺や笑いがあって、俳句には風刺や笑いは必要ないけど、季語と、あと何かよくわかんないけどプラスアルファが必要です。
ともあれ、こういうときは、とりあえずGoogle先生に訊いてみましょう、と検索してみたんですが、オタク俳句といいつつオタク川柳だったり、あるいは単に五七五にまとめただけだったり‥‥。
俳句やってる層とオタク層が重ならないのか、あるいはオタク俳句をつくってる人がいてもネットに公表しないのか、とにかく、オタク俳句といえるようなものは、なかなか見当たりません。

ということで、みんながつくらないなら、私がやってみましょう、と始めてみることにしました。
ただし、オタクなことを俳句にする、というだけでは、
「季語の入ったオタク川柳」
のようなもの、というかオタク川柳の劣化版になりそうなので、オタク川柳とはまったく別次元のものにすることにしました。
文字通りの「別次元」のものに。
どういうことかというと、オタク川柳は原則としてオタクの生態や行動を(自嘲的に)描くものですから、つまりは三次元です。
それに対して、オタク俳句は、二次元にしてみます。
すなわち、この現実の世界に生きているオタクを俳句にするのではなく、アニメやマンガなどの作品の中を俳句にする。
ふつうの俳句が、現実の世界の風景や事物、人情や想像を題材にしているとしたら、オタク俳句はアニメやマンガなどの作品の中の風景や事物、人情や想像を題材にするのです。

などといってもよくわかんないかもしれないので、実際に例を挙げますね。
たとえば、「新世紀エヴァンゲリオン」の作品世界を題材に、

 髪洗ひ使徒襲来の夜明けかな

季語は「髪洗う」。エヴァにおいては日本は温暖化でずっと夏という設定ですから、夏の季語です。
あるいは、「機動戦士ガンダム」の最終話、シャアがキシリア閣下にバズーカを向けながらつぶやいた名台詞「ガルマ、私の手向けだ。姉上と仲良く暮らすがいい」を題材に、

 姉上と仲よく暮らせ冬薔薇(ふゆそうび)

薔薇は俳句ではよく「そうび」と読まれるようです。冬薔薇とこの台詞には何の関連もないし、そもそも舞台は宇宙だから四季もないんだけど、華やかなガルマとクールなキシリアの組み合わせに冬薔薇のイメージは合うかなあ、という選択。
アニメじゃなくても、「ジョジョの奇妙な冒険」第4部の舞台、杜王町を使って、

 三日目のカレー杜王町暑し

アニメやマンガ以外でも、たとえばRPG「ドラゴンクエスト」で、

 ルイーダの酒場勇者と冷ややっこ

これはちょっと滑稽味を狙いすぎてスベってるかな‥‥。
ともあれ、だいたいの感じはおわかりでしょうか。
考えてみれば、アニメやマンガは日本の誇るポップカルチャーの筆頭ですし、かたや俳句は江戸時代から続く伝統的な日本文化の代表でもあります。
その両者が合体した二次元俳句って、伝統とモダンをアウフヘーベンしたというか、ハイブリッドな最前線の日本カルチャー!? という気がしないでもなくて、おお、なんだかスゴイかも。

‥‥とはいえ、俳句ってやっぱり難しいんですよね。入門書とかにはよく「俳句は誰にでもつくれる! 紙と鉛筆さえあればいい!」なんて書いてあるけど、ウソだと思います。
こんなこと言ってる私自身、今月になるまで、俳句つくれなかったんだし。
興味はあっても、実際にどうすれば俳句をつくれるのか、ずーっとわからないままでした。
三田完の句会小説『俳風三麗花』なんかを読んでも、俳句おもしろそうだなあ、いいなあ、と憧れるだけ。
それが今月、岸本葉子『俳句、はじめました』(角川学芸出版)を読んだら、句会のようすがすごくおもしろそうで俳句をつくりたくなり、しかもこの本、俳句シロウトの岸本葉子が句会に参加することでだんだん上手になっていくエッセイなだけあって、まったくのシロウトが読んでも俳句のコツもなんとなくわかる(たとえば、語と語がつきすぎないように、理屈すぎないように)ので、それでようやく一歩を踏み出せた次第。
で、Twitterでツイートしたところ、俳人でもある千野帽子さんより幸いにもコメントいただき、
「一片の悔いなき生に揚雲雀」(「北斗の拳」ラオウの最期の台詞「わが生涯に一片の悔いなし!」より)⇒全国の老人会で毎週つくられてる感じだからダメ
「人類の補完すんだか水海月」⇒人類補完と海月が近いから「人類の補完すんだか西瓜番」
「独逸から来た転校生夏木立」⇒三文字熟語の連続が気になるなら「轉校生獨逸から來て夏木立」
などなど。わー、なるほど、勉強になります! 俳句おもしろい!

と、そんな俳句始めて10日の超初心者として思うんだけど、「季語の入った五七五」を俳句にするためのプラスアルファのひとつは、なんというか、その17文字の中にひとつの世界が立ち現れていることなんじゃないかしら。
だとすると、アニメやマンガなどの既存の作品を題材にするってことは、一から世界を組み上げなくても、その作品の世界をお手軽に借りられるってことだから、つまり初心者にも俳句らしい俳句がつくりやすいんじゃないかしら、と思うのです。
二次元俳句は、俳句初心者にこそ、おすすめなのかも、なのです。
ですから、俳句つくったことない、という皆さんも一度、挑戦してみてはどうでしょう。
とりあえず、作品の中の台詞や舞台、事物を五七五のうちの五七か七五に当てはめて、残った五文字に季語を入れることからはじめると、つくりやすいです(たぶん)。
題材とする作品は、アニメやマンガのほか、ゲームでもTVドラマでも映画でも小説でもいいでしょう。
つくったらTwitterで、#otahaikuのハッシュタグをつけてツイートしましょう。

さあ、二次元俳句という現代日本文化の最前線を、あなたも体験してみませんか。


posted by 清太郎 at 22:05| Comment(19) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月17日

春の読書週間

毎年、この時期の定番の話題といえば、
「読書週間の標語」
です。
今年、2010年の標語も、すでに決定しております。ご存じですか、
「気がつけば、もう降りる駅。」
というの。
ご覧の通り、一昨年、昨年に続き、今年も「本に関する言葉が入っていない」標語。
「気がつけば、もう降りる駅。」だなんて、別に読書してなくてもいいわけですからね。
「好きな子とおしゃべりしているうちに、気がつけば、もう降りる駅。」
「お互い抱きしめあっているうちに、気がつけば、もう降りる駅。」
「彼女の唇をむさぼってるうちに、気がつけば、もう降りる駅。」
でもいい。
昨年、このブログで指摘したように、
「読書週間の標語の文言から、本にまつわる言葉をなくす」
     ↓
「読書週間ではなく愛書週間にする」
     ↓
「愛書週間から恋愛週間にする」
     ↓
「読書分野から恋愛分野へという業態転換」
という変革が、着実に進行しているようです。

さて、この「気がつけば、もう降りる駅。」という標語自体の検討は次回に回すとして、今回は「読書週間」について少し。
「読書週間」というのは、一応確認しておきますと、
「10月27日〜11月9日(文化の日を中心にした2週間)」
ということになっています。読書週間初日の10月27日は、「文字・活字文化の日」ね。
読書週間がなぜこの時期に設定されたのかについては、まあ読書の秋だし、文化の日だし、ねえ‥‥、という程度のテキトーな理由しかありません。文化の日も、日本国憲法の公布日だから、読書とはぜんぜん関係ないわけだし。
となると、ですよ。
あらためて考えると、読書週間をこの2週間のみに限定する必要は、まったくないはずです。
むしろ、真に国民にもっと読書してほしい、というか、もっと本を買ってほしい、と思うのならば、読書週間をこの2週間だけにとどめておくのは、おかしなことではないでしょうか。
お役所主導の交通安全週間だって、春の秋の2回あるのです。
甲子園にも春と夏がある。
なのに、なにゆえ読書週間が、秋だけなのであるか。
「ほかにも愛鳥週間とか女性週間とかアレルギー週間とか国際文通週間とかいっぱい詰まってて、もう空きがないんです」
なんて言い訳は通用しませんよ。電波帯域じゃないんだから。
5月には「こどもの読書週間」がありますが、それは所詮子ども相手のもの。読書週間が甲子園レベルだとしたら、そっちは小中学校の野球大会レベルでしょう。
つまり、読書週間が秋にしかない、というのは、
「営業努力の不足」
のあらわれでしかないのです。
「怠慢である」
とのそしりは免れない。
今や、売る努力なしに、モノが売れる時代ではないのです。
本が売れない、出版不況だ、などと嘆くひまがあったら、とりあえず、まずは「春の読書週間」をつくるべきです。
その後、「冬の読書週間」、「夏の読書週間」、さらに「年末読書週間」「早春読書週間」「晩秋読書週間」「梅雨時読書週間」「お花見読書週間」「紅葉読書週間」「初雪読書週間」「愛鳥読書週間」「交通安全読書週間」と、次々に読書週間を拡充し、本の販促に努めましょう。
そこまでやって、それでも本が売れなかったら‥‥?
いや、心配無用です。そのころには、
「読書から恋愛へ」
の業態転換が成し遂げられているはずです。


posted by 清太郎 at 17:23| Comment(3) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月05日

国民読書年×Twitter連動企画「わたしに本をすすめてください」

はじめまして。
皆さんから、本をすすめていただくことになりました白河まりあ(@shirakawamaria)、17歳です。都内の女子高に通っています。
趣味はもちろん‥‥、読書!
小説は古典から伊坂幸太郎まで、恋愛小説もミステリもSFもラノベも大好きなんですけど、自然科学のエッセイとか新書とかも読んでますし、社会、経済、歴史、哲学も少し背伸びして‥‥。おもしろい本なら、なんでも好き!です。古本屋さんに行くのも好き!

さて、今回の企画で、わたしはこれから1年、皆さんからすすめていただいた本だけ、を読むことになります。(勉強に使う資料本とかは別ですよ。趣味で読む本、です。)
Twitterで、ハッシュタグ「#watasusu」をつけて、おすすめ本をツイートしてくださいね。
書名と著者名または出版社名、それに加えておすすめアピール文をつけて、ぜんぶで140字以内、が条件です。
で、そうやって皆さんにツイートしていただいた本の中から、わたしは次に読む本を選んでいきます。
見事、わたしの読書心を射止めた(?)ツイートをした人には、国民読書年実行委員会から2,000円分のAmazonギフト券が贈られます。
わたしの読書ペースは、2、3日に1冊程度ですから、1年で120冊超くらい。最後に、その中でイチバンの本をおすすめいただいたかたには、なんと20,000円分のギフト券をプレゼント!です。
ちなみに、費用についてはすべて国民読書年実行委員会から実費が支給されるので、本の値段に配慮する必要はありません。
わたしはこれから1年、お金の心配をすることなく本が読める、幸福な女子高生なのです。(この企画に参加することにしたのは、そのためです。)

ということで、Amazonギフト券ゲットを目指して、どんどん本をおすすめしてくださいね!
ただし、皆さんが本をおすすめするツイートは、リツイートはもちろん、ブログなどウェブでの引用、書店や図書館でのPOPなどでの利用も、無許諾でOKということにします。目を引いたアピール文は、本屋さんでもどんどん販促に使っちゃおう、ということですね。
もちろん、おすすめツイートだけじゃなくて、ふつうに@shirakawamariaで何かツイートしていただければ、返事しますからね! まずはフォローお願いします。

参考までに、ここ最近読んだ10冊を挙げると、古い順に、
・タチアナ・ド・ロネ『サラの鍵』(新潮社クレストブックス)
・須賀敦子『コルシア書店の仲間たち』(文春文庫)
・梨木香歩『渡りの足跡』(新潮社)
・小沼丹『懐中時計』(講談社文芸文庫)
・加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社)
・藻谷浩介『デフレの正体』(角川oneテーマ21)
・マリー・ソウ&キャロル・チャウ『世界を変えるオシゴト』(講談社)
・吉村昭『蟹の縦ばい』(中公文庫)
・中村安希『インパラの朝』(集英社)
・長沼毅&藤崎慎吾『辺境生物探訪記』(光文社新書)
‥‥うーん、われながら、あんまり、かわいい女子高生っぽくないかも(焦)。
とにかく、こんな感じで、新しめの本の間に古本を混ぜたりしながら読んでますので、皆さんも、新刊・古本の区別なく、おもしろい本、読むべき本を、どんどんおすすめしてください!
熱いツイートをお待ちしています!


‥‥という企画があったら、ぜったい参加するのになあ。
国民読書年はあと5ヶ月しかありませんが、実行委員会(そんなものがあるとしたら)の皆さん、ぜひ検討してください。


posted by 清太郎 at 00:15| Comment(11) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月31日

本好き女子がいっぱい! 「DKS48」結成!

そっち方面は詳しくないのでよくわかんないのですが、AKB48に続いて、さらに名古屋のSKE(栄)48、大阪のNMB(難波)48と、地元密着型のアイドルグループが誕生してるそうです。
この調子で行けば、そのうちNKS(中洲)48とかKWM(河原町)48とかATM(熱海)48とか、どんどん出てくることは間違いないわけで、よーし、われらが読書界も、ドサクサにまぎれて、同様のアイドルユニットを立ち上げてはどうか。
ジャジャーン、
「DKS48」
ディーケーエスフォーティーエイト。「DKS」は、「読書」です。

全国から集まった本好き、読書好きの女の子が、てんこ盛りの48人。
あの娘もこの娘も、みーんな、本が大好き。本の話をするのも好き。
しかも、アイドルなんだから、みーんな、カワイイ。みーんなかわいくて、本が好き。
という、ウブな本好き男子が卒倒するような夢の女子集団です。
そうして48人、ステージの上に勢ぞろいして、何をするかというと、歌って踊る‥‥かどうかはわかんないけど、せっかく読書なんだから、48人で、
「全員朗読」
とかするの。(そんなの聴いておもしろいのか、と思うかもしれないけど、いや、これを機に、朗読を聴いて楽しむ、という娯楽をつくりだせばいいのだ。攻めの姿勢が大切です。)
とにかく、本好きのカワイイ女子が48人もいるんだから、そのインパクトたるや、スゴイはずです。「読書家向けキャバクラ」の比ではありません。
しかも、48人、それぞれ個性もバッチリです。
たとえばチームDの白河まりあちゃんは、黒髪ロングの眼鏡っ娘で色白でおっぱいは小ぶりで日本の近代文学が大好きという絵に描いたような文学少女。チームKの高槻よしのちゃんはショートカットのボクっ娘で好きなジャンルはSF。チームSの佐々かなこちゃんはツインテールのロリ貧乳、でも硬派骨太なノンフィクション大好きで、ポケットにはいつもムーアヘッドで、そのギャップがたまりません。
自分の好きなジャンルを読んでるメンバーが好みの女子であれば、もう断然親近感が沸いてきて、本読みながら、
「この本、小清水ちゃんも読んでるんだろうなあ、ムフ、ムフムフムフ」
と読書のヨロコビがさらにアップ。
よしんば好みのタイプと本が食い違っていても、
「高瀬咲ちゃんは巨乳でボク好みなんだけど、でも得意ジャンルが建築と工学なんだよなあ、そんな本読んだことないよー、いや、でも、咲ちゃんのために、あえて建築本に挑戦してみる!」
と、DKS48のために、未知の領域に取り組むウブな読書家も大勢あらわれるでしょう。
そんな男子たちのために、DKS48のメンバーはそれぞれ、
「私に会いたかったら、最低限これだけの本は読んでね!48冊リスト」
などを公開してますから、ファンはこぞってそれを読む。
そうして、48人のブログはそれぞれ各ジャンルの読書コミュニティとなって、あるいはTwitterでも、
「このまえ出た『飢えたピラニアと泳いでみた』(青土社)って、超おもしろそうなんだけど、どう? 読んだ人、感想教えて!」
なんていう桜井みかげちゃん(理系・生物本担当)のツイートに、ファンはこぞって感想ツイート。中小出版社にも恩恵がもたらされることでしょう。
もちろん、メンバーを囲んでの読書会も頻繁に開催されます。(参加するためには、一定量以上の本を購入しないといけないけど。)
本屋さんのフェアにも呼ばれたりして、
「物理・数学本フェア開催! 日曜日にはDKS48の千葉さおりちゃんと二鳥真穂ちゃんも来るよ!」
ということになれば、彼女たちを目当てに慣れない物理・数学本を買って行列する男子も続出です。
読書週間には、角川書店あたりと組んで、
「秋の48冊!」
のフェアを開催。
もちろん、表紙はそれぞれDKS48のメンバーで、
「48冊コンプリートしたら、握手会にご招待」
ということになれば、みんな買います。ちゃんとコンプリートします。(CDやDVDなんかに比べれば、安いものです。)
DKS48のおかげで、本は売れ、読者(男子)は喜び、出版社は儲かり、本屋さんも嬉しい。おお、まさにDKS48は、不況下の出版界に光臨した救世の女神たちになるのです!

国民読書年とかいいながら、ろくな行事も行われてないし、国民読書年実行委員会なんかには予算がいっぱい余ってるだろうから(そんなものがあるとして)、DKS48のプロモーションに必要な費用は、とりあえずそこから支出してもらいましょう。
ヴァーチャルな電子書籍にばかりかまけてないで、もっと地に足のついた、こうした地道なPR活動を通して、読書の喜びを広める、それこそが国民読書年にふさわしいことだと思うですが、どうでしょうか。
(ぜんぜん地に足がついてないって。)


※このネタ、Twitterでの@sarurskさんとのやり取りから思いつきました。



posted by 清太郎 at 09:57| Comment(9) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月19日

読書感想文の本の選び方

えー、7月は1度も更新しないまま、あわわ、いつの間にか夏休みの時期になってしまいました。申し訳ない。
夏休みといえば、そう、読書感想文ですね!
ということで、久しぶりに読書感想文の話題をひとつ。
今回は、基本に立ち返って、
「読書感想文のための本は、どんな本がいいのか」
について考えてみましょう。

読書感想文の書くために、何を読もう‥‥、というとき、
「とりあえず、おもしろそうな本を読んでみよう」
こう考える人は、多いかもしれません。
「おもしろい本を読んで、ドキドキワクワクしたことを、読書感想文に書こう」
と。
しかしこれは安易な考え、いやむしろ大いなる過ちというものでありまして、たとえば、その考え方にもとづいて、
・ハリポタ
・直木賞受賞作
・話題の恋愛小説
・最近のベストセラー
などを読んで、感想文が書けるか。
読んでる間はドキドキワクワクして、読み終わって、あーおもしろかった、さて読書感想文は‥‥、
「僕は、この本を読んで、ドキドキワクワクしました。」
以上、おしまい、です。
これ以上のことは、なかなか書けるものではありません。
それは、あなたに国語の才能がないから、なのではありません。国語の才能がある人も、それどころかプロの文章家だって、こうした小説を読んで読書感想文を書くことは、難しいのです。
それは当然なのでして、なぜならば、そもそも読書感想文とは、
「おもしろい本を読んで、ドキドキワクワクしたことを書くものではない」
からです。
その本来の目的が、最初の最初の第一歩が間違っているというのに、そこから読書感想文を仕立て上げようとするから、苦労することになるのです。

ここで、
「えっ、読書感想文って、おもしろい本を読んで、ドキドキワクワクしたことを書くものじゃないの!?」
と思ったあなた、
「読書感想文、3つの鉄則」
を思い出してください。
(鉄則1)あらすじを書かない
(鉄則2)登場人物の気持ちを考えない
(鉄則3)正しいテーマを探さない
すわなち、
「話と関係ないことを書く」
「自分の気持ちと考えだけを書く」
「自分で勝手にテーマをつくる」
ようするに読書感想文とは、読書を足がかりにして自分のことを書く、という作文なのです(本を読んでどんなにドキドキワクワクしようと、どんなに感動しようと、それは読書感想文とは、まったく関係ないのです)。

そうなると、読書感想文を書くために、どんな本を選べばいいか、おのずと明らかになりますね。
つまり、
「自分のことを書くための足がかりとしてちょうどいい本」
がふさわしい、ということになります。
上に挙げた、
・ハリポタ
・直木賞受賞作
・話題の恋愛小説
・最近のベストセラー
といった作品では、自分の生き方、自分の身の回りのこととはあまりにもかけ離れているがゆえに、その作品を通して自分のことを書く、ということが難しくなるのです。
(もちろん、ふだんの生活の中で、悪の魔法使いと魔法対決を繰り広げているようなかたは、たとえばハリポタを読んで、「ハリーはこのような戦略をとっているが、私であればこのような魔法を使い、このように戦いたいと思います」という感想文を書けばいいと思います。)

さて、それではその、
「自分のことを書くための足がかりとしてちょうどいい本」
とは、どんな本か。
人によってその基準はいろいろあるかもしれませんが、いちばんシンプルなのは、
「自分の日常に近い本」
でしょう。
自分の、この平凡な、ドキドキワクワクのない、ふつうの、ひと夏で大きく成長しちゃったりしない、いつもの日常。
そうしたものが描かれている小説を選べばいいのです。

「えっ、でも、そんな本で、どうやって読書感想文を書くの?」
と思うかたがいるでしょうから、ここにフォーマットを示しておきましょう。
(1)まず、自分の日常を書き連ねる。
最初に、夏休みの日記を素直に書いてみます。たとえば‥‥、
 「夏休みに入ってから、2週間が経った。去年と同じような、平々凡々な日常だ。朝は○時に起きて、○○して、○○して、○○して‥‥。先日は友達の○○君と○○に行って、○○だった。昨日は山形のいとこが遊びに来て、○○して‥‥。」
といったことを、原稿用紙1枚くらい書きます。
そうして、おもむろに、
 「そんな繰り返される日常に、僕はいささか倦んでいた。夏休みというこの何もない日々は、僕にとっては退屈以外の何ものでもなかった。
 だが、そんなある日、僕は、この本に出会った。」
と、一冊の本を示して、次が、
(2)本の内容を書き連ねる。
 「この本は、○○の日常を描いた作品だ。○○が○○して、○○が○○する。ときどき○○が○○して‥‥。」
と、やっぱり原稿用紙1枚くらい、内容を具体的に紹介します。
ここまでが、起承転結の起と承です。
皆さん、本を読んだら、がんばってここまで書いてください。ここまでくれば、後は簡単です。(1)と(2)に続けて、次のようなことを書けばいい。
(3)まとめ
 「ところで、こんな平々凡々たる日常を書き連ねたこの作品を読んでいて、僕はふと思った。作品で描かれている日常は、僕が送っているこの日常、退屈で仕方がないこの夏休みの日々と、大して変わりがないのではないか、と。いや、僕の日常そのままだと言ってもいい。
 しかし、どうしたわけだろう。作中で起こる日々のありふれた出来事ひとつひとつの、なんと輝いていることか。冒険もなければ危険な恋もない、スリルもサスペンスもない、ごくふつうの日常。なのに、その日常が、細部にわたるまで、たとえようもなく尊いものに思えてならないのだ。
 なぜか。
 もしかしたら、それは、作者自身が、そうやって日々の暮らしをいとおしみ、いつくしんでいるからではないだろうか。何気ない日常のひとコマひとコマ、一瞬一瞬を、決しておろそかにせず、大事にしているからではないか。
 作者が描き出すのは、ごく当たり前の日常だ。ハリー・ポッターやミステリや恋愛小説に比べて、本書は何らおもしろみのない小説かもしれない。でも、この一冊を通じて作者は、その当たり前の日常の大切さ、作りごとではない、誰もが自分のものとして生きているこの暮らしのかけがえのなさを、さりげなく示しているのかもしれない‥‥。
 そんな思いを抱きながら、作品を読み終えて本を閉じたとき、僕はふと、一気に視界が明るくなったように感じた。そうだ、日常は、退屈なんかではない。一日一日、一瞬一瞬のそのすべてが、まさに一期一会、二度と繰り返されることのない大切なものなのだ、と。
 夏休みはまだ2週間ある。いや、その先も、僕の日常はずっとずっと続いていく。その日常の一瞬一瞬を、大切にして生きていこう。今、僕はそう決意した。」
さあ、どうでしょうか。
何やらちゃんとした読書感想文っぽくまとまりましたね。
この(3)だけで、原稿用紙2枚分あります。
(1)で1枚、(2)で1枚ですから、原稿用紙4枚なんて、あっという間。
原稿用紙3枚以上、という規定であれば、(1)と(2)を適当に短くすればいいでしょう。
これにて、読書感想文終了!です。

しかしここで、
「ホントにこんな日常のことばっか書いてある小説なんてあるの? 具体的には、何て作品なの?」
という人がいるかもしれません。
「肝心の本が実在しなければ、絵に描いた餅じゃないかよ」
と。

ご安心ください。
そんな日常ばっかり書いてある作品は、ちゃんとあります。
いろいろあるでしょうが、代表的な作家をひとり挙げれば、庄野潤三。
昨年、惜しくも亡くなっちゃいましたが、1921年生まれの、いわゆる「第三の新人」のひとり。遠藤周作や吉行淳之介、島尾敏雄なんかと同じ世代の作家です。
もともと身の回りのことを題材にした作品ばかりの作家なんですが、晩年の「山の上」シリーズが、中でもスゴイ。小田急線向ヶ丘遊園駅が最寄り駅の丘の上の自宅を舞台に、子供たちが巣立った後の老夫婦ふたりの日常を淡々とつづったシリーズです。
これが、もうホントに日常。
近くに住んでる長男や次男、孫たちがたずねてきて、庭にシジュウカラが来て、庭にバラが咲いて、これは兄の英二が引っ越しのときにくれたものの生き残り、だなんてことが出てくるたびに説明されてて、毎日散歩に行って、毎年宝塚見に行って、人が来れば奥さんがまぜ寿司をつくって、近所の山田さんにスズムシもらって、清水さんからは料理のおすそ分け、夜はハーモニカ吹いて、奥さんが歌を歌って、そうして、何かいいことがあるたびに、「うれしい」、「たのしい」、「ありがとう」。と、ひたすら、その繰り返し。そしてその繰り返しが、読むものに喜びを与えてくれるのです。ああ、もう、至芸。
まさに、
「日本文学界のサザエさん」
です。
『貝がらと海の音』にはじまって、『ピアノの音』『せきれい』『庭のつるばら』‥‥、と何冊もあって、出てくる人たちがだんだん年をとっていく以外はどの作品でもほとんど同じことをしているから、
「えーと、これ読んだんだっけ、読んでないんだっけ」
と、いつもよくわからなくなってしまうんですが、そういうところもまたステキ。
ということで、この庄野潤三の「山の上」ものならば、
「自分の日常に近い本」
として、読書感想文にぴったりです。
何作もありますから、1回書いてしまえば、あとはタイトルだけすげかえて毎年同じ読書感想文を使い回せる(かもしれない)という利点もあります。

この庄野潤三以外にも、日常小説としては、尾崎一雄をはじめとする私小説系の作品(ただし、貧乏すぎたり痴情がもつれすぎたりして、わりと非日常なものが多い)、庄野潤三の友人の小沼丹(日本文学界随一の萌えキャラ、おぬまタンです)、あるいは最近の人なら、
椰月美智子『しずかな日々』
丹下健太『マイルド生活スーパーライト』
長嶋有『ねたあとに』
などがありますので、読書感想文に困ってる人は、ぜひ挑戦してみましょう。

(もっとも、実際に庄野潤三でこんな読書感想文書いてる中学生とかいたら、渋すぎてイヤだけど‥‥。)


posted by 清太郎 at 15:28| Comment(10) | TrackBack(1) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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