2011年02月12日

[本]骨狩りのとき(エドウィージ・ダンティカ)




合コンの数合わせなんかで呼ばれた男子が、
「まあどうせオレなんか、刺身のツマだから」
などと卑下することがあるけれど、刺身のツマなら、まだいいのである。
刺身のツマは、まあ言ってみれば、その場限りの役である。パートタイムである。
刺身のツマである大根は、この場合は細く切られてまとめられ、つつましく寄り添っているだけなんだけど、そればかりではないのである。
刺身のツマは、仮の姿。
他の場所であれば、ふろふき大根やら鰤大根やらおでんやら、主役級の仕事をしているわけである。

ところが、似たような立場でも、パセリは違う。
刺身のツマと同様に、料理の添え物として出されるものであるけれど、パセリはどこまで行ってもパセリである。他で主役を張ることはない。
「今日のおかずは、パセリ炒めね」
ということは絶対ない。
たとえば付き合いはじめた彼女から、
「好きな野菜ある?」
と訊かれて、
「大根が好き」
と答えたとしたら、
「じゃあ今度、大根使って、何かつくってあげるね♪」
と笑顔で言われるだろうけど、これがパセリなら、どうか。
「パセリが好き」
なんて言ってしまおうものなら、
「ぎゃっ、パセリが好き? マジ? マジパセリ? ちょっとアンタ、変態じゃないの? そんな変態とは、付き合えません。別れさせてもらいます」
と、即座にフラれること間違いなしである。
あるいはまた、部長から、
「君は刺身のツマのような男だね」
と言われたとしたら、それは場合によっては、
「主役を引き立てる名脇役」
「サポート役として、プロジェクトに欠かせない人物」
というプラスの評価でありうるけれど、
「君はパセリのような男だね」
と言われたとしたら、それはどうあっても、
「いてもいなくてもどうでもいい人」
「っていうか、むしろ、いないほうがいいかも」
ということに違いないのである。

実社会ではそのような手ひどい扱いを受けているパセリだけれど、文学作品に眼を転じてみると、意外にも、貶められてばかりではない。
パセリを題材にした文学作品といえば、真っ先に挙げられるのは、鷹羽狩行のこの一句、
「摩天楼より新緑がパセリほど」
であろう。
一句を構成する13文字中、3文字がパセリ。実に23%がパセリからできているというパセリ文学である。
他にも俳句には、
「焼肉にうすみどりなるパセリかな」(飯田蛇笏)
「たべのこすパセリの青き祭かな」(木下夕爾)
など、パセリが主役を張っているものがいくつもあるわけなんだけど、では小説ではどうか。
パセリ俳句はあっても、さすがに、
「パセリ小説はないだろう」
と思ったあなた。ブー、残念でした。
ちゃんと、あるんです。
パセリ小説が。
それがこれ、エドウィージ・ダンティカ『骨狩りのとき』(作品社)。

何気なくこの作品を読みはじめると、70ページの次の一文に、ガガーン!!と打ちのめされてしまうのである。
《一握りの濡れたパセリで身体をこすっていた。》
えっ!!
パセリで、身体を洗うの!?
パセリで!?
えっ、えっ、パセリって、料理に添えるだけじゃないの!?
あってもなくてもいいような、むしろないほうがいいものじゃ、なかったの!?
しかも、それに続く一パラグラフが、これ。
《私たちはペシ、ペレヒル、パセリ(訳注:ペシはクレオール語、ペレヒルはスペイン語。ともにパセリの意)を使った。その、夏の朝の湿気を含んだ感じ、混じりあった小枝、とげが立ってごわごわして、それでいながら柔らかですなお、味がないけれど噛むと苦く、口の中には甘い風が流れ、葉と茎は違う味がする。このすべてを私たちは食物に、茶に、風呂にと楽しんだ。私たちの外側からも内側からも古い痛みや深い悲しみを取り除き、新しい年が明けるときに行く年のほこりを落とし、新生児の髪を始めて洗い、そして――ゆでたオレンジの葉とともに――亡くなった人の遺体を最後に洗った。》
諸君は、これほど熱くパセリを語った文章に、出会ったことがあるだろうか。
っていうか、パセリ、大活躍じゃん!

しかも、これはほんの序の口ね。
作中、身体を洗うよりももっと重要な役どころとして、パセリは出てきます。
ハイチ人の女性作家によるこの作品の舞台は、1937年のドミニカ共和国。
この年、ドミニカ共和国では、隣国(というか、イスパニョーラ島を分け合ってる、西側の)ハイチからの移民に対する大虐殺がおこなわれたのね。
ハイチはもともとフランス領、ドミニカ共和国はスペイン領で、お隣同士といっても仲は最悪。相対的に富裕だったドミニカ側にはハイチから移民が流入していたんだけど、第二次大戦直前のこのときには、ヒトラーの思想に傾倒していたドミニカ共和国の独裁者トルヒーヨが、民族浄化と国内の不満のガス抜きのために虐殺を指揮し、わずか数日で、2〜3万人のハイチ人移民が虐殺されたのだとか。

その虐殺に際し、ドミニカ人かハイチ人かを区別するために用いられたのが、われらがパセリ、だったんだって。
スペイン語で、
「ペレヒルと言ってみろ」
というのね。
ハイチ人は、
《声を震わせて出すrの音とjの精確な音の繋がり》
をうまく発音できないから、見た目がどれほどドミニカ人っぽくっても、バレちゃう、というわけ。
パセリはまさに、生死を分ける鍵。
人生のこの究極の場面において、これほどまでにパセリが重大な役を負わされたことが、人類史上、このとき以外にあっただろうか!

物語の語り手は、そのハイチ人移民のアマベル。
ドミニカの富豪に幼いころ拾われ、今は「バレンシア奥さま」と呼んでいるその一族の娘と一緒に育ち、サトウキビ畑で底辺の労働者として働くセバスチアンという恋人がいて、まあそれなりに平穏な生活のように見えるんだけど、語り手の気づかないところで時代の背景には黒々としたものが流れていて、たとえば冒頭、バレンシア奥さまが双子を出産したとき(とりあげたのは、ほかならぬアマベルだ)、奥さまの夫で軍人のピコさまは、知らせを受けて思いっきり車を飛ばしてきたせいで、ハイチ人移民をひとり轢き殺しちゃって、でも、悪かったなんて全然思っちゃいない。
そうこうしているうちに、国境あたりではハイチ人移民が虐殺されているという噂が流れてきて、アマベルたちが住む町でも、やがて‥‥。
そして、ハイチへと脱出しようとするアマベルも、国境の町で、ついに若い男たちに取り囲まれ、
《‥‥あごを無理やりこじ開けられ、口にパセリを詰め込まれた。できるだけ早く噛んで飲み込んだけれど、彼らが私の口に押し込む早さにはついていけなかった。
 ‥‥その女にどんどん食わせろと命令している声を聞かないようにしようと努めた。パセリを食べれば生きていられる、と自分に言い聞かせた。
 ‥‥私は咳き込み、噛んだパセリのしぶきを地面に飛ばした。不意に、誰かが私の背中の真ん中を強く蹴るのを感じた。誰かが拳大の石を投げて、あたしの唇と左頬が切れた。私は前にのめり、顔を地面にぶつけた。》
と、パセリは禍々しい悪役として存在感を発揮。
この小説を、「パセリ小説」と呼びたくなるのも、おわかりであろう。

アマベルはどうなるのか、恋人のセバスチアンは!? 彼らと一緒にいた人々の運命は‥‥!? というのは読んでのお楽しみとして(っていうか、そういうのにハラハラする小説じゃないんだけどね)、それはともかく、もしあなたが、昨日部長から、
「君はパセリのような男だね」
と言われて落ち込んでいるのだとしたら、この小説を読めば、
「パセリも、なかなか捨てたもんじゃないな」
と、きっと元気が出ると思います。



【こんな人におすすめ】
・パセリが好きな人
・昨日部長から「君はパセリのような男だね」と言われた人
・「あなたってパセリみたい」と言われて女子にふられた人

【こんな人におすすめしません】
・虐殺小説ファンの人(大虐殺を題材にした小説だけど、残念ながら、そんなに凄惨なシーンはありません)


posted by 清太郎 at 20:20| Comment(11) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月01日

ノンフィクション万博を開こう

6月のワールドカップ開催を前に、新宿の紀伊國屋書店では、先月から「ワールド文学カップ」が開催されてます(5月17日まで)。
紀伊國屋新宿本店スタッフ有志による「ピクウィック・クラブ」の企画で、ワールドカップを模して、ブロックA(ヨーロッパ) 、ブロックB(中東・アフリカ) 、ブロックC(アジア・オセアニア) 、ブロックD(アメリカ)に分けて文学作品をおすすめしちゃおう、というフェア。シンプルだけど、興奮しますよね、こういうの。やっぱり書店員さんって、ホントに本が大好きなんだなあ、という基本を思い出させてくれるステキ企画です。
と、書評系ブログをはじめあちこちで絶賛されているわけですが、でも残念ながら、新宿ってあんまり用がないから、なかなか行けないのよねえ‥‥。見に行く前に終わってしまいそう‥‥。

ところで、これ、おもしろーい、と話題にしてばかりいないで、
「なーにがワールドカップだ、なーにが海外文学だ、うちはもっとスゴイもんねー」
と、似たようなフェアをやる本屋さんはないものか。
出版業界って伝統的に、柳の下の二匹目、三匹目、n匹目のドジョウが大好きな体質のはずなんですが、こと本屋さんに限っては、高いプライドがあるのか、そういう二番煎じ企画って、あんまり聞かないです。

ということで、例のごとく、本屋さんがやらないのなら、うちでやろうではありませんか。
ワールドカップと海外文学ではそのまんますぎてつまんないから、ジャンルをずらして、でもって、そういえば今日から上海万博が開催してるし、
「ノンフィクション万博」
ではどうでしょうか。(なんだか語感が古臭い気がするのは、万博ってコトバがレトロだからだと思います。)
世界各国を代表するノンフィクションやルポタージュをドーン!と集めて‥‥、というと、しかし考えてみると、日本はともかく、海外でその国の人が書いたノンフィクションって、どれだけ知ってるのか‥‥?
‥‥。
いきなり挫折‥‥。
という気がするので、その国の人が書いたんじゃなくて、その国のことを書いた、あるいはその国を舞台としたノンフィクション、ルポ、ということにしましょう。それだと旅行記ばかりになっちゃいそうだから、ふつうの旅行記っぽいのは極力避ける、ということにして。
1国1冊、ドカンと集めて、計200冊くらい。
よーし、これだけあれば、ワールド文学カップなんて、目じゃないぞー。
では早速、ノンフィクション万博の開幕〜。パンパカパーン!

えーと、まずは日本から1冊。
これについては皆さんいろいろご意見と、そしてとっておきの一冊をおもちでしょうが、主催者の権限により、勝手に決めさせていただきます。
日本の一冊は、もうこれはたまらぬ偏愛ステキルポ、
足立倫行『日本海のイカ』


日本海のイカ (新潮文庫)

日本海のイカ (新潮文庫)

  • 作者: 足立 倫行
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1991/10
  • メディア: 文庫




これでいきます。
日本海側の漁港をめぐって、イカ釣り船に同乗させてもらって、イカ漁師さんや港の皆さんから話を聞いて、一緒に酒飲んで‥‥、ただそれだけの地味〜な感じのルポのはずなのに、漁業の今と日本の社会への眺望がパーッと開けて、ふつうに生活する元気が出てくる。ルポタージュの基本の基本だと思います。

200冊もあると、1冊あたりそんなに熱く語っている余裕がありませんから、ササッと次にいきますよー。
次は、お隣の韓国。
超マイナーな一冊ですが、18世紀に書かれた漂流記、張漢普w漂海録』(新幹社、1990)はどうでしょうか。
済州島から中央へ、科挙に行こうとして遭難して漂流しちゃうんだけど、その著者がもうメチャ高飛車。書物で得た知識を滔々と並べ立てて現場の船乗りさんを指揮してしまったりして、そ、そんなんでいいんですか‥‥!?

その隣、北朝鮮は、のなかあき子『北朝鮮行ってみたらこうなった』とか、爆笑系旅行記がいろいろありそうだけど、まあふつうの旅行記だからなあ、うーん、パス。
で、中国。
中国もこれまたネタに尽きないから、最近の経済や政治を批判するものからシルクロードや雲南省への正しい探検ものまで各ジャンル満遍なく揃っていますが、ここではあえて、
さくら剛『三国志男』


三国志男 (SANCTUARYBOOKS)

三国志男 (SANCTUARYBOOKS)

  • 作者: さくら 剛
  • 出版社/メーカー: サンクチュアリパプリッシング
  • 発売日: 2008/05/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)




コーエーの歴史ゲーム「三国志」を愛するあまり、中国語もできないのに三国志遺跡めぐりの無謀な旅に出てしまうルポで、まずはもうタイトルのインパクトがステキすぎ。内容も、たとえば夏侯淵の墓に行こうとバイクタクシーに乗ったら市民霊園に連れて行かれちゃって
「このドアホがっっ!! 市民霊園に夏侯淵の墓があるわけねーだろうがっっ!!! やっぱり適当に答えてやがったなテメー恥を知れコラッッ!!!」
なんて、こんなのばっか。

次。
そのお隣のインド。
インドといえば、まずはこれでしょう、ラピエール&コリンズ『今夜、自由を』
大英帝国最後のインド総督として、植民地支配のしんがり役を果敢に務めるマウントバッテン総督を中軸に、インド解放の希望の星ガンディー、実質的な独立運動指導者ネルー、パキスタン独立をもくろむジンナー、さらに各地の藩主たちが、それぞれ思惑を胸に、絡み合い、もつれ合っての大乱戦。独立の日へと一気呵成に突入して、さらにその果てに‥‥! という、いかにもノンフィクションらしい正統派直球ノンフィクション。これを絶版にしている早川書房を、インド政府は公式に非難すべきです。

次は南へちょっと飛んで、シンガポール。
E・J・H・コーナー『思い出の昭南博物館―占領下シンガポールと徳川侯』
著者は当時英領だったシンガポールで博物館の職員だった人。そこに日本軍が攻めてきて、あっけなくシンガポール陥落。占領されちゃった! どころか、自分も捕虜になっちゃった! うわー、博物館の貴重な資料が、野蛮な兵隊どもに蹂躙されちゃう! と思ったら‥‥、意外に日本にも話のわかる、科学の価値のわかる人たちがいて‥‥。
ということで、著者ら英国の学者と日本人の学者が協力して、戦時下の博物館を守り通すという、まあちょっとありがちな戦時下のいい話かもしんないけど、この手の「人の命より、大事なものがあるんだ!」的な科学者の奮闘、嫌いじゃないです。

次は、海を渡って、インドネシア。ジャワ島を舞台にした、
多胡吉郎『リリー、モーツァルトを弾いて下さい』


リリー、モーツァルトを弾いて下さい

リリー、モーツァルトを弾いて下さい

  • 作者: 多胡 吉郎
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2006/12/02
  • メディア: 単行本




ピアニストとして今でもわりと人気のリリー・クラウスは、開戦に巻き込まれてジャワ島で日本軍によって抑留されてたのね。その3年にわたる抑留生活を描いたのが本書。
強制労働に従事させられたりもするけど、でも同じく抑留されてる人たちをピアノによって慰めたり、さらには日本人ともピアノを通じた真実の交流があって‥‥。という、まあこれも反戦派のリアリストからすれば甘っちょろい内容かもしんないけど、それでも、物資もない、精神的に余裕もない、ピアノも粗末なアップライトで、しかしそこで奏でられたモーツァルトは、何よりも尊く‥‥。うーむ、たまらぬ一冊です。

海を越えて、さらに南へ。次はオーストラリアです。
アラン・ムーアヘッド『恐るべき空白』


恐るべき空白 (ハヤカワ・ノンフィクション・マスターピース)

恐るべき空白 (ハヤカワ・ノンフィクション・マスターピース)

  • 作者: アラン ムーアヘッド
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2005/04/21
  • メディア: 単行本




こちらは打って変わって、硬派骨太、これぞ漢(おとこ)のノンフィクション。前人未到のオーストラリア内陸部への無謀な探検に乗り出し、初めての大陸縦断を成し遂げるも、過酷な自然の前に、次々と命を落としていった男たちの壮絶な記録。小説を超えるすさまじい現実と豪腕ムーアヘッドの炎の筆力、その超弩級強烈タッグに、読者全員失禁です。

北半球に戻って、大きなところで、ロシア。
ロシア、というかソ連なんだけど、
武田百合子『犬が星見た』


犬が星見た―ロシア旅行 (中公文庫)

犬が星見た―ロシア旅行 (中公文庫)

  • 作者: 武田 百合子
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1982/01
  • メディア: 文庫




オットの泰淳、竹内好と一緒に参加したソ連ツアーの顛末記で、ふつうの人が書けばただの旅行記なんだけど、武田百合子の目と頭脳というブラックボックスを通して出力されると、これがもう、ああ、ホントに‥‥。何気ない風景、ごくふつうの日常が、珠玉のきらめきを放ちます。

次は、ウクライナ。ちょっとハードに、
メアリー・マイシオ『チェルノブイリの森―事故後20年の自然誌』


チェルノブイリの森―事故後20年の自然誌

チェルノブイリの森―事故後20年の自然誌

  • 作者: メアリー マイシオ
  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 2007/02
  • メディア: 単行本




史上最悪の原子力発電所事故の後、チェルノブイリにはぺんぺん草も生えないかと思ってたら、ぜんぜんそんなことなくて、むしろ人間の立ち入りが禁止されている分、広大な森が生まれ、希少種の動物たちが集まる野生の王国になっていた! もちろん、それらは高濃度に汚染されているけれど‥‥。
汚染された地域を実際にその足で歩いてきた著者は、自然を主人公とした本書によって、チェルノブイリ事故とその後に対する俯瞰的な視点を与えてくれます。

さらにヨーロッパ方面へ。東欧。アルバニアあたりかな?
イザベル・フォンセーカ『立ったまま埋めてくれ―ジプシーの旅と暮らし』


立ったまま埋めてくれ―ジプシーの旅と暮らし

立ったまま埋めてくれ―ジプシーの旅と暮らし

  • 作者: イザベル フォンセーカ
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 1998/11
  • メディア: 単行本




実際にロマ(ジプシー)たちと暮らしをともにした著者が、現代のロマの実態とその被差別の歴史を克明に描く。今でもヨーロッパの中で異邦人であり続ける彼らの生き方や感性には、それなりの論理と哲学があるんだ、とわかって、目からウロコ。でも、何よりも、このかっこいいタイトルにガツンとやられます。たまらん。
ちなみに、イラクにおけるジプシーについては、上原善広『被差別の食卓』で、目からウロコ。

そしてヨーロッパ中央部へ。まずはドイツ。
ボルフガング・シュトラール『アドルフ・ヒトラーの一族』


アドルフ・ヒトラーの一族―独裁者の隠された血筋

アドルフ・ヒトラーの一族―独裁者の隠された血筋

  • 作者: ヴォルフガング シュトラール
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2006/03
  • メディア: 単行本




ヒトラーって、あんな権力者になったにもかかわらず、自分の一族を要職につけたりとかしなかった。それは、自らの出生や家族について、あんまり知られたくなかったからなのかも。だって、もしかしたら、両親は近親相姦(おじと姪)の関係だったかもしれないのだから‥‥。ということで、知られざるヒトラーの親族について、その祖父母の代から一人ひとり丹念に跡付けていく。
って、あ、これ、前にも紹介したことあったっけ(⇒こちら)。

前にも紹介したことあるつながりで、次のイタリアでは、これ。
八木虎造『イタリアでうっかりプロ野球選手になっちゃいました』


イタリアでうっかりプロ野球選手になっちゃいました

イタリアでうっかりプロ野球選手になっちゃいました

  • 作者: 八木 虎造
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2007/11/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)




なんだか知らないけど草野球で遊んでたつもりが、えっ、何これ、プロ野球だったの‥‥、という、のんびりした話。チームのオーナーの娘で日本アニメオタクのバレリアちゃんに萌えます。(⇒詳しくはこちら

地続きでフランス。フランスもののノンフィクションといえば、やっぱりこれでしょう。
またしてもラピエール&コリンズで申し訳ないが、このコンビの作品はすさまじくおもしろいのだからしかたがない。
『パリは燃えているか?』


パリは燃えているか?(上) (ハヤカワ・ノンフィクション・マスターピース)

パリは燃えているか?(上) (ハヤカワ・ノンフィクション・マスターピース)

  • 作者: ラリー・コリンズ&ドミニク・ラピエール著
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2005/03/29
  • メディア: 単行本




第二次大戦末期、苦境に立たされたヒトラーは、「もう悔しいからパリを焦土してから退却する!」と目論むのね。街中に仕掛けられた爆弾。歴史的建造物はまさに風前の灯。どうなる!? どうする!?
だが、最前線で指揮を執っていたパリ占領司令官コルティッツは、ヒトラーの命令に背くことを決意、そしてレジスタンスやパリ市民は、さらにそのとき連合軍総司令官アイゼンハワーは‥‥!? ということで、パリ版・勝海舟と西郷隆盛の江戸無血開城といった趣もある、全編緊迫のノンフィクションです。

でもって、えーい、スペインもラピエール&コリンズだ。
『さもなくば喪服を』


さもなくば喪服を (ハヤカワ・ノンフィクション・マスターピース)

さもなくば喪服を (ハヤカワ・ノンフィクション・マスターピース)

  • 作者: ドミニク・ラピエール
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2005/06/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)




どん底の貧困家庭に生まれて、若くして国民のヒーローとなった闘牛士マヌエル・ベニテス。その一世一代の闘牛シーンと、彼の生い立ちから現在までの足取りとを交互に描くという緊張感たっぷりの手法に引き込まれ、手に汗握りつつぐいぐいと読んでいくと、うわー、思いがけなくもスペインという国の真実に気づくことになる、という、‥‥いや、もう、読書のヨロコビ、そしてノンフィクションの愉悦が、ここにあります。

えーと、なんだか疲れてきたというか、そろそろ飽きてきたので(私も読者の皆さんも)、ヨーロッパはこのくらいにして、アフリカへ渡りましょう。
とりあえず、コンゴ。
コンゴといえば、あれですよね、やっぱり。
モケレ・ムベンベです。
幻の怪獣です。
ということで、幻の怪獣ムベンベ探索の旅の記録、
レドモンド・オハンロン『コンゴ・ジャーニー』
を紹介したいところだけど、未読なので、こっち。
高野秀行『幻獣ムベンベを追え』


幻獣ムベンベを追え (集英社文庫)

幻獣ムベンベを追え (集英社文庫)

  • 作者: 高野 秀行
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2003/01/17
  • メディア: 文庫




早稲田大学探検部の連中による無謀な探検行。果たしてムベンベを見つけることができるのか? っていうか、それ以前に、ちゃんと現地までたどり着けるのか!? 本書に改題される前の『幻の怪獣・ムベンベを追え』を高校のときに読んで、早稲田探検部に少し憧れました。こんな体力がないので、あきらめましたが‥‥。
(ちなみに、いまだ現役の同著者による『ワセダ三畳青春記』は、コーヒー飲みながらとかでは絶対読んじゃいけない爆笑連続のオンボロアパート物語です。ここに出てくる大家のオバチャンは、一刻館の管理人さんよりも魅力的です。)

コンゴはそのくらいにして、次はタンザニア。
岩合日出子『アフリカポレポレ』


アフリカ ポレポレ―親と子のセレンゲティ・ライフ (新潮文庫)

アフリカ ポレポレ―親と子のセレンゲティ・ライフ (新潮文庫)

  • 作者: 岩合 日出子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1990/02
  • メディア: 文庫




動物写真家・岩合光昭の奥さんが、娘の薫ちゃんを連れてのアフリカ暮らしをまとめた一冊。
ハイエナがヌーの子を引き倒したのを目撃した薫ちゃん、
「ママ、ヌーの子供は死んじゃったよ。私もおなかがすいた」
「食べられたヌーの子供が、かわいそうだと思わないの?」
「かわいそうだよ。ほんとうに、かわいそうだと思う。だから見ているの」
というシーンは、いつ読んでも胸が詰まる。

さて、えーと、次は‥‥。
と思ったのだけど、しかしいいかげん疲れてきたし、まあ、このくらいで、いっか。200国200冊どころか、20冊にも達してないうえに、アメリカ大陸にも渡れなかったんだけど‥‥。
続きはどこかの本屋さんで、がんばって企画してくれるといいなあ‥‥(丸投げ)。


posted by 清太郎 at 16:10| Comment(4) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月17日

[本]るり姉(椰月美智子)

久しぶりの本の紹介でもします。
そういえば今年になって初めてです‥‥。



「るり姉」といっても、
《お姉さんじゃなくて、本当は叔母さん。お母さんの妹》
です。
《あたしがちいちゃい頃からいつだって、記憶のどこかに必ず登場する、大人と子供の中間のひと。》
るり姉は、あたしたちの書いたものや作ったものを大事にとっておいてくれるし、高校の入学祝いには図書カード三万円分くれるし、シーズーのアニーを見るたびに「悲しげアニー」と言うし、妹のみやこが中学生になったとたん髪を真っ赤にしたら「中学生っていうのは、ほんとばかだね」と言うし、いちご狩りセンターにはチューブのコンデンスミルクを持参して誰よりもたくさんいちごを食べるし、もう、大好き!
そのるり姉が、検査入院とかいって、でも別に心配なさそうだから病院でUNOしたりしたんだけど、なんかいつの間にか笑い事じゃなくなっていて、次にお見舞いに行ったらすっかり痩せて顔もひと回り小さくなってて、えっ、ちょっと、そんな、えっ!?

というのが、姪視点の第一章「さつき――夏」。
続く第二章は、さつきのお母さんでるり姉の姉、精神科の看護婦さんでいつもズボンのチャック全開でこの年にして隠れオタクのけい子視点。でも、第一章よりちょっと前の話「けい子――その春」。
第三章は、中学になっていきなりヤンキーになったけどけっこう素直でもう本当にるり姉のことが大好きな次女の視点で「みやこ――去年の冬」。第四章は、るり姉の新しいオットでカイカイと呼ばれてる開人の「開人――去年の秋」。
と、だんだん時間がさかのぼり、将来あんなことになるなんて思いもしないキラキラした日々が、もうせつないったらないの!
で、しかも最後の第五章は、20ページ余りの短い章で、はじめ小学生だった三女視点の「みのり――四年後 春」。えっ、なんでいきなり四年後なのよ!? でもって、わー、それはずるいよー、泣いちゃうじゃないのよー。

という、その展開と手法はありがちなんだけど、いやあ、このるり姉の造形が、いいんですわー。
なんだかキャラっぽくて、わざとらしい。という気もするけど、いや、でも、でも、ピュアな男子のハートをキュンキュンさせること間違いなし。
その魅力が爆発全開するのは、開人視点の第四章。なにしろ開人は合コンで年上のるり姉にビビッとひと目惚れ(《実際にビビッて音がした》)してるのだから、その描写の甘さたるや。
るりちゃんは、さびしいときは犬みたいにまとわりついてきて、でもふだんは猫みたいで、うれしいときは涙をぽろぽろ流して、「悲しみごっこ」を考案して(《「悲しみごっこ」というのは、二人で前後になって手をつなぎ、うなだれながら『昭和枯れすすき』などを口ずさみ、電気を消して廊下をとぼとぼ歩く、という遊び)》、結婚記念日の一泊旅行にはイラストまで描いた「しおり」をつくって、高速に乗ったら窓を全開にして外に向かって歌って、中学のときに音楽の授業でつくった曲をまだ覚えてて歌ってくれて、《るりちゃんの頭の中は、タイムマシンのように時間が自由自在だ。》
結婚前、《るりちゃんからメールが来ると、俺の気持ちはすうっと現実から少しだけ離れて、十五センチくらい宙に浮く気がした》というそのメールは宝物だからぜんぶ保存してあって、《読み返すと、不思議と小学五年生の自分と出会えた》。
メールの内容は、たとえば、
《――カマキリのお腹から細長い寄生虫が出てきたのを発見! 写メ送ります。
 バイクに踏まれたカマキリと、そいつの腹から飛び出た寄生虫。十連発の写メが来て、それを真剣に撮っているるりちゃんを想像しただけで、おかしくなった。》
でもって、るりちゃんは、《俺の大好きな》すけすけの黒ストッキングは穿いてくれなくて、パンティも《いっつも綿のダサいやつ》で、朝お弁当をつくってもらって出かけるとき、ぎゅうっと抱きしめると、《Tシャツはるりちゃんの寝汗の匂いがして、今すぐにベッドに戻りたい衝動に駆られるけど、ノーブラのるりちゃんへのいたずら心のほうが勝って、ちょいと手を出してみると、あと十センチというところで鋭い一撃がやってくる。るりちゃんは思いの外反射神経がいい。
「すんません、行ってきます……」》
という俺の毎日は幸せすぎて、いや、でも、
《――幸せじゃなくていいです。どうか、普通でいられますように。》
なんて開人が神妙に思ったりすると、次の夏には、あんなことになっちゃうのに! ああっ! もうっ! と読者としては何というか「志村、後ろ後ろ!」的な気分になっちゃったりするんだけど、そんなわけで開人の目を(そしてさつきやけい子やみやこの目を)通したるり姉の姿を見ていると、
「人生の伴侶とするなら、こんな女子がいいです。今まで僕は間違ってました。年下でかわいい系でおっぱいが大きくてちょっとエッチな感じの女子がいいと思ってましたが、必ずしもそうではないことがわかりました。るり姉みたいな女子だったら、年上でも、バツイチでも、おっぱいがちっちゃくても、いいです」
という草食系男子がいっぱい名乗り出てくるかもしれませんが、念のため、言っておきます。

こんな女子、いません!!


【こんな人におすすめ】
・理想の女子を探し求めている夢見る男子
・ガテン系のピュアな年下男子が好きな女子
・「ガンダムSEED DESTINY」のメイリンと「鋼の錬金術師」のホークアイ中尉のコスプレをする女子が出てくるような小説を読みたいかた


posted by 清太郎 at 09:15| Comment(3) | TrackBack(1) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月13日

今年読んだ本から(2009)

えー、師走だから忙しい、というわけではないんですが、例の通り更新が停滞しております。申し訳ない。
そろそろまた読書界番付とか考えないといけない時期ではありますが、ひと言で言えば、今年もやっぱり、出版界にとってはわりと残念な一年でした。はー。
ということも含め、いろいろと考えることもあって、やっぱりおもしろかった本は、「おもしろかった!」と、小さな声でいいから発信しておくべきなんじゃないか、と最近思うようになりました。
と、そんなわけで、「今年おもしろかった本」。
本に関するブログでありながら、「今年のベスト」とか何とかそういう年末スペシャル企画をこれまでやったことがありませんでしたので、一見すごく月並みな企画に見えて、このブログとしてはわりと思い切った企画です。
ただ、ベスト10とか20とか、順位付けしようとすると、えー、えー、どうしよう、えーい、もう、みんなが一等賞! とか何とかめんどくさいことになりそうなので、印象に残った本を思いつくままに挙げていきます。対象は、2008〜2009年出版の書籍とします。

ということで、第一位は‥‥。
って、順位付けしないんじゃなかったのかい!
といわれそうですが、でも実際、ホントによかったのが、これ。

フィリップ・クローデル『ブロデックの報告書』みすず書房、2009

村人たちによる余所者の集団殺人について記録することを命じられた僕、ブロデックは‥‥。ナチスと強制収容所、共同体と差別、記録と記憶、さまざまなテーマを織り交ぜつつ、あくまで硬質に澄んだ文章で、静かに進む物語。○○が××されるシーンなんて、嫌なんだけどでももう息を呑む美しさだったりして、年のはじめに読んで、ああ、これが今年のベスト小説かも、と思っていたら、結局そうだった気がします。たまりません。



あとは、順不同で。

ジュンパ・ラヒリ『見知らぬ場所』新潮社クレストブックス、2008

発行は2008年ですが、こちらもたまらん短編集。とくに、表題作。“コミュニケーションの果ての断絶、ディスコミュニケーションの果ての希望”というラヒリお得意のテーマで正面からの直球勝負。なんかもう、間然するところなし! といった感じ(まあ、まとまりすぎかもしれないけど)の一品でした。



瀬尾まいこ『戸村飯店青春100連発』理論社、2009

えーと、これは、「青春100連発」なんていうタイトルを見て、エー、ホントかよー、シンプル癒し系の瀬尾まいこのくせに、何が100連発だよ、大げさだなー、と思ったら、ホントに100連発(以上)だったのでビックリした作品。
冒頭から数えていくと、
1発目:片思いの女の子・岡野さんと下校
2発目:でも、岡野さんが好きなのは、自分の兄
3発目:彼女から、その兄へのラブレターの代筆をしてくれと頼まれる
4発目:なんで代筆かっていうと、「的を射た言葉で書いてあれば、こいつわかってるやんと思われて、好印象を与えて、岡野さんってちょっとええかもって思われて、ほんで……」と妄想を勝手にふくらませる
5発目:でも兄は卒業したら東京に行くからもう会えない。「ええの。会えなくたって私の気持ちさえ伝われば」
ここまででまだ4ページ目。全部で320ページあるから、この割合だと、400連発まであることになります。すごい。



伊沢正名『くう・ねる・のぐそ』山と渓谷社、2009

 野糞を始めて35年、21世紀に入って一度もトイレでウンコをしていない、という著者のノグソの記録(袋とじ付き)。なんていうと、ビミョーなサブカル本に見えるけど、著者は菌類写真家だったりもして、そのノグソには科学と信念の裏づけがあるから、けっこう納得。決してベストセラーになりえない内容だけど、こういう本はちゃんと読まれてほしい。



今野浩『すべて僕に任せてください―東工大モーレツ天才助教授の悲劇』新潮社、2009


金融工学の第一人者である今野が、将来を嘱望されながら若くして死んだ弟子・白川浩(東工大モーレツ天才助教授)との出会いからその最期までを描く。白川浩、誰かに似てると思ってたら、羽海野チカ『3月のライオン』に出てくる二海堂くんでした。



吉田重人・岡ノ谷一夫『ハダカデバネズミ』岩波書店、2008

ハダカデバネズミの社会には、自ら肉布団となって下に敷かれることを仕事にしている「ふとん係」がいます。



アダム・リース・ゴウルナー『フルーツ・ハンター―果物をめぐる冒険とビジネス』白水社、2009


オオミヤシ(coco de mer)という植物の実が、女性のおしり(とその周辺)にそっくり! というので、思わずGoogleで画像検索してしまいました。たしかにおしり(とその周辺)にそっくりでした。



長嶋有『ねたあとに』朝日新聞出版、2009

作中に出てくるオリジナルゲームが楽しそう。「ケイバ」とか「ダジャレしりとり」とか。いちばん気になるのは「顔」。少年時代のロクローとヒキオ君がつくったもので、名前、年齢、生まれなどの細かな項目をさいころで決めていって人物像をつくりあげる。レトロなディテールと、微妙なセンスが素敵です。王冠コレクター、困ると相手を殴る、顔に膏薬を貼ってる、鼻がお茶の水博士‥‥。



寄藤文平『元素生活』化学同人、2009

ハロゲン族はハゲで、希ガスはアフロ、と元素をキャラクター化すれば覚えやすいしわかりやすい。という発想に脱帽。
化学同人って、最近わりと楽しみな出版社です。



きしわだ自然友の会『チリモン博物誌』幻戯書房、2009

ちりめんじゃこに入ってるちっちゃいタコやらカニやら他の魚やらを全部集めてみました! ちりめんじゃこって、日本全国どこでも同じようなもんかと思ってたら、ぜんぜん違うのね。地方ごとにかなり違うみたい。本書に出てくるのは、大阪のちりめんじゃこ。関西出身ならもっと楽しめたと思う。



芹沢一也・荻上チキ(編)『経済成長って何で必要なんだろう?』光文社、2009

リーマンショックのせいで失業者になりかけたので、今年はこの手の本がけっこう切実に心に響きました。雨宮処凛・飯田泰之『脱貧困の経済学』とか、阿部真大『ハタチの原点―仕事、恋愛、家族のこれから』とか、メアリー・C・ブリントン『失われた場を探して―ロストジェネレーションの社会学』とか。



藤野千夜『親子三代、犬一匹』朝日新聞出版、2009

親子三代よりも、むしろ犬小説。登場人物のひとり夕樹は、飼い犬のトビ丸(♀)に対して「かわいーね、トビ丸、まじ可愛い、トビ可愛い」と言ってますが、うちでもグスタフに対して「グスタフ、まじ可愛い、グス可愛い」と言ってます。



アラン・ベネット『やんごとなき読者』白水社、2009

エリザベス女王がもし女王に夢中になったら‥‥、という読書小説。本、読みたくなります。気になるのは、BBCで働いていたゲイのJ・R・アカーリー『僕の犬チューリップ』と、19世紀の牧師で小さい女の子が好きな(ただし、ルイス・キャロルよりもっとひどかった)キルヴァートの日記。



千野帽子『読まず嫌い。』角川書店、2009

いわゆる「名作」の読み方に搦め手から光を当ててくれて、これも本読みたくなる本。特に気になるのは、シュピッテラー『少女嫌ひ』。100年前の作品なのに、ロリ&ツンデレ&ミリタリーコスという現代のマニアの萌えツボを突きまくるゲジーマたんに悶絶。



管啓次郎『本は読めないものだから心配するな』左右社、2009

こちらも本が読みたくなる本。詩的な表現に、うっとりです。「本を買うことは、たとえばタンポポの綿毛を吹いて風に飛ばすことにも似ている。この行為には陽光があり、遠い青空や地平線がある。心を外に連れ出してくれる動きがある」とか。これに出てきた宮本常一『民俗学の旅』、早速読んでみたら、おもしろすぎて、たまげた。



梨木香歩『f植物園の巣穴』朝日新聞出版、2009

『ゾッド・ワロップ』(ウィリアム・B・スペンサー、角川書店、2000)の味わい。



エルサ・モランテ『アンダルシアの肩かけ』河出書房新社、2009

短編集。モランテは初読みでしたが、なんというかソログープっぽい幻想的作品がいい感じ。表題作もたまらんけどね。



綾辻行人『Another』角川書店、2009

こ、ここは第三新東京市ですか!? というくらい、キャラがみんなエヴァ。



と、ほかにもいろいろおもしろい本を読んだような気がするけど、そろそろ飽きてきたので、このへんで。(腰くだけ。)
それにしても、こうして振り返ってみると、今年はわりとヌルめの本ばかり読んでた気がする。からだが無意識に癒しを求めているのかしら‥‥。


posted by 清太郎 at 23:11| Comment(3) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月28日

[本]ホワイト・ガーデンの幽鬼(ジェイムズ・ミーク)



1919年、ロシア革命直後のシベリア―極北の強制収容所「ホワイト・ガーデン」から脱走したサマリンがたどり着いたのは‥‥。

ちょっとホラーっぽいタイトルで、読んで始めると確かに、

・サマリンは、凶悪脱獄囚モヒカンから逃れてきた。彼はモヒカンによって、逃避行の間に食料がなくなったときのための「歩く非常食」として連れ出されたのだった。
・サマリンがたどり着いたのは、去勢をすることで“天使”になれる、と信じる去勢教徒(「スコプツィ」と呼ばれています)が暮らす街ヤジクだった。

ということが明らかになって、
「すわっ、人肉嗜食と去勢か!」
と、そちらの方面が好きな人は、否が応でもボルテージが上がるわけで、そのうえ実は実はこのサマリンが‥‥、という中盤のどんでん返しからさらにドカンと興奮度アップなのですが、いや、でも、実のところこの作品はホラーとはまったく関係ないし、去勢と人肉嗜食たっぷりのグロ小説でもありません。

原題は「The People's act of love(人々の愛の行為)」。
「1919年、ロシア革命直後のシベリア―極北の強制収容所「ホワイト・ガーデン」から脱走した男がたどり着いたのは‥‥」というだけでは、どこが愛の行為なのかしらん、なのだけれど、読み終わってみれば、いやはや、なるほど、まさに「人々の愛の行為」なんですわ。
物語は群像劇で、主な登場人物はサマリンと、美人妻よりも神を選んで自ら去勢した元騎兵バラショフ、夫に神を選ばれてしまった元妻アンナ、そしてアンナに愛されようとしてでも結局愛されきれなかったユダヤ人ムッツ中尉の4人。
ヤジクの町に自分の思い通りの王国をつくろうとする隊長マチュラ大尉に対し(このあたり、佐藤亜紀「ミノタウロス」を読んでいると、暴力吹き荒れる時代背景がわかって興奮度倍増です)、チェコ人部隊を故郷に帰そうとするムッツ中尉、というのを縦軸として、それに飛び込み参加のサマリンとヒロインのアンナ、ヤジクの街代表のバラショフが横から絡んであれこれする、という展開なんですが、しかし結局のところ、物語が描き出したのは、彼ら4人のまさに「act of love」の軌跡だったのだなあ。
というわけで、去勢と人肉喰らいの猟奇小説かと思って読み始めると、とんでもない熱烈恋愛小説と出くわすことになりますので要注意。特に終盤、それまでダメダメ変人男とみなされていたバラショフが最後にとった行動には、うわー、ああ、もう! 誰だ、「ホワイト・ガーデンの幽鬼」だなんてタイトルにしたのは!

それはそうと、本筋とは関係なく、たいへん気になったのが、214ページ。いきなり、手相の生命線が出てくるのです。

《「手の平を見てくださいよ。生命線の長いこと」
「だからどうなんだ?」ムッツは言った。
「長い生命線は長寿と幸せを表しているんです」》

これ、ムッツ中尉の手相ではなく、落ちていた片手の手相。だから、ちょっと笑えるシーンなのですが、えーっ、手相って日本や中華圏だけのものじゃなかったのね。と思って、ちょっと調べたら、今の手相占いは、明治以降に欧米から伝わった西洋手相学を基本にしているのだそう。だから生命線(life line)とか運命線(fate line)とか、用語や方法は欧米と共通なのだとか。へー。

【こんな人におすすめ】
・佐藤亜紀「ミノタウロス」を読んだ人。
・去勢小説ファンの人。(ただし、過度な期待は禁物です)
・人肉嗜食小説ファンの人。(ただし、過度な期待は禁物です)

【こんな人にはおすすめしません】
・去勢も人肉も出てこない、ふつうの恋愛小説が好きな人。
posted by 清太郎 at 13:47| Comment(6) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月02日

[本]ノック人とツルの森(アクセル・ブラウンズ)

久しぶりに本の紹介をします。



「ノック人とツルの森」
といわれても何やら意味不明で、あ、そうか、これはあれですか、
「カミロイ人の行政組織と慣習」(R・A・ラファティ)
のようなSFですか、ノック人というのはどこかの星の人ですか、そうですか、と一瞬思うのだけど、読み始めると全然そんなことはなくて、むしろけっこうハードでシビアな物語です。

どのようにハードでシビアなのかというと、主人公は物語の始まる時点で小学校に上がる直前の女の子アディーナ・アーデルングなんだけど、そのお母さんが、いわゆるところの、
「ゴミ女」
なんですね。アディーナのおうち「アーデルング・ハウス」は、お母さんが毎日ひたすら集め続けてるゴミが詰め込まれて、満足に移動もできないような、そんなゴミ屋敷なのです。
ところが、お母さんはなかなか巧妙で、家の外や庭はとってもきれいにしてるわけ。ただ、中を見られたらゴミ屋敷であることがばれちゃうから、娘のアディーナとその弟ボルコには、家の扉をノックする人(これが「ノック人」です)は邪悪な存在だ、と教え込む。ノック人を信用しちゃいけないし、うちのことをしゃべっちゃダメ、そんなことをしたら、お前達はママと引き離されてしまうわよ‥‥。

ということで、そんなゴミ屋敷出身のアディーナが、それでもノック人たちの小学校に入学して、アーデルング・ハウスと違って変なにおいがするなー、などと思いつつ用心深く友達もつくらず、ノック人の世界の中でひとり孤立したまま、学校生活を送っていく。
そんなある日、アディーナは、ふとしたことから迷い込んだ自然保護区の森(ツルの繁殖地で、ここが「ツルの森」ね)で、管理員の女性エアラと知り合います。彼女はノック人だけど、ほかのノック人と違う、ツル人だ‥‥、といつしかアディーナは、エアラに信頼を寄せていく。
そして‥‥。

ということで、この作品はいわゆるヤングアダルトなので、結末までの展開は、まあ予想通り。終盤、「えっ!」ということはありますが、「ええええーっっっ!!!」というほどのことは起こらない(たとえば、ゴミ屋敷の密室で殺人事件が起きて、アディーナがちびっ子探偵となって推理して、犯人は、ま、まさか、あの人が!!!ということにはならない)ので、安心して読めます。

‥‥と、これだけの説明だと、まあ設定はユニークだけど、ありがちな少女成長物語なのね、ということになるわけですが、いや、実は、隠し球があるのです。
著者アクセル・ブラウンズは自閉症者。(「鮮やかな影とコウモリ」という自伝もあります。)
この物語、ゴミ屋敷が舞台であるだけに、全編ゴミいっぱいで、食べたのを戻したのとか、泥とか、おしっこ(アディーナのおしっこは、物語の大切な要素です)とか頻繁に出てきます。でも、印象として受けるのは、硬質な清潔感。アディーナが使う「軽石級」「キツネ級」といった物事の格付け表現やアーデルング・ハウス内の「なんてきれいなの」「とても捨てられないわ」といったゴミの呼び方(ゴミ屋敷の中で育ちながら、アディーナは学校に入るまで、「ゴミ」というものが何なのか知らないのだ)とあいまって、見慣れた日常から微妙に遊離した、どこか不思議な味わいを漂わせています。
自閉症者の見る世界と、その独特の豊かさが、こうした表現に影響しているのかしら、などと思って読むと、うーむ、ますます興奮。この表現を味わうためだけでも、読む価値ありです。

ところで、ひとつ不満がありまして、主人公のアディーネが、どうやらけっこうな美少女らしいのですよね。最初は同級生から「くさい」とか何とかいわれる不潔少女だったから油断してたのに。お母さんもゴミ女なんだけど、なんだか美人っぽい。
私としては、
「結局は、かわいかったからなのね」
という感じがしてやや興醒めなんですが、読者の嗜好によっては、
「び、びびび美少女が、こ、こ、こんなことを!!」
と興奮度が高まって、よいかもしれません。

【こんな人におすすめ】
せせらぎ党少女部のかた

【こんな人におすすめしません】
・かたづけられない女子(主人公よりもお母さんに同情しちゃうでしょう)
posted by 清太郎 at 21:51| Comment(6) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月16日

生物と無生物のあいだの結婚

先日、「ハーレクインにする」で、もし「生物と無生物のあいだ」の表紙がハーレクインだったら、知らない人から見れば、

《ああ、生物と無生物、その断絶を超えた禁断の愛が今ここに! 「あたし‥‥、マネジャーのジェイクのうちの‥‥、れ、れ、冷蔵庫が好きになってしまったの!!」 色白で頼もしい冷蔵庫との愛におぼれるシャノン。「オッオー! シャノン、きみはうちのキッチンで、いったい何をしてるんだい?」「ジェイクっ、違うのっ! これには、わけが‥‥!」 一人と一台の愛の逃避行が始まった‥‥!》

という内容の本に見える、ということを書きました。
そのあと実は、どこかに何かが引っかかったような気分だったのですが、昨日になってふと思い出しました。
「生物と無生物、その断絶を超えた禁断の愛」
先行事例が、ちゃーんと、あったんです。
光文社古典新訳文庫の一冊、ロダーリ「猫とともに去りぬ」の一編、
「恋するバイカー」
20ページに満たない短編です。

18歳の青年、エリーゾが、あるとき、
「パパ、僕、結婚しようと思うんだ」
と、お父さんに紹介したのが、なんと、日本製のバイク。当然、お父さんは猛反対。エリーゾはバイクに乗って出奔。
まさに、
「一人と一台の愛の逃避行」
です。でもこのバイク、なかなか手がかかります。いろいろ改造を要求されるうえ、ついには「シートのかわりに歯科医用のリクライニングチェアーが欲しい」なんてことになって、エリーゾはローン返済のために1日20時間働くことになり、やがて二人の、ではなくて一人と一台の間に微妙なすれ違いが生まれ、そしてある晩、バイクは泥棒に盗まれちゃう。失意のエリーゾが、うちに連れ戻される途中で、ひと目惚れしたのが、とあるショーウィンドーの中の、
「洗濯機」
バイクで失敗したお父さんも、今度はしぶしぶ結婚を承諾。お母さんのほうは、むしろ大喜びです。
「考えてみてもくださいな! お嫁さんが洗濯機なのよ! モデナ県のどこをさがしても、そんな姑は私ひとりだわ。それに洗濯をするときだって、とっても便利でしょ?」

この作品が教訓として示しているのは、生物と無生物の禁断の愛に対して、周囲の人間に必要なのは、このお母さんのようなポジティブシンキングなのではないか、ということです。
晩婚化、非婚化が進展し、ますます価値観が多様化している現代日本、いずれ自分の娘が、
「あたし、今度テレビと結婚したいの」
と言い出さないとも限りません。
そんなとき、お父さん・お母さんは、無下に反対したりしてはいけませんよ。「恋するバイカー」のように、娘はテレビと出奔、
「一人と一台の愛の逃避行」
が始まってしまうかもしれません。
いかに薄型になってきたとはいえ、それなりに重いテレビをひしと抱えた娘が、ようやくたどり着いた北国の小さな町の狭いアパート。バイトで日銭を稼ぐ彼女は、深夜疲れきった顔で帰ってきては、そっとテレビをつけて、うるんだ声で「あなた‥‥」と呼びかける‥‥。
「恋するバイカー」同様、苦労するのは娘の方です。親として、かわいい娘に、こんな暮らしをさせるのは、しのびないはず。
むしろ、ここはひとつ度量のいいところを見せ、
「子どもができたら、旦那さんがいつも面倒を見てくれそうね」
などと、鷹揚に構えていたいものです。

posted by 清太郎 at 23:00| Comment(4) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月10日

定額給付金で本を買う

定額給付金問題が迷走していますね。
2兆円もあれば、ひとつのことにドカンと使った方がよほど効果と意義がありそうなものですが、それがなかなかできないところが政治の世界のよくわからないところです。
中止・廃案になる可能性もありますが、実施されることになったら、素直に受け取って(拒否すると、その手続きにまたコストがかかりそう)、景気浮揚のためにパッパと使っちゃうべきかもしれません。

ということで、話題が旬のうちにこの企画。
定額給付金をもらったら、全額、本に使ってはいかがでしょうか。

給付金は、ひとりあたり12,000円。18歳以下、65歳以上は20,000円です。これだけあれば、日ごろはためらうハードカバーの単行本が何冊も買えますぜ。
「でも、いきなり本買えっていわれても、何を買ったら‥‥」
と、迷ってしまう人も、多いことでしょう。
そんなアナタ!
よーし、まかせなさい。その給付金、全額ワタクシにお預けください!
今ならローリスク・ハイリターンで、とっておきの本を斡旋いたしますよ。ゲヒヒ‥‥。

ただ、やみくもに本を紹介するのも芸がないですから、とりあえず紹介する相手は職場の後輩タカナシさんの妹、アズサちゃんということにしてみましょう。
タカナシさん相手に紹介してもいいのですが、20代の彼女に支給される額は12,000円。17歳のアズサちゃん相手なら20,000円まで使えるのですから、そっちのほうが選び甲斐があります。
アズサちゃんは、もう本大好き読書大好き!というほどではありませんが、活字ばかりの本に何の抵抗もない程度には本好きです。
「昨年読んだ本でおもしろかったのは、学校の図書館で借りた『一瞬の風になれ』」
ただし腐女子ではありません。
成績はけっこうよくて、理数系もよくできるけど、いちおう国立文系狙い。髪が長くて色白で、パッチリした目が印象的で、手足が長くてセーラー服(とくに夏服)がよく似合う、そんな女の子、ということにしましょう。

このアズサちゃんに、どんな本をすすめればよいのか。硬すぎず軟らかすぎず、知的で、スッキリした感じで‥‥。
ただし、定額給付金は景気対策のためでもあるのですから、できればマイナー出版社を応援できるようなセレクトをしたいところです。まあ小学館とか講談社とか大手を避けて、中堅出版社以下の本としましょう。
でも、古本じゃないと手に入らないのはダメ。Amazonで買えるような新刊の中から選んでみましょう。
また、写真集や画集の類、それとマンガは除外します。特に理由はないけど。
もちろん、1社につき1作品ずつ。著者も重複しないように、というのは基本ですね。
総額は20,000円。これを1円でも超えたらドボンです。
むふー、こういうの考えるのって、楽しいよね。
ということで、選んだのが、以下の10作品11冊。いかがでしょうか。

「学校をつくろう!――子どもの心がはずむ空間」
工藤和美著 TOTO出版 1,575円
建築家が書いた建築の本。なのに、泣ける! 日本の教育も、まだまだ捨てたものじゃないです。

「バレエダンサー」(上・下)
ルーマ・ゴッデン著 渡辺南都子訳 偕成社 上下各1,890円
バレエに目覚めた天才少年の受難と成功の物語‥‥、と思いきや、その姉の挫折と成長の物語、でもあって、十代のうちに読んでおきたいヤングアダルトの傑作。

「ウィリアム・ブレイクのバット」
平出隆著 幻戯書房 2,940円
詩人のエッセイ集。装丁が、もう頬擦りしたくなるくらいステキ。内容は、草野球および野球一般、空想の国の切手を描いて30歳で焼け死んだドナルド・エヴァンズ、自動車免許取得。

「枕もとに靴――ああ無情の泥酔日記」
北大路公子著 寿郎社 1,575円
哀しいほどに笑えて、ときにしんみり。こんな大人になっちゃいけない見本が、ここにあります。

「中二階」
ニコルソン・ベイカー著 岸本佐知子訳 白水社 998円
中二階のオフィスへつながるエスカレーターに乗ってから降りるまでを描いた、ユーモアたっぷりの超微視的小説。

「クマとナマコと修学旅行――僕と僕らの探検記」
盛口満著 どうぶつ社 1,575円
当代随一の生物学エッセイの書き手による、生き物いっぱい修学旅行。知的好奇心をそそられます。

「象を飼う――中古住宅で暮らす法」
村松伸著 晶文社 1,890円
著名建築家がデザインした著名住宅の中古物件。購入したときには、リビングにキノコが一本生えていた‥‥。ユニークな家住まいエッセイであり、さりげない子育てエッセイでもある。

「野生馬を追う――ウマのフィールド・サイエンス」
木村李花子著 東京大学出版会 2,940円
馬の群れを追って世界各地の原野に身を潜めてきた女性研究者によるフィールドワーク報告。科学者ならではの静謐な観察眼と、歌うがごとく詩的な言葉による表現が、たまりません。

「「忘れられた日本人」の舞台を旅する――宮本常一の軌跡」
木村哲也著 河出書房新社 1,890円
寝袋かついで放浪しながら、反骨の民俗学者・宮本常一の著作「忘れられた日本人」ゆかりの人たちをアポなしで訪れる、という、なんだか「突撃!隣の晩ごはん」的さわやか青春民俗学ルポ。

「日の名残」
カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳 早川書房 798円
英国執事の抑制された日常と抑制された愛。失われゆく伝統、かげりゆく光。いぶし銀に光る英国小説らしい英国小説。

で、以上、総額19,961円。
うーむ、見直してみると、日本人の小説が一冊も入ってないし、っていうか3作挙げた小説は全部イギリスの作品だし、10作品中に生物学ものが2冊、建築ものが2冊、という甚だしい偏りぶり。いちおう国立文系志望のアズサちゃんに対して、こんなリストでいいのかしら、と思わないでもないけど、いいのだ、アズサちゃんは理科も得意なんだから(勝手な設定だ)。

「野生馬を追う」のかわりに武田百合子「富士日記」全3巻(中公文庫 計2,940円)にしようか迷ったのだけど、いや、「富士日記」なら、別に今回の給付金を使わずとも、この先の人生でいくらでも出会う機会があるでしょう、ということで見送り。
また、ニコルソン・ベイカーなら「フェルマータ」(白水社 1,155円)もいいのだけれど、超能力で時間を止められる青年が女子の服を脱がしまくるという内容なので、こんなのをすすめたらアズサちゃんから嫌われそうなので断念。同様の理由で、女子トイレのぞき小説「青春と変態」(会田誠著 ABC出版 1,575円)も却下しました。

総額20,000円というのがなかなか難しくて、晶文社では「象を飼う」の代わりに、これこそ学生さんにすすめたい「自分の仕事をつくる」(西村佳哲著 1995円)を入れたかったのだけど、残念ながら20,066円になっちゃう。あるいは「クマとナマコと修学旅行」よりも、本当は「ネコジャラシのポップコーン」(盛口満著 木魂社 1,680円)のほうが発見的で知的におもしろいのだけど、やっぱり20,066円でドボン!
うーむ、総額20,000円は税抜き金額にすればよかった(当初の目的からはずれてます)。

ということで、17歳のアズサちゃんではない読者の皆様にも、定額給付金で本を買う際に、少しは参考になりますでしょうか。
私は、定額給付金もらったら、どうしようかな‥‥。どうせ12,000円だし‥‥。たぶん本なんか1冊も買わずに、おいしいもの食べてパッと使っちゃうと思います。(ダメじゃん)
posted by 清太郎 at 16:03| Comment(13) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月01日

【本】「蟹工船」に対抗する

小林多喜二「蟹工船」が売れているそうですね。
今年1月9日の毎日新聞に掲載された高橋源一郎と雨宮処凛の対談、「現代日本で多くの若者たちの置かれている状況が『蟹工船』の世界に通じている」というくだりに上野駅構内の書店「BOOK EXPRESSディラ」の店員さんがキラリーン!とひらめき、
「この現状、もしや……『蟹工船』じゃないか?」
なんて書いたPOPを立てて売り出したら大成功、それが各地に広がった、らしいです。この書店員さんに拍手。

しかし、思うに「蟹工船」って、正直言って、あんまりおもしろくなさそうだし(ごめんなさい、未読です。そのうち読みます)、ワーキングプアやら格差社会やらといった社会的な問題意識をもってこれを手に取った読者が激しく感動して興奮して、
「小林多喜二の本、もっと読みたい!」
          ↓
「プロレタリア文学もっと読みたい!」
          ↓
「徳永直を! 宮本百合子を! もっともっと!」
          ↓
プロレタリア文学、大売れ。本屋ウハウハ。出版社ガハガハ。
ということには、ぜったいならないと思うので、「蟹工船」が例年の5倍の勢いで売れたところで、ニュースの話題にはなるとしても、あまり発展性がない。
というか、どちらかというと、ふだんあまりこの手の本を読まないウブな読者が、話題になってるからと軽い気持ちで「蟹工船」を買い、途中まで読んだところでおなかいっぱいになり、
「ふーん、こういうのがハヤリなんだ。だいたいわかったから、いいや。なんかちょっと時間無駄だったかもー。あ、それより、タカシにメールしよっと」
といそいそとケータイを取り出す、ということになるような気もします。

したがって、われら本業界としては、単純に「蟹工船」の売り上げアップを狙うのではなく、むしろ、これをきっかけとして、
「蟹工船よりもっとスゴイ本がある! 反蟹工船フェア」
などを開催して、どさくさにまぎれて「蟹工船」以外の本をプッシュするほうが得策なんではないか。
というのが、今回の企画です。
こんなフェアを行うとしたら、リストにはどんな本を入れればいいのか。
ただし、ここで真面目に正面から、
「蟹工船よりもっとスゴイプロレタリア文学」
「蟹工船よりもっとスゴイ小林多喜二の作品」
を考えてしまっては、やっぱりあまり発展性がなさそうなので、もうプロレタリアとか何とかそっち方面の難しいことは考えないことにしましょう。それよりも、「蟹工船」が船上を舞台とした船上小説であることに焦点を当てて、
「蟹工船よりもっとスゴイ船上本」
ということで、フェアに並べるべき本をピックアップしたいと思います。(この時点ですでに「蟹工船」とはまったく関係なくなってる気もしないではないが。)

さて、本をセレクトするには、それなりの理屈が必要です。船上本だからといって、むやみやたらと並べればいいというものではない。何がどのように「もっとスゴイ」のかを考慮したうえで、選ばなくてはいけません。
たとえば、
「蟹工船よりもっと過酷な状況」
という意味でもっとスゴイ船上作品を考えてみましょう。悲惨な環境で酷使される労働者よりもさらに過酷というと、やっぱり生死にかかわるとか、そっち方面でしょうか。となると、日本文学史に燦然と輝く「舟の上小説」、安楽死の是非、罪とは何か、生きるとは何かに対する深い示唆に満ちた、
森鴎外「高瀬舟」
これを挙げずに何を挙げるか! という正しい文学ファンがいるかもしれませんが、そうなるとなんだか堅苦しくなりそうで、「これをきっかけに、もっと本を売りたい」という趣旨に沿わない気がします。
ではどんな本が過酷なのか、過酷であってなおかつ売れそうなのは何なのか、というと、これはもう、わかりやすく「漂流モノ」がいちばんなんじゃないでしょうか。三度のごはんどころか最低限必要な水さえも欠く状況の過酷さは、蟹工船の比ではありません。
人気のあるこのジャンル、「コンティキ号漂流記」(それほど過酷ではない)から「ひょっこりひょうたん島」(ぜんぜん過酷じゃない)まで古今東西、さまざまな作品がありますが、ここでオススメしておきたいのは、これ。
ナサニエル・フィルブリック「復讐する海―捕鯨船エセックス号の悲劇」(集英社)
1819年に起きた実際の事件を、当時の史料をもとに綿密に再構成したノンフィクションです。捕鯨の島、ナンタケット島を出航したエセックス号は鯨の襲撃によって沈没し、脱出した乗組員たちは3隻のボートに乗って漂流。しかし、水も食料もない極限状況下、ついには人肉を‥‥! 捕鯨産業についての緻密な描写も読みどころです。
もう一冊、ちょっと毛色の変わった漂流小説として、貨物船が沈没してたったひとり生き残った少年の漂流記。救命ボートに乗り込んでいたのは、彼だけではなかった。その貨物船で運ばれていた、シマウマとオランウータン、ハイエナ、そして美しくも凶暴なベンガルトラだった‥‥、という、
ヤン・マーテル「パイの物語」(竹書房)
狭い救命ボートに乗り合わせた虎と一対一になってどう対処すればいいのか!! というハラハラとドキドキに満ちていますが、途中から妙な方向に話が流れ、えっ、ちょっと、あなた、どういうことよ!? と思っていると、最後に、ウームと考えさせられます。

あるいは、
「蟹工船よりもっと興奮する」
という意味で「蟹工船よりもっとスゴイ」船上本というのもありますよね。これはもう、「海洋冒険小説」というジャンルがあるくらい、海に冒険はつきものなんであって、古くは金羊毛を探求するアルゴス号の壮大な冒険叙事詩、アポロニウス「アルゴナウティカ」(講談社文芸文庫)から、あんまりよく知らないけど「荒海の英雄」みたいな伝統ある英国海洋冒険小説にクライブ・カッスラー、児童文学ならばアーサー・ランサムの「つばめ号」シリーズは欠かせないし、ミシシッピ川を筏でくだる「ハックルベリィ・フィンの冒険」も(いろんな意味で)興奮の船上本です。さらに、
「ここはぜったい福井晴敏『亡国のイージス』を!」
「やっぱり旅客船ミステリも必要でしょう! クリスティの『ナイルに死す』を!」
「いやいや、野田知佑の川旅カヌーエッセイだってなかなかの興奮ですぞ」
「ちょっとあなた、『白鯨』を忘れていませんか」
チャールズ・ジョンソン『中間航路』(早川書房)、これ最強!!!」
という意見も出てくるだろうし、さらには、
「あのー、船の中には“宇宙船”を含めていいですか」
という人も出てくるに違いないわけで、それを認めるとなると、
「でしたら、SFには大興奮の船上小説がいっぱいありますよ!」
とばかりにダン・シモンズ「ハイペリオン」やらジェイムズ・ティプトリー・ジュニア「たったひとつの冴えたやりかた」やらA・E・ヴァン・ヴォクト「宇宙船ビーグル号」やら何やらが山と詰まれることになるだろうし、そうなると、あっ、ずるーい、宇宙船がアリなら、さっきの「蟹工船よりもっと過酷な船上小説」に「冷たい方程式」を入れてよー! ということになって、もう何やら意味不明になりそうなので、まあそれはそれとして、ここでは、「冒険」方面ではない興奮本を一冊。
田村京子「北洋船団 女ドクター航海記」(集英社文庫)
昭和57年、北洋漁業船団の船医となった著者が2ヶ月あまりの船上生活をつづったノンフィクションです。これの何が興奮って、えーと、やっぱり、ほら、漁業! そして、海の男たち!
女ドクターである著者は文字通り紅一点で、母船の他の乗員249名、船団として約千人、ぜんぶ男。その彼らが、もう実に朴訥で紳士的で、むふう、たまらんのですわ。たとえば、
《実は私は、乗船前、会社の人たちから独航船の船員については、ずい分ひどい話をきかされていた。
「ねぇ先生、独航船の連中ってのは、赤やピンクのタオルのねじりハチ巻きで、風呂なんかいつ入ったかわからないようなヒゲヅラ、そのうえ、言葉や態度も荒っぽいのばかりですけど、どうか驚かないで診てやって下さいね。根はとっても気のいい奴らなんですから‥‥」
 (中略)
 ところが、である。はじめて対面した独航船の漁撈長とは、ねじりハチ巻きどころか、私もかぶりたくなるようなカッコいい革のハンチングに、革ジャン+ジーンズ(中略)。ヒゲだってキレイに剃り落としてあるし、診察のときに脱いだ下着を見れば、おろしたての新品。アテの外れた私は、母船の幹部連中に、文句を言った。
「何よ、独航船の連中はキタナイ、だなんて。あなたたちより、よっぽどキレイじゃないの!」
 彼らもそれをきいて首をひねり、
「おかしいなァ、いつもはもっと汚らしい格好で母船にあがってくるんだがなァ」
 と不思議そうな顔をしている。
 どうやら、件の漁撈長氏、女性のドクターがいるときいて、わざわざ身だしなみをととのえてきたらしいのである。》
このシャイなオヤジに、思わず萌え。
これで漁師萌えに目覚めてしまったら、北陸各地のイカ漁師を訪ね歩いた日本ルポタージュ史にそびえる金字塔、足立倫行「日本海のイカ」(新潮文庫)もおすすめです。

さて、「蟹工船」の労働者たちは、蟹工船という逃げ場のない環境の中で、苦しい労働や暴力に耐えながら団結の意志を高めていくわけですが(読んでないけど、そういう話だよね)、同じ船上を舞台にしながら、それとはまったく対極にある、という意味で「蟹工船よりもっとスゴイ」のが、
ジェローム・K・ジェローム「ボートの三人男」(中公文庫)
19世紀の英国ユーモア小説です。苦労なんてものとは無縁の3人の紳士が、犬のモンモランシーをおともに(副題は「犬は勘定に入れません」)、テムズ川のボート旅を楽しむ、というただそれだけの内容。労働も意志も団結もなし。蟹もなし。その代わり脱線と寄り道が満載で、英国らしい笑いたっぷり。「反蟹工船フェア」をうたっている以上、この作品がなくては、画竜点睛を欠くというものです。

以上、「船上本」という観点から、「蟹工船」に対抗する作品を挙げてみたわけですが、一方で「蟹工船」は、カムチャツカで獲った蟹を船上で蟹缶に加工する、いわば、
「蟹小説」
であるともいえます。
この観点から、
「蟹工船よりもっとスゴイ蟹小説はないのか!?」
というかたには、自信をもって、これをおすすめしましょう。
佐藤哲也「沢蟹まけると意志の力」(新潮社、ただし事情あって絶版、なのかな)
堅牢強固な意志の力によって沢蟹の卵から生まれた沢蟹まけるの運命やいかに!? 立派な大人になって大蔵省キャリアになって、さらに国会議員に当選して、蟹に有利な法律を制定してもらいたい、という沢蟹たちの期待の行方は!? でも案に相違して平凡で気弱な青年に育ち、三流私立大を卒業した沢蟹まけるは、株式会社マングローブに入社すると、なぜか世界征服事業部に配属されたうえ、改造人間カニジンジャーにされてしまった! どうなる、沢蟹まける! 負けるな、沢蟹まける! 堅牢強固な意志の力で立ち上がるのだ! 白目をむいて失神してる場合じゃないぞ!
という「沢蟹まけると意志の力」、新潮社からは事情あって復刊は難しいでしょうけど、どっかの出版社が堅牢強固な意志の力をふるって出版してくれないものかしら。
「蟹工船」が旬の今だったら、
「蟹工船よりもっとスゴイ蟹小説があった!」
というPOPを立てておけば、売れると思います。
posted by 清太郎 at 23:10| Comment(5) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月29日

【本】イタリアでうっかりプロ野球選手になっちゃいました(八木虎造)



仕事に疲れたプロカメラマンの筆者が、一年くらいイタリアにでも行って地中海の下でのんびり過ごしてやろうとシチリア島のパレルモに行って、でも言葉ぜんぜんわかんないし友達いないし、どんどん引きこもりになっちゃって、テレビ見てたらアテネでオリンピックで、思い立ってアテネに出かけてみて、毎日ひたすら野球を見続けて、考えてみれば子どものときからずっと野球漬けで、大人になっても草野球のチームに入っていた僕、イタリアでもさがせば草野球チームくらいあるはずだ、と思ってシチリアに戻ってチームを探したら、なんだかよくわかんないけど事務所みたいなのがすぐ近所にあるので行って「野球がしたいんです!」と伝えたら、いきなりテストを受けさせられて、草野球のくせにいっちょまえにテストなんかするのかよ、と思い、でもちゃんと合格して、チームのメンバーは陽気ないいやつばかりで、シーズンが残り少なかったから7試合しか出場できなかったんだけど、まあそれなりに活躍できて、いやあおもしろかったなあ、と思っていたら最後に給料を渡されて(120ユーロだけなんだけど)、給料って、つまり、その、
「僕はプロ野球選手だったんだ……」
というイタリアでの日々をつづった(ここまでが第1章ね)、まさにタイトルそのまんまの一冊。

冒頭のブルーな気分もどこへやら、チームに入ってからはひたすら前向きで輝いていて、なんだかそういうのを見せ付けられるのはつらいかも、という面もあるにせよ、なんとも楽しく素敵で、うーん、野球って、いいなあ。
ということは、さておき。

野球に興味のないかたにも、ぜひチェックしておいてほしいのが、チームのスポンサーの娘、バレリアちゃん17歳(眼鏡っ娘)。
超がつくほど日本マニアの彼女なんだけど、シチリアには日本人なんて滅多にいない。初めて日本人(著者)に会えるとあって、狂喜乱舞、思いっきり緊張して、著者相手に日本語で挨拶した第一声が、
「こ……こんにちは……オレはバレリアだ」
日本アニメオタクのバレリアちゃんは、
《イタリアで放送されているアニメをビデオにとる。そしてそれの日本語版のDVD、もしくは動画を何とかして手に入れ、その2つを同時に観ながら言葉を勉強するそうだ。》
「のだめカンタービレ」ののだめと同じことやってます。
《そして今一番のお気に入り教材は「ONE PIECE」だそうだ。あぁ、それで「オレはバレリアだ」なのか!》
ああ、バレリアちゃん、たまりません。

そんなバレリアちゃんの夢のひとつが、アニメのキャラたちがおいしそうに頬張っている“白い玉”をいつか食べてみたい、ということ。おにぎりです。
その夢を、著者がかなえてあげました。台所でほかほかごはんに塩を振って握り、ツナマヨを具にして、
《三角形に整えて、海苔を貼ってあげた。彼女はそれを見た瞬間、絶叫した。
「ママ、パパ、おにぎりーーー!!!!!!!!」
 おにぎりを手にしたバレリアは、両親がいる離れまで、それを見せに激走した。
「もったいなくて食べられない……」
 もはや涙目、いやホントに泣いてる!》
バレリアちゃん、素敵すぎます。思わず彼女のファンになってしまいました。

【こんな人におすすめ】
・草野球チームに入ってる人
・アニメファンの人
・純朴なアニオタの眼鏡っ娘に萌えたい人
posted by 清太郎 at 09:21| Comment(5) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月12日

【本】やみくも――翻訳家、穴に落ちる(鴻巣友季子)



柴田元幸、青山南、若山正、岸本佐知子、金原瑞人、野崎歓‥‥。
ここ数年、翻訳家のエッセイが次々に出版されています。しかもおもしろいものが多いですよね。すでに、「翻訳家エッセイ」というひとつのジャンルになってる気がします。
といっても、ひとくくりにしちゃうのは乱暴でして、中身はそれなりに人それぞれ。仮に、x軸を「賢い系←→バカ系」、y軸を「翻訳話←→日常話」とすると、たとえば若山正「ロリータ、ロリータ、ロリータ」は右上のほう(賢い系・翻訳話)、岸本佐知子「気になる部分」は左下のほう(バカ系・日常話)ということになります。

本書の著者、鴻巣友季子については、アトウッド「昏き目の暗殺者」の印象が大。これってわりとヘビーでハードな話だったので、それを翻訳した人もきっと、ヘビーでハードな感じの人なんだろうなあ、と勝手に思ってました。ですから、彼女のエッセイがあるのを知っても、なんとなく近寄りがたかったんですよね。右上のほうの人なんじゃないか、と。(だからといって、読まない理由にはあまりならないんだけど。「ロリータ、ロリータ、ロリータ」はなかなか興奮する本でした。)

‥‥だったのですが、ふと気が変わって読んでみたところ、いやはや、ごめんなさい。読まず嫌いはするものではありません。鴻巣友季子は、どっちかというと岸本佐知子の仲間でした。
が、左下のほう、バカ系・日常話ばかりかというとそうでもなくて、右上のほうの翻訳話もチラチラ出てくるし、38編のエッセイをこのxy平面にマッピングすると、わりとまんべんなく分布、ということになりそう。バランスの取れた、いい感じの内容です。
お気に入りは、ヤマダさんが禁煙してるつもりで実は禁煙してなかった「禁煙」(バカ系・日常話)、夏の公園のワンシーンを絵画のように切り取った「イパネマの娘」(賢い系・日常話)。
「彫刻」(やや賢い系・翻訳話)の、今取り組んでいるヴァージニア・ウルフは本当に訳しにくい、
《一文が平気で十行ぐらいあるのだが、その一字一句を、
「いま、つかみにいきます」
「もうすぐつかめそうです」
「つかみつつあります」
「つかめました」
 と、実況中継ができそうなほどスローな翻訳過程である。》
なんていう一節も好きです。

エッセイそのものに加えて、挿絵が入ってるのもうれしい。さげさかのりこの描く黒いわんこや鳥や虫やちょっとした風景があちこちにあしらってあり、デザインもけっこう大胆。読んでいて、次の絵が楽しみになってきます。
いかにも筑摩書房らしい、雰囲気のあるエッセイ集でした。

【こんな人におすすめ】
・挿絵のある本が好きな人
・犬好き
・穴好き
posted by 清太郎 at 23:35| Comment(4) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月02日

[本]生きていてもいいかしら日記(北大路公子)



「サンデー毎日」の、好評(なのかどうなのかわかんない)連載がついに単行本化。わーい。
この日のために、ずーっとがまんしてきました。本になったらまとめて読もう!と、「サンデー毎日」の立ち読みを自ら禁じてきました。ああ、がまんしてよかった。
最初のほうは、ちょっと「サンデー毎日」のオジサン読者にあわせようかしらと手探りしてみた感じなんだけど、いつの間にか読者のほうを自分の都合に合わせていっちゃってます。むふー、たまりません。

内容について、帯のところに、
「40代、独身、親と同居。好きなもの、昼酒。「いいとこなし」のキミコが送る、超地味なのになぜか笑える日常。」
と書いてあるんだけど、えーと、これは、ウソじゃないけど、ホントでもないのでは。
だって、こういわれてふつうの人が思い浮かべるのは、たとえば、
「ダメな女子がダメな毎日をつづって、ダメ読者の共感とダメじゃない読者の侮蔑と安堵を誘う」
とか、
「誰にでもある何気ない日常のひとコマを切り取って、あたたかな笑いを誘う」
とか、とにかくそういう「誘う」系エッセイのはずでしょう。でも、そんな「誘う」系エッセイには、たぶん、次のような文章は載らないんじゃないでしょうか。

《猛烈に「お相撲さんになりたい」と思うことがある。中学生の時は違った。中学生の時は妖精になりたかった。去年の春、(‥‥)尋常ならざる勢いで部屋の片付けをしたことがあって、その際に発掘された昔の日記に「妖精になりたい。妖精になって大好きな人の肩にそっととまりたい」と書いてあったから間違いない。》

《人はなぜサイの代わりにカバを勧めるのか、という問題がある。》

《某日。友人と酒を飲む。炎天下のため、「ビールのコーンスープ化現象」に見舞われる。これは、暑さですぐぬるくなるビールを不憫に思い、不憫に思った結果、急いで飲み干そうと焦り、焦った結果、飲酒ペースが加速度的に上がり、上がった結果、短時間で大量の酒を消費し、消費した結果、今自分が飲んでいる物がビールなのかコーンスープなのかすらわからなくなるほど酔っ払う、という夏ならではの愉快な現象である。》

《二番目に怖いのが押し入れで、これは昔テレビで見た「押し入れを開けると小さなお婆さんが正座していた」という話が原因だ。よくある心霊番組だったが、もう一生押し入れのある家には住みたくないと思った。そこで親に引っ越しを提案したところ、即座に却下。悩んだ末、打開策として、「押し入れを閉めない」という方法を思いついた時は、わたしゃ自分が天才だと確信したね。閉めるから開ける必要が生じるのだ。開けるからそこにお婆さんがいるのだ。ならばいっそ開け放て。まじ天才。
 以来、私の部屋の押し入れは常に開かれている。今もそう。四十歳過ぎてそれはどうかと責めるむきに対しては、そもそもその番組見たときは高校生だったと主張したい。》

それはそうと、このタイトル、ちょっとどうかと思うのだが。
だって、連載が続くうちは(続いてるよね?)続刊がどんどん出るわけでしょう。
となると、最初が「生きていてもいいかしら日記」なのに、第2巻が、
「愛の万華鏡」
というわけにはいかないでしょう。
必然的に、たとえば、
「人としてどうかしら日記」
「畳の上で死ねるかしら日記」
「女としてもうダメなんじゃないかしら日記」
「少なくとも体脂肪40%はヤバイんじゃないかしら日記」
「っていうか、ついに体脂肪50%になっちゃったんですけど日記」
などとならざるをえないわけで、こんなのを本棚に並べるのは、うーん、ちょっと、どうなのかしら‥‥。

【こんな人におすすめ】
・40代・独身・親と同居・好きなもの昼酒の「いいとこなし」の女子、以外の人。

【こんな人にはおすすめしません】
・40代・独身・親と同居・好きなもの昼酒の「いいとこなし」の女子。(「わたしと同じ境遇のはずなのに、なんでこんなにてきとうにいいかげんに気ままに生きていられるの!」と憤慨することになると思います。)
※小中学生の娘さんにも読ませないほうがいいと思います。教育上よくないので(「こんな大人になっても生きていけるんだ!」と思われたら困る)。
posted by 清太郎 at 07:29| Comment(2) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月30日

[本]土曜日(イアン・マキューアン)



思わぬところに落とし穴がパックリ口を開けて待っている、というのがイアン・マキューアンの小説。
「マキューアンなんだから絶対悲惨なことが起こるに違いない!」
ということだけはわかってるんだけど、それがどこに現れるのか、まだまだ先なのか、それとも今読んでるページのすぐ次なのかは見当がつかない。今は平穏無事で、平和で、安全で、満ち足りているように見えるけど、実は‥‥。薄いガラスの一枚板の上に築かれた日常、いつそのガラスにひびが入るのか‥‥、という緊張感が、たまりません。

この作品も、期待にたがわずやってくれました。外科医ヘンリー・ペロウンの土曜日。早朝、ベッドルームの窓から、火を噴きながら降下していく飛行機を見たときから、ぞわぞわとした、まだ見えない不安と波瀾を予感させ、でもいつも通りの土曜日が始まって、あるアクシデントがあって、「すわっ」と身構えると、思ったよりあっけなくスルーして、また日常に戻り、でもアクシデントの結果を引きずっていて、いつもと変わらない午後が過ぎ、そして‥‥。
前作「贖罪」(公開中の映画「つぐない」の原作ね)が60年の時を相手取ったのに対して、「土曜日」に流れる時間は、タイトル通り、ある土曜日(2003年2月15日)の始まりから終わりまでのみ。それだけに、濃密な描写のマキューアン節も思う存分堪能できて、ぷはーっ、ときどき息苦しくなります。
主人公ペロウンが、外科医でお金持ちでロンドンの一等地に住んでいて健康で奥さんが美人弁護士で息子が才能あるミュージシャンで娘がこれも才能ある詩人で今の生活に満足していて‥‥、と幸せすぎるのがムカムカするのだけど、でもマキューアンなんだから、この人がぜったいヒドイことをされるはず、えーい、いっそのこと早く悲惨なことになれ、いや、でもでも、ドキドキ‥‥、というような、サディスティックな気持ちとマゾヒスティックな気持ちを両方味わえます。
そのペロウンのことを忌み嫌わなければ、ラストは、えーと、ネタバレがイヤなら、これ以上、読まないように。上向きです。「時間のなかの子供」に通じるものがあります。ちなみに、濃密描写の手術シーンには、「イノセント」の死体解体シーンを思いだしました。(血とか苦手な気弱な男子は、飛ばして読みましょう。)

平穏部分を取り去って、ストーリーの起伏のあるところだけあらすじにすると、ちょっと「ブラックジャック」のエピソードっぽい話でもあります。

【こんな人におすすめ】
・「ブラックジャック」ファン
・Sな人
・Mな人

【こんな人にはおすすめしません】
・ニートの人(定職に就いてから読んだほうがいいです)
posted by 清太郎 at 13:12| Comment(0) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月15日

[本]エリザベス・テイラー「エンジェル」



1900年代初頭の英国。16歳のエンジェル(アンジェリカの愛称です)は、田舎町で小さな食料品店を営む母親とふたりのつましい暮らしから目を背け、大時代なロマンス小説の執筆に情熱を傾けていた。やがて自らの出自さえ書き換えてしまうほどの類い稀な想像力と文才で、一気に人気作家への道を駆け上がる。幼い頃から憧れていた豪邸パラダイスを買い取り、ノラという有能な秘書も得たエンジェルは、ノラの弟で孤高の画家エスメと恋に落ちる。

というのが、いま公開中の映画「エンジェル」のあらすじで、本書はその原作となったもの(ノラは小説ではノーラ、エスメではなくエズメは兄、といった設定の違いがあるみたい。それに、映画では、エンジェルが書く小説はそれなりにちゃんとした恋愛小説っぽいようだけど、原作のこちらでは、えーと、いわゆるケータイ小説のような、商業的には大いに売れまくるけれど、中身は、まあ、その‥‥、という代物)。

1957年の発表。著者エリザベス・テイラーは、女優ではなくて、ただの同姓同名です。小谷野敦の初翻訳、というので興味をそそられ、読んでみました。
読みどころは、ヒロインであるエンジェルの変人っぷり。っていうか、イヤな女っぷり。訳者があとがきで書いている、
「『赤毛のアン』をリアルにしたような」
というのが言い得て妙で、目の前にあるはずの現実が、エンジェルにはすべて自分の想像力のフィルター越しにしか見えないわけね。アヴォンリーのアンは、その豊かな想像力で周囲の人たちの気持ちを幸せにしちゃいますが、エンジェルの場合は、げんなりさせます。でも彼女自身は、すべてを想像力のフィルターを通しちゃうから、周囲のげんなりっぷりがちっともわからない。ますますイヤな性格になるばかりです。それがいい。
映画のレビューなんかを見てると、ヒロインのエンジェルは最後、手痛いしっぺ返しをくらうことになるみたいですが、原作の方は、最後まで想像の世界は壊れないまま(一瞬、かなり危機的になるけど)。読み始めは、「なんだよー、この鼻持ちならない女は!」と思っていても、終盤にさしかかると、この鼻持ちならなさに愛着がわいてくるので、最後のあたりの、屋敷はボロボロで身なりも不潔で、客観的には零落しきってるんだけど、でも本人は気高いつもり、というところが、なんだか爽快に思えてきちゃったり(老僕のマーヴァルとの悪態のつきあいっぷりもステキ)。

このキャラクタの造形はいかにも英国小説!ですね。ブラックで悪趣味で皮肉っぽくて、でも著者はこのキャラのこと案外好きなんだろうなあ、という感じ。
とくに、年を取ってから。バーニス・ルーベンス『ミス・ホーキンズの五年日記』のミス・ホーキンズや、バーバラ・ピム『秋の四重奏』のマーシャ(両作品とも、登場人物が定年退職してから話が始まる)を思いだしました。このへんの戦後の英国小説って日本ではあまり紹介されてないけど、まだまだおもしろい作品がいっぱいありそうです。

【こんな人におすすめ】
・映画「エンジェル」を観たけど満足できなかったかた。
・子ども時代に「赤毛のアン」が大好きだった女子。
・妻や彼女のわがままで傍若無人な性格にヘキエキしている男性諸君(妻や彼女の傍若無人っぷりなんて、エンジェルに比べればかわいいものだと思えます)。
posted by 清太郎 at 21:37| Comment(2) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月11日

[本]草思社を勝手に支援する

新風舎の民事再生法申請も、芥川・直木賞候補発表も、個人的にはあまりピンとこない話題でしたが、このニュースには驚きました。
「草思社、民事再生法適用を申請」
えーっ! そ、そうなの!?
ニュースによると、すでに複数の企業が支援を表明していて、3月あたりにはまた新刊が出るようになる、というのでひと安心なんだけど、でも今後は、「ジャカジャカ売れるわけではないだろうけど、でも確実に、これはいい!と自信をもっていえる翻訳物・自然科学物を出してくれる出版社」、というこれまでのカラーを維持できるとは限らないでしょう。(ちなみにこれは私の偏った見方で、世間的には「声に出して読みたい日本語」「間違いだらけのクルマ選び」「清貧の思想」「平気でうそをつく人たち」などで知られる出版社、ということになっているようです。どれも読んだことない。)

ということで、本日は緊急企画!(まあ緊急じゃない企画なんて今までひとつもないんだけど)
草思社を勝手に支援することにしまして、同社の「ジャカジャカ売れるわけではないだろうけど、でも確実に、これはいい!と自信をもっていえる翻訳物・自然科学物」をいくつか紹介したいと思います。

ジャレド・ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」(上下)

これはそれなりに話題になりましたよね。大局的な視点から歴史を見るって、こんなにおもしろいのか!という興奮を骨の髄まで味わわせてくれる本。上下2冊の重量級で、もうボルテージ上がりっぱなし。
テーマはシンプルで、ユーラシア大陸と南北アメリカ大陸、どっちも文明が生まれたのに、結局はユーラシア大陸(の特にその端のヨーロッパ)が圧倒的に優位に立ったのはなぜなのか? それは、
「ユーラシア大陸が横長で、南北アメリカ大陸が縦長だったから」
という、縮めて言うとトンデモなんだけど、とにかくこのことを、気候やら地形やら家畜やら穀物やら言語やら、膨大な知識を動員して、事細かに論証していくのね。
著者は後に、文明の発端側ではなく終焉側に焦点を当てた「文明崩壊」(もちろん草思社)を出してますが、こっちはやや精彩に欠けます。




〈サイエンス・マスターズ〉シリーズ

海外の実力派研究者たちが自然科学のオモシロサを披露してくれるシリーズ。小学生の頃に読んだアシモフの科学発見シリーズ(「ブラックホールってなに?」とか「恐竜ってなに?」とか)を彷彿とさせて、毎回楽しみにしてました(まだ続いてるんだっけ)。
「思考する機械コンピュータ」「セックスはなぜ楽しいか」「宇宙を支配する6つの数」など17冊が出てるみたいだけど、とくにおすすめは、
イアン・スチュアート「自然の中に隠された数学」
リチャード・ドーキンス「遺伝子の川」
の2冊。議論に迷いがなくて、実にシンプル。たとえば、「自然の中に隠された数学」ならば、トラは檻の中でどうして行ったり来たりするのかを説明するくだりとか、「遺伝子の川」ならば、超音波を通してコウモリが認識する世界ってテレビとかではよく昔風のCGのワイヤーフレームみたいなので表現したりするけど、あれって絶対違うってば、人間が「見てる」のとあんまり変わんないって、という話とか。なーるほど、と思います。






V・S・ナイポール「神秘な指圧師」

トリニダード・トバゴ出身のノーベル賞作家の処女作にして出世作。英領トリニダード島の人々ののんびりした暮らしをコミカルにつづった一編で、そういえば「本読みHP」でも紹介してました。詳しくはそっちを見てもらうとして、植民地の人々が話すなまりのある英語を尾道・広島弁に置き換えた訳者の英断(?)に拍手。
「そろそろわしらも英語国民であるということを自覚してええころじゃけえ、恥ずかしがらずにちゃんとした英語をしゃべらんといけんのう」。




アドルフ・ヒトラーの一族

これは以前、mixiの日記(ほとんど更新してない)に書いたんだけど、タイトル通り、ヒトラーの親やら兄弟やら親戚やら、そんな知られざる一族の生い立ちと一生を丹念に追った歴史本。
マリアは、自分が生んだ息子アロイスの父親が誰かを誰にも教えない。アロイスが5歳のとき、彼女はヨハン・ゲオルクと結婚する。しかし、子どものアロイスはふたりの間で育てられることなく、すぐさまヨハン・ゲオルクの弟であるヨハン・ネポムクにあずけられ、そのままそこの養子になる。マリアは結局、アロイスの父親が誰なのか、口にすることなく死んじゃう。アロイスが10歳のとき。
長じてアロイスは、若い娘にはだらしない男となり、2番目の妻ファンニが病気で寝ている間、家政婦として雇っていたクララと通じる。ファンニの死後、アロイスは、すでにみごもっていたクララと結婚する。クララは、ヨハン・ネポムクの娘の子、つまり孫だった。
しかし、男親の名を明らかにせず死んだマリアは、なぜ息子アロイスを、夫ではなく夫の弟ヨハン・ネポムクにあずけたのか。アロイスの本当の親が、ほかならぬそのヨハン・ネポムクではなかったのか。だとすると、その孫娘であるクララとアロイスは、姪とおじの関係ではなかったのか。
その近親相姦だったかもしれない2人の間には6人の子どもが産まれ、4人が幼くして死亡。生き残った女の子はパウラ、男の子は、アドルフ。
という、自らの出生にいささか疑問があるだけに、ヒトラーはことさら親族を表に出さなかったのね。地味ながら、いろいろ発見があってゾクゾクします。




稲垣栄洋「身近な野菜のなるほど観察記」

えー、そろそろ面倒になってきましたが、続けます。
キャベツにナスにカボチャにタマネギ、ニンジン、ニラ、オクラなどなど43の身近な野菜について、農学的・植物学的・博物学的に手際よく紹介。などというとありがちに見えるのだけど、いや、もう、その語り口が、たまらんのですわ。
涙なしには語れないタマネギの生い立ち、厳しい減量に耐え勝利を勝ち取ったボクサーの王者のようなマスクメロン、努力家のニラ、ぬめりはあってもぬかりはないヤマノイモ‥‥。著者は、植物学界の東海林さだおである!といいたい。
オクラはアフリカ原産でハイビスカスの仲間で、だから派手な花が咲くとか、ほうれん草のほうれんっていうのは漢字で書くと、えーと、ここでは文字化けしちゃうかもしれないから書かないけど、とにかく難しい字でペルシアを意味していて、つまりペルシア原産なのだとか、思わず「へえ」の雑学知識も満載です。
同じ著者の「身近な雑草のゆかいな生き方」もおすすめ。




稲本喜則「当面の敵というのを決めることにしたのだ。」

これがなぜいきなり草思社から出たのか、よくわかんないのですが、おそらく「いま流行りのブログ本ってやつを、いっちょ当社でも出してみっか」ということなったときに、このブログのファンだった社員がダメモトで企画を出して、通っちゃったのでしょう。私もひそかにファンだったので、びっくりしました。
電車の中では読めないような(ブハッと吹きだしてしまうので)多彩な脱力ネタいっぱいで、日本語の奥深さを堪能できます(ブログでは最近、言葉遊び物が少なくなっちゃったのが、ちょっとさびしい)。




ポール・ホフマン「放浪の天才数学者エルデシュ」

1996年に83歳で死ぬまでに数学をやり続け、1500本の論文を発表した放浪の数学者ポール・エルデシュの評伝。でもって、「古今東西評伝傑作選」なんてのがあったら、絶対にはずすわけにはいかない一冊。
エルデシュの頭の中はもうホントに数学だけで、他人の迷惑なんか考えない(それがまたお茶目なんだけど)。アイデアを思いついたら早朝だろうと知り合いの数学者に電話をかけて、
「西海岸はまだ午前5時だよ」
「よかった。それなら間違いなく家にいるな」
なんていうのもステキです。



といった、数々のステキ本(ほかにもまだまだあるよ)を出してきた草思社を、これからもひそかに応援していきたいと思います。
posted by 清太郎 at 00:00| Comment(7) | TrackBack(2) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月20日

[本]五月の霜(アントニア・ホワイト)



翻訳の刊行は今年9月。でも原著の出版は1933年。戦前です。著者もすでに故人(1899-1980)。なんでこれまで紹介されてなかったのかよくわかんないのだけど、英国では「シャーロット・ブロンテの後継者」とも評価されている、なんていうから、むふう、これはぜひ読まねばなるまい。
ということで読んでみたところ(みすず書房から出ていて見かけは取っ付きにくいですが、訳文はとても読みやすい)、ぐふう、たしかに、女子度全開。なにしろ、あなた、作品の舞台はカトリックの寄宿女学校。女学校!で寄宿!ですよ。登場するキャラクターも、氷の美貌を持つマザーに、女子も見とれるブロンド美少女に、シニカルでボーイッシュなこれまた美少女に‥‥と、暗く厳かな修道会が背景ながらも、あちこちに、ふわわわんと花びらが舞ってます。

まあもちろん、だからといって、「だめよだめ、お姉さま‥‥」とか、そういった展開になるわけはなく(妄想の余地は大いにあるが)、話の軸となるのは、思春期の少女の成長と信仰の物語。カトリック、というのがミソで、ほら、英国は英国国教会だから、カトリックはマイノリティで、この当時、国内ではまだまだ差別されていた、そういう存在であるうえに、主人公ナンダ・グレイは、カトリックへの改宗者(著者自身、9歳から15歳までをロンドン近郊にある聖心修道院附属の寄宿学校で過ごしたそうで、ナンダ・グレイは著者の分身)。生まれつきカトリックではない。周りの生徒や修道女たちとは、微妙な違いがある。その点が最後まで大きなポイントとして、ドラマを盛り上げます。(というほど、ドラマチックじゃないけど。アッと驚く「ジェイン・エア」的展開を期待して読むと、肩透かしです。)

でもまあ、神の名のもとに人を試すような教育と信仰のあり方は、生理的になんだか気持ち悪かったりもして。ただ、それはそれで、現代日本の小説ではなかなか読めないようなテーマで、「カラマーゾフの兄弟」なんかでもそうだけど、「宗教ってわかんないけど、小説にするとおもしろい」というか、そうしたあたりも楽しみどころです。

【こんな人におすすめ】
・「マリア様がみてる」ファンの人
・シニカルでクールで知的で少年っぽい、「ケッ」とか言っちゃってちょっと言葉遣いが乱暴な美少女萌えのかた
・オーソドックスな少女マンガが好きな男子
posted by 清太郎 at 09:38| Comment(0) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月14日

[本]虫食む人々の暮らし(野中健一)



南アフリカでは、カメムシを食べる。
あのカメムシである。くさい虫。うっかり手でさわっちゃったりすると、なんかもうたいへんなことになっちゃう、あのカメムシ。
「ぐえーっ、でも、食べるっていうからには、くさくない種類のカメムシなんでしょ?」
と思うかもしれないけど、いや、じゅうぶんくさい。しかも、日本のカメムシより巨大。体長2.5センチくらいあって、厚みがあってころころしている。
においをとるための下ごしらえとして、バケツの中で折り重なってガサガサ動いているカメムシに、
《少量の熱湯を注いで、木べらでかき混ぜる。》
こうすると、くさい成分が分泌され切って、においが除去されるのだ。当然、作業中はもうくささムンムン。顔をそむけながらバケツの中身をかきまぜてる写真からも、そのすさまじさがうかがえる。
こうしてにおいをなくして天日干ししたカメムシは、そのまま食べられる。
《味は脂っこく、食感は、クシャクシャ感とシャリシャリ感の混じったものだ。‥‥脂っこさも、ギトギトしたものではなくてまろやかなバターピーナツのようなものだ。嗜好品として、おやつや酒のつまみに用いられる。》
「クシャクシャ感」ってどんなだ、と思うけど、ちょっとおいしそう。

同じカメムシを、ラオスでも食べる。
ただし、こちらは、におい抜きナシ。
調査チームのアシスタントのセンドゥアンさんは、稲穂にとまったカメムシをつまんで、その場で生きたまま食べちゃった。しかも、おいしそうに。
著者もおそるおそる真似してみる。
《つかまえて手に持つとあの独特のにおいがカメムシから発せられる。口もとへ持っていくと、さらににおいが鼻をつく。それでも脚や頭をもぎり取ってから、口の中に入れてみた。》
すばらしいチャレンジ精神だ!
《すると口の中からはあの臭いにおいはしない。口の中に入ったカメムシの体を噛んでみると、ぴりっとした刺激を舌に感じる。‥‥しかし、そのあとで、なんとも言えない甘い味が口から脳に広がる感じがした。酸と脂のハーモニーが広がるとでも言い表せばよいだろうか。》
ハーモニーって、いったい‥‥。ミスター味っ子ですか、味皇ですか。

香草やらニョクマムやら、個性の強いにおいが好まれる食文化の中にあっては、どうやら、カメムシのつんとしたにおいは、くささというよりも、独特の個性的なにおいとして肯定的に評価されているようなのね。もちろん、このにおいが苦手、ナマではさすがに無理、という人も多いようだけれど、それは香草が苦手な人と大好きな人がいるのと同じようなもの。むしろ、人によってさまざまに、カメムシのにおいの微妙な違いを繊細に楽しんでいるのだ。

虫を食べる、なんていうと、
「ゲー」
「ありえねー」
「キモイ」
「かわいそうに、貧しいからしかたがないのね」
「たんぱく質を摂取するために、生きていくうえで必要だから食べているのですね」
と思いがちだけれど、そうではなくて、実はかなり高度な食文化なのね。日本のハチノコや東南アジアのタガメ、南アフリカのモパニムシ(芋虫です)など、食べられる虫の多くが、日常の中にあってもどっちかというと嗜好品に近い、おいしくてちょっと高価な食材としてあつかわれている。

ということで、虫、という身近なものを、食べる、というその営みを通じて、人間の文化の多様性と、それがいかに相対的なものであるかを明らかにしていくのが本書。ほとんどチャレンジ精神のみで書かれた名著「虫の味」(八坂書房)とはまた違った虫食へのアプローチは、知的刺激に満ちています。

【こんな人におすすめ】
・チャレンジ精神旺盛なかた
好き嫌いの多いかた
・まだ這い這いしていた幼児のころに、落ちていたカメムシの死骸を食べちゃったりして、おかげで今でも親戚のおじさんなんかから「カメ子」などと呼ばれてうんざりしているかた(「カメ子で何が悪い」と、開き直れます)
posted by 清太郎 at 10:32| Comment(4) | TrackBack(1) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月18日

[本]ゲッチョ先生の卵探検記(盛口満)



生き物エッセイの書き手として、いま日本でイチバンなのは誰か? というと、養老孟司やら日高敏隆やら奥本大三郎やらといった名前があがってくるかもしれないけれど、私が偏愛・敬愛してるのが、このゲッチョ先生こと盛口満。
以前は埼玉県飯能市にある自由の森学園の生物学教師として、いまは沖縄のNPO学校の講師やら何やらとして、生徒たちと一緒になって、ケモノの死体を拾って鍋で煮て骨をとったり、冬虫夏草を探したり、ネコジャラシでポップコーンをつくったり、ドングリを拾ったり、いろんなゴキブリを追い求めたり。大所高所から知識を語るんじゃなくて、とりあえず自分で外に出かけて這いつくばって、拾って触って絵に描いて、ときには食べてみて、自分でナマの知識を得る。ドーキンスみたいなスマートなエッセイもいいけれど、このちょっと垢抜けない感じの泥臭さが、むふう、もう、たまらんのですわ。著作を読むたびに、うわー、この先生の生徒になりたかった!と思わずにはいられない。

そんなゲッチョ先生の今回のテーマが見てのとおり「卵」で、いきなりダチョウの卵を茹でて食べたり、エミューの卵も食べたり(ダチョウと比べてどっちがおいしかったでしょうか?)、オオカマキリの卵(卵を包んでいる卵鞘)も食べたり、チョウザメの卵も食べたり(キャビアのことです)、マムシの卵(マムシは胎生だけどおなかの中に卵がある)を食べた話を聞いたり(ヘビの卵には白身がないんだって)、ヤエヤマアオガエルの卵を食べた話を聞いたり、いや、食べてばかりではないんだけど、鳥に始まって魚やヘビやカエルや昆虫のいろんな卵を見ていくうちに、進化のことも気になってきます。

なのだけれど、全体としては、いつもより「地べたを這いずり回り」感が少ないのがちょっと食い足りないかも。「探検」とかいうわりには、なんだかふつうに理科の授業をそのまま本にしました、という感じなのよね。とはいえ、まあ十分に理科ゴコロが刺激されて、興奮してしまうのだけど‥‥。

【こんな人におすすめ】
・考えるより先に行動しちゃうタイプ。
・あ、でもむしろ、いろいろ考えちゃってなかなか行動に移せないタイプの人にすすめたいかも。
・引きこもり中の人とか。

【こんな人におすすめしません】
・盛口満の本を読んだことない人。未読のかたには、「骨の学校」(木魂社)、「冬虫夏草の謎」(どうぶつ社)、「わっ、ゴキブリだ!」(どうぶつ社)といったあたりをまずおすすめしたい。
posted by 清太郎 at 23:55| Comment(5) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月10日

[本]さやかの季節(藤野千夜)

ちょっとした気まぐれで、読んだ本(読んで、なおかつおもしろかった本)の感想(というか紹介)もアップしてみることにしました。これまでは、どうせ書いたところであんまりおもしろくない、という理由で載せてなかったのですが、先日の八方美人男さんのコメントをきっかけに、まあせっかく読んでおもしろかった本をナイショにしておくのももったいないし、おもしろい本は多くの人におすすめしたいし、うーむ、ためしにちょっとやってみるか、という気になりまして。
このブログとは別に「ブクログ」とか「たなぞう」とかを使って感想だけまとめる、というのも考えたのだけれど、面倒で飽きそうだし、考えてみればブログの更新頻度アップにもつながるなあ、という卑しい気持ちもありまして、今後、いつものネタ系コラムの合間合間に、ときどき入れていきたいと思います(ま、1カ月くらいで飽きるかもしれないけど)。なるべく手短にすませますので、どうぞ。
で、第1冊目が、これ。



「少年と少女のポルカ」(講談社)で、男の子がフレアスカートをひらめかせたりして、微妙にふつうじゃない女子と男子を描いて絶品! という印象だった藤野千夜なのだけれど、ここ最近の「主婦と恋愛」(小学館)といい「中等部超能力戦争」(双葉社)といい、いつの間にか、ふつうっぷりも絶品の書き手になっている気がする。
というわけで、「さやかの季節」は、やる気のない、ごくごくふつうの、っていうかちょっとうざい感じの19才女子の暮らしを、これでもか! といわんばかりに、ごくごくふつうに、やる気のない感じで描いた作品。
大学に入学して速攻で男子と付き合い始め、速攻でふられ、入学してからできた友達の反田由香になぐさめてもらい、体育の実技は面倒で、でも卓球でペアを組んだのがきっかけで奥野君と付き合うことになり、恋愛以外に悩みなんてありえなくて、実家のパパはうざいけどペットのシッポナのことはときどき恋しくなって‥‥、というそのふつうっぷりが、はー、悶絶しそうに巧みでステキ。読んだ後になって、未読の「ベジタブルハイツ物語」の続編であることを知り(前作では、さやかはまだ高2)、とりあえず図書館で予約予約。

友達の反田ちゃんが、二の腕がぷるぷるなグラマーで、クールで気風がよくて面倒見がよくて、
《‥‥セミロングの髪をうしろで束ねるように左手でぎゅっと一度掴むと、秋物の茶色いカットソーに包まれた豊満な上半身を軽く揺する。クラスの反田ちゃん好きの男の子たちが間近に見たら、どばっ、と全員鼻血を出してしまいそうな仕種だ。たぶん。》
というあたりも、たまりません。この反田ちゃんに、星5つ。

【こんな人におすすめ】
・大柄でアネゴ肌の女子が好き
・彼女あるいは妻のわがままにいつも振り回されている(恋人の奥野君の気持ちがよくわかります)
・女子なんて意味不明だと思ってる中学生男子(でも、読めばさらに謎は深まります)
posted by 清太郎 at 21:09| Comment(2) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。