(なんとも役に立たないことに、最近「池澤夏樹 世界文学全集」でググるとこのブログがトップに来ていたのですが、出版社の公式HPも用意されたことだし、近々それも解消されることでしょう。)
ドストエフスキーがちょっとしたブームになったり「人間失格」が売れたりして、いわゆるハードな純文学が注目されている今、この全集が果たしてどれだけ当たるのか‥‥。出版界では、おおむね好感をもって受け止められているように思いますが、しかし、エエイ、歯がゆい。
各出版社は、この好機に、何を傍観してるのか。これが好調ならいずれ柳の下の二匹目でも狙おうか、とでも思っているのか。ふがいない。もう半年も前にラインナップは発表されてたんだから、そこに真っ正面からぶち当たるセレクトで、ガチンコ勝負を挑む! そんな新たな全集企画のひとつやふたつ、登場していてもいいではないか。誰もそんな気概を、チャレンジ精神を持ちあわせておらぬのか!
と、にわかに興奮してきてしまったので、唐突ながら、池澤夏樹個人編集「世界文学全集」に対して、たったひとりで立ち向かってみることにしました。題して、対池澤夏樹個人編集世界文学全集用「日本文学全集」全24巻です。
【第1巻】
[池澤]オン・ザ・ロード(ケルアック)
若者二人、ニューヨークからメキシコまでの自由な旅。スピード、セックス、モダン・ジャズそしてマリファナ‥‥。ビートジェネレーションを代表する記念碑的名作。
って、何チャラチャラしてるんだ! スピード、セックス、ジャズにマリファナって、オイ、コラ、日本人なら、もっと地味、地道、堅実だろうが! それに、オン・ザ・ロードとかいって、乗るな! 脇によけろ! 日本人なら、路上じゃない、謙虚に、道ばたを歩け!
ということで、
[対抗]路傍の石(山本有三)
【第2巻】
[池澤]楽園への道(バルガス=リョサ)
画家ゴーギャンと、革命家だった祖母。ユートピアを求め続けた二人の激動の生涯を、壮大な物語として展開。
何が楽園だ! 何がユートピアだ! 日本人なら、求めるものは極楽に決まってるではないか! 往生極楽、これぞ正しい道だ! 念仏唱えろ!
ということで、
[対抗]往生要集(源信)
現代の読み手にもわかりやすい詳細な脚注付きで。(みうらじゅんあたりがいいかな。もちろんイラスト入り。)
「楽園への道」のタイトルに関連して、「牛への道」(宮沢章夫)や「天国が降ってくる」(島田雅彦)などでもいいかもしれないけど、インパクトは「往生要集」のほうが上でしょう。
【第3巻】
[池澤]存在の耐えられない軽さ(クンデラ)
「プラハの春」とその凋落の時代を背景に、四人の男女が織りなす性愛劇。派手なストーリーに、人生についてのしみじみと深い省察が隠れている。
ここは、タイトルの語感的にも、また内容的にも、ぶつけるのはこれに決まりでしょう。
[対抗]限りなく透明に近いブルー(村上龍)
米軍基地に近い原色の街を舞台に、日常的にくり返される麻薬とセックスの宴。とかいって、なんだか第1巻で主張したことと正反対なんですけど。ま、いっか、人生いろいろだ。
【第4巻】
[池澤]太平洋の防波堤/愛人(デュラス)
悲しみよこんにちは(サガン)
そっちが太平洋なら、こっちは日本海だ! ということで、「太平洋の防波堤」に対抗するのは足立倫行の絶品ルポタージュ「日本海のイカ」に即決。うまいことに、足立倫行には「愛人」対策にもピッタリの一冊もありました。
一方の「悲しみよこんにちは」に対しては、「さようなら」っぽいものをぶつけたい。「ひげよ、さらば」(上野瞭)なども考えられるけれど、足立倫行とのつりあいを考えると、ノンフィクションとかそっち系で決めたい。
ってことで、
[対抗]日本海のイカ/アダルトな人びと(足立倫行)
さらば国分寺書店のオババ(椎名誠)
【第5巻】
[池澤]巨匠とマルガリータ(ブルガーコフ)
文芸誌編集長の轢死を予告した魔術師が引き起こす奇怪な事件の数々。精神病院に収容されていた巨匠は愛人マルガリータに救出され、巨匠の書いたイエスの物語が、灰の中から甦る。
そっちが巨匠なら、こっちは開祖さまだ! そっちがイエスさまなら、こっちは親鸞上人だ! 仏教パワーで粉砕だ! ということで、
[対抗]出家とその弟子(倉田百三)
とも思ったのだけど、「巨匠とマルガリータ」の過剰さ、みなぎるエネルギーに比べると、どうしても弱そうに見えるので、変更。もっときわどいところで攻めます。
[対抗]説教師カニバットと百人の危ない美女(笙野頼子)
マルガリータひとりに対して、百人の危ない美女がいるわけで、これなら物量でも勝る!
【第6巻】
[池澤]暗夜(残雪)
戦争の悲しみ(バオ・ニン)
人語を話す猿がいるという猿山への道、明けることのない闇夜に繰り広げられる出来事を描いた「暗夜」、ベトナム戦争の哀切と凄惨さを内側から描ききった「戦争の悲しみ」。
何が「明けることのない闇夜」だ! こっちだって、暗夜の中くらい、突き進んでやるわい! これでどうだ! と、月並みな選択ですが、志賀直哉の「暗夜行路」。これとのカップリングを考えると、やっぱり白樺派がいちばんだよねえ。ってことで、
[対抗]暗夜行路(志賀直哉)
生まれ出づる悩み(有島武郎)
ちょっと弱いかな?
【第7巻】
[池澤]ハワーズ・エンド(フォースター)
郊外の別邸ハワーズ・エンドをめぐり、教養志向の強いドイツ系の進歩的な姉妹とイギリスの保守的なブルジョワ家庭の人々の交流を丹念に描き、かけ離れた人間の距離を近づけ結びつけることは可能かを問う静かな人生の物語。
ここはやはり、別荘名タイトルの作品で対抗したい。と思ったのだけど、「十角館の殺人」(綾辻行人)とか、その手のものしか思いつかない。うーん、別荘じゃないけど、思いきって「めぞん一刻」なんてどうだ! 四谷さんとか一の瀬さんとか、かなり異文化の人たちが親しく付きあってるぞ! 理知的ドイツ人とブルジョワイギリス人どころじゃないぞ! と思ったけど、そうだ、これがありました。
[対抗]海神別荘(泉鏡花)
まさに、理知的ドイツ人とブルジョワイギリス人どころではない、人間と魔物との間の切ない愛だ! ま、でも、海神別荘とかいいつつ、別荘の名前じゃないんだけどね。
【第8巻】
[池澤]アフリカの日々(ディネーセン)
やし酒飲み(チュツオーラ)
北欧の貴族社会を捨て、ケニアのコーヒー農場で女主人として生きた18年。自らの経験から描かれる数奇な運命の物語「アフリカの日々」と、やし酒を飲むことしか取り柄のない男が、死んだやし酒づくりの名人を連れ戻しに死者の町へ旅立つ「やし酒飲み」。
アフリカつながりの2作に、何をもって対抗すべきか。「アフリカの日々」には、‥‥「日々」ときたら、やっぱ、これでしょ。司馬遼太郎の「世に棲む日々」。松蔭先生と高杉晋作の「運命の物語」は、ディネーセンの100倍くらい数奇です。
これとカップリングするとなると‥‥、ヤシつながりで「椰子・椰子」(川上弘美)、あるいは酒飲みつながりで「今夜、すべてのバーで」(中島らも)では、なんだかアンバランスだし‥‥。やっぱり、司馬遼太郎と並べるには、この人しかいないか。お酒だけじゃないけど、食べ物方面で。
ってことで、
[対抗]世に棲む日々(司馬遼太郎)
散歩のとき何か食べたくなって(池波正太郎)
【第9巻】
[池澤]アブロサム、アブロサム!(フォークナー)
これ、まだ迷い中。タイトルからいえばアルフレッド・ベスターの「虎よ、虎よ!」がぴったりなんだけど、日本人じゃないし。
読んだことないけど、「南北戦争の時代、西ヴァージニアに生まれたサトペンは、自ら荘園主になって子孫の繁栄を計画し、冷酷な方法で実行に移していく」という筋立て、聖書に出てくるダビデの息子への呼びかけからとったタイトルからして、親子もの・血族ものの作品。ここは思いきって、フォークナーばりに重厚なのをぶつけるのはあきらめて、フェイントでうまくかわしては、どうか。
[対抗]二十四孝〜落語特選〜
「二十四孝」や「子別れ」など孝行・不孝ものをはじめとする24席を、志ん生、円生から志ん朝、談志、小朝まで選りすぐりの噺家24人が披露!
しかし、フェイントでかわしては、「真っ正面からガチンコ勝負」の刊行意図に反するのか。ま、いっや。
【第10巻】
[池澤]アデン、アラビア(ニザン)
名誉の戦場(ルオー)
はー、そろそろ飽きてきました。読んでいるかたも疲れてきたことでしょう。えーと、「アデン、アラビア」ですか。読点で場所をつないだタイトルだけでいえば、「国境の南、太陽の西」(村上春樹)かな。日本文学全集で村上春樹をはずすわけにはいかないだろうし。で、それとカップリングできて、「名誉の戦場」にぶつけられるとなると、えーと、戦場、戦闘、戦争? 阿部和重「ABC戦争」? いや、でも、「名誉」のほうも勘案しないといけないから、えーと、えーと‥‥。
[対抗]国境の南、太陽の西(村上春樹)
パンク侍、斬られて候(町田康)
うーん、なんだか煮え切らない。
【第11巻】
[池澤]鉄の時代(クッツェー)
鉄の時代、テツの時代、鉄道マニアの時代‥‥。エエイ、こんな感じでいいや!
[対抗]鉄道文学傑作選
「特別阿房列車」(内田百ケン)を筆頭に、「時刻表2万キロ」(宮脇俊三)、「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)など鉄道随筆・鉄道小説の精髄を一冊に!
【第12巻】
[池澤]アルトゥーロの島(モランテ)
モンテ・フェルモの丘の家(ギンズブルク)
エエイ、島と家なら、この組み合わせでどうだ! 文句あるか!
[対抗]パノラマ島奇譚(江戸川乱歩)
病院坂の首縊りの家(横溝正史)
はー、これでようやく第I期がおしまい。正面切ってのガチンコ勝負を挑んできましたが‥‥、ここまでのところ、戦績は、どうでしょう、3勝8敗1分くらいかなあ(弱気)。
まだ後半第II期12冊が残ってますが‥‥、えーと、まあ、ほら、池澤夏樹のだって、売れ行きによっては、第II期は未刊行のまま中断ってことも、ありえなくもないし‥‥、まあ、その、いずれ‥‥(尻すぼみ)。
が。
私の判定だと清太郎さんの6勝くらいかと!
といいつつ、池澤セレクトの作品をほとんど読んだことないダメダメなワタシです。。。
ちょうど今日、泉鏡花買ってきて読み始めたところ
だったのですー。(昔多少は読んでるけど)
『草迷宮』。
次はでは『海神別荘』読もうかな。『山椒魚』も!
「オン・ザ・ロード」、今朝さっそく本屋さんで見てきたんだけど(見るだけ)、カバーがツルッとした紙で、なんだかキレイ。揃えて本棚に並べると、スタイリッシュな感じになりそうです。
私も、池澤文学全集の本はほとんど読んでないので(名前すら知らない人もいたし)、ちょっと気になるところ。「楽園への道」なんて、あらすじだけでもおもしろそう。
草迷宮、いいですよねえ。龍潭譚とか春昼とか、あのあたりの妖しい雰囲気はとても好きです。
うーん、こういうの考えるのってやっぱり清太郎さんは凄いですね。僕も半分くらい読んでないです。というか、あんまり海外純文学とか読んでいないですね。海外文学を選ぶんなら「予告された殺人の記録」とか入れてくれたらいいのにとか思っているくらいですから。はい。
池沢夏樹が選ぶ、、、に対抗して、村上春樹が選ぶとか京極夏彦が選ぶ、にしたら各出版社も彼らの人気でぼちぼちひっぱれたりするかも知れません。
先日はblogにお越しいただいてありがとうございます。実はまだ「オン・ザ・ロード」購入してませんが、たぶん明日あたりには手に入ると思います。読むのが楽しみです。
清太郎さんの対抗本、面白かったです!私も考えてみたけど、全く思いつかない…。
そういや月報として池澤夏樹のエッセイとか入るんですよね。ここまで出来て、ある程度のネームバリューとなればこの人しかいないのかも。
ところで、blogの方にリンク張らせて頂きましたがよろしいでしょうか?
本を届けてもらう、っていうの、なんだかちょっと特別で、楽しみですね。こういうのって、1回休んじゃうと、そのままずるずると‥‥、ということになりがちなので(私はそうですが)、いいアイデアだ!と思いました。
私は金曜日、「オン・ザ・ロード」は本屋さんで見るだけにして、「日本人ならケルアックの前にこっちの路上だろうが!」と思ったからというわけでもないんですが、『中西進と読む「東海道中膝栗毛」』を読んでました。
リンクの件、かまわないですよ、っていうか、ありがとうございます。
北村薫と言えば、氏が編纂したアンソロジー「謎のギャラリー」があります。
私は中でも樹下太郎氏の作品「やさしいおねがい」が好きでした。
「謎のギャラリー」はいいですよね。「詩歌の待ち伏せ」もそうでしたが、あんな感じの小技のきいたセレクトの腕前を、ミステリにとどまらない小説全体をもとに、披露してもらいたいものです。全50巻くらいで、ぜんぶに、読みどころや作品の周辺についての解説付きで‥‥。と想像すると、わくわくします。