これらの成功にならって、我が町、おらが村も文学イベントを!と、はやり立っている自治体関係者も多いでしょうが、しかし、残念ながら、この世界は早い者勝ち、やったもん勝ち。たとえば松山の俳句甲子園に対抗して、子規の青二才が何だ、俳句といったら芭蕉だぜ!と、松尾芭蕉の出身地の伊賀上野が「芭蕉杯俳句大会」なんていうのを創設したところで、しょせんマネっ子、亜流、二番煎じにしかなりません。
だからといって文芸のジャンルは無限にあるわけではなく、というよりむしろごく限られた数しかありません。
俳句に短歌だから、次は川柳かな、と考えたところで、川柳の本場といえばまずは江戸=東京でしょうから、東京以外の自治体が名乗りをあげるのはおこがましいし、サラリーマン川柳のイメージが先行して、高校生らしいさわやかさにも欠けます。
俳句と短歌と川柳がダメなら、えーと、漢詩ではどうか、と奈良や鎌倉、あるいは菅原道真ゆかりの太宰府が漢詩大会の開催を呼びかけたところで、漢詩を詠める高校生がそんなに集まるとも思えません。
そこで、俳句と短歌と川柳と漢詩がダメなら、えーと、えーと、ということになるのですが、そのあたりで手詰まり。小説やエッセイといったジャンルでイベントを行おうとしても、即興性・身体性に欠けるし、単なる文学賞とさして変わりがなくなってしまいます。
となると、高校生が参加する文学イベントはもう無理なのか、ということになるのですが、いやいや、ここからが各自治体担当者の腕の見せ所。詩や短歌といった大枠でとらえるのがダメなら、細分化すればいいのです。
たとえばさっきの松尾芭蕉も、「奥の細道」に着目して、栃木・福島・宮城・岩手・山形・新潟・石川の7県合同で、
「奥の細道をめぐる地獄の耐久俳句駅伝レース」
というのはどうでしょう。奥の細道ルートを駅伝でつなぎ、日光や白河、松島、平泉など主要スポットでは俳句も詠み、タイムと句作の出来の総合ポイントで優勝を争う、というもの。陸上部から助っ人を頼んで、あえて俳句を度外視してタイムにかけるか、あるいはタイムを捨てて句作で勝負するか、そのあたりの戦略も見物です。
芭蕉と曽良のコンビにちなんで、ふたりペアで走らないといけない、というルールでもいいですね。男女のペアなら、さらに盛り上がりそう。
「ああーっ、疲労困憊のタナカさん、しゃがみこんでしまいました。顔色も真っ青です、もうダメか、更級高校ここでリタイアか‥‥、おーっと、同走のヤマモトくん、タナカさんを背負った、おんぶしたまま走り出したーっ、意地です、根性です、若さです、あっ、タナカさん、いきなり顔が真っ赤です、さっきまで真っ青だった顔が、今は真っ赤です」
ということになったりして(あ、でも、それでは共学校じゃないと参加できなくなっちゃうか)。
ほかにも、
島崎藤村が過ごした長野県の小諸町が主催する「若菜集カップ・萌え詩朗読大会」
与謝野晶子の出身地・堺市による「与謝野晶子杯・ドキッ!女だらけのドキドキ短歌水泳大会」
尾崎放哉終焉の地・小豆島の「全国のモテない男子大集合!“咳をしても一人”自由律俳句バトルロイヤル」
など、いろいろ考えられます。
地元ゆかりの文芸と、全国から集う高校生を組み合わせた独自の文学イベント。その未来は、明るいです。
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ホントにやるべきなのでは!奥の細道耐久レース!
ぜひ男子二人で参加にしてほしいものです。
咳をしても一人っ。未来は明るいのでしょうか〜。
どうでしょう、もう、ここはひとつ、文学全集を担いで、100メートル走るというのは・・・。
はあ、もうほとんど文学と関係ないですね・・・。米袋担いだって同じだし。
やはり、男子二人組もありですか(^^;
「おーっと、同走のタケダくん、オオタくんを背負った、おんぶしたまま走り出したーっ、意地です、根性です、若さです、あっ、オオタくん、いきなり顔が真っ赤です、真っ赤になった顔を、タケダくんの背中に埋めています!」
とかいうのですか。これはこれで、一定の支持が期待できそうですが‥‥。
咳をしても一人バトルロイヤルも、見ていた女子から応援メールが届いたりして、これもこれで明るそうですよ、たぶん。
すずめの巣さん。
それはたしかに、もう文学と関係ないよ‥‥。
出版社がスポンサーについてくれるかもしれないけど。
文学全集、どうせなら担ぐんじゃなくて、積み上げて持ち運ぶことにしましょう。体力だけじゃなくて、バランス感覚も必要。って、やっぱり文学と関係ないけど。