2009年09月03日

読書週間の標語が意味するもの

読書週間の歴史にあって、昨年が大きな転機だったことを以前指摘しました(こちらを参照)。
で、今年はというと、果たして、その路線を踏襲するものだったといえます。
今年の読書週間の標語は、これ。
「思わず夢中になりました」
どうでしょうか。
昨年同様、本にまつわる言葉を排した、つまり読書週間じゃなくとも通用するコピーです。この標語なら、釣り週間でも切手収集週間でも覚醒剤取締り週間でも、何にでも使えるわけです。
ここに、読書週間の方向性はほぼ固まったといっていいでしょう。

このことについて、巷の読書ファンの間で、毀誉褒貶かまびすしいと聞きます。
反対派は、本にまつわる言葉を抜くとはケシカラン、と主張しています。まったく日本男児らしからぬ、正々堂々と勝負せよ、それとも何か、え、本のことを、隠したいと思ってんのか!? 恥ずかしいのか! エッ、コラ!! と、言葉は荒いですが、むしろその心は乙女のごとく繊細。本の力と価値を心から信じている、ロマンチックな理想主義者です。
賛成派は、より現実路線です。もう黙っててもお客さんがくる時代じゃない、正々堂々なんかしてると、売れるものも売れないのだ、むしろ敷居を低く低く低くして、っていうか読書とはわからないようにして、
「思わず夢中にって、何のことかしら? もしかして、もしかして‥‥、ムフフ」
などとうかうかしていると、いつの間にか、
「うわー、読書のことだった」
と絡めとられてしまう、という搦め手戦法にしかわれらが生き残る道はないのです、というのです。

私は、これらどちらの意見にも、くみするものではありません。
むしろ、事態は今や、正々堂々か搦め手か、などといったレベルをはるかに超えたところまで達している、と考えています。
「思わず夢中になりました」
この一見して凡庸かつ何気ない標語には、私の喝破するところ、読書界上層部の壮大な野望が隠されているのです。
どういうことか、説明しましょう。
読書界上層部は、おそらく、以下のようなシナリオを思い描いていると考えられます。
まず、読書週間の標語の文言から、本にまつわる言葉をなくします。現在の段階です。
これが何年も続いて、当たり前のものになったころ、第二段階として、「読書週間」のネーミングを変えます。
「愛書週間」とか何とか、そんな感じにします。
読書も愛書も、まあ見た目そんなに変わらないですから、特に耳目を集めることもないでしょう。
そうしてそのまま、
「素敵な出会いをしてみたい」
とか、
「からだが火照ってしまいます」
とか、
「一晩中むさぼっていたい」
とか、毎年そんな標語を連ねた挙句、最終段階として、愛書週間の「書」の字のほうも取っ払っちゃう。
取っ払っちゃって、どうするか。
読書とは何の関係もない、
「恋愛週間」
にするんです。
日本人は愚かなので、
「あれ? 今気づいたけど、この週間って、昔から恋愛週間だったっけ?」
「なんか違う週間だった気もするんだけど」
「でも、標語は『一晩中むさぼっていたい』だしなあ」
「そうだよね、気のせいだよね。昔から恋愛週間だったよね」
ということになります。
そうです。読書界上層部は、これら三段階の漸進的改革により、読書界を丸ごと恋愛界にシフトしてしまおうとしているのです。

何たる由々しきこと!
と、一読書ファンとしては戦慄せざるをえない事態ではあるのですが、しかし常識的に考えて、この判断は至極妥当なものだといえます。
構造的な出版不況、さらにリーマンショックに端を発する経済危機、デフレスパイラルの懸念、少子化による市場の縮小。こんな時代にあって、従来のような、地道に本をつくって刷って(あるいは電子化して)売る、という業態が限界に来ていることは明らかです。
そうなると、いつまでも本にしがみついているのは愚の骨頂。読書界にとって、ついに、その始まりから共に歩んできた本と決別すべきときが来たのです。まさに変革が、イノベーションが求められているのです。
そして、イノベーションの筋道として考えうる方策が、読書から恋愛へ、という業態の転換に他なりません。
IBMがパソコン販売からソリューションビジネスへと転換したように、また富士フイルムが写真フィルムから医療分野へと事業の基軸を移しつつあるように、読書界も大きく変わらねばならない。変わらねば、生き残れないのです。
そうした背景を鑑みるに、自動車や電機、金融など他の産業に比べて伝統的に読書界が強みとしてきた「恋愛」の分野に経営資源を集中させる、という読書界上層部が企図は、きわめてまっとうな判断といわざるをえません。
おそらく、将来的には、恋愛コンサルティングや恋愛サポート、恋愛システム構築といった恋愛サービスから、さらに恋愛デリバティブ、恋愛先物取引など、次々と市場を創出しつつ、恋愛界を一手に牛耳ろう、といった青図が描かれているのでしょう。(少子高齢化社会における内需拡大をもくろむ政府の後ろ盾があるかもしれません。)
恋愛化に対応できない中小出版社や地方の書店などは、読書界では本を売ってればいいと思っていたらいつの間にか梯子をはずされ、「えー、恋愛? そんなの聞いてないよー」などと騒ぎつつバタバタとつぶれてしまう、ということになるかもしれませんが、一面ではそれは業界の不良資産の一掃を意味するものでもあり、長期的には業界の発展に利することになるでしょう。

かつてブラッドベリは、「華氏四五一度」を通じて、政治的な事由によって本が読めない社会を描きだしました。
しかし、われわれが向かおうとしているのは、経済合理的な理由から、本を読まない社会なのです。(おそらく、誰もが恋愛を謳歌する、それはそれで幸せな社会でしょう。)
今はまだ読書週間の標語くらいにしか、その兆候は見えませんが、しかし、いずれ、たとえば駅前のあゆみブックスの店名が、
「あゆみラブックス」
などになったら、読書ファンとしては、覚悟したほうがいいと思います。


posted by 清太郎 at 07:39| Comment(4) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ふむふむ、本業界が恋愛業界にシフトいう説、しごくごもっともと納得させられてしまいました…しかし、業界上層部はそこまで考えているでしょうか…少子高齢化の現在、本を読む人は少なくなっている。市場を拡大するには生まれてくる子供が増えれば本を読む人が増えるかも…だから産めよ増やせよ…それにゃ男女をくっつけなければ…
せいぜいそれくらいの三段論法くらいしか思いついていないのではないでしょうか?

やはり壮大な未来図を描けるブレインが必要なのでしょう…たとえば清太郎氏のような…
Posted by 銀河旋風児 at 2009年09月03日 19:44
銀河旋風児さん。
ああ、そうか、恋愛化を成し遂げたあとで、ふたたび読書に戻っていく、というのもありですね。そこまで思い至りませんでした。読書界上層部、おそるべし!
そういえば、以前、犬のほうのブログにコメントいただき、ありがとうございました。(返しようがなくてそのままになってました。ごめんなさい。)
Posted by 清太郎 at 2009年09月04日 19:38
路線変更する方向が間違ってるよね!?
と言う気もしますが、うーむ、妙な説得力が。
確かに、本業界が他の業界を差し置いて大躍進を遂げようと思ったら、他の業界がまだあまり進出していない場所、と言うことになるわけで。
本業界が今まで培ってきた物を駆使して活躍の場を広げられる場所、と言ったら、恋愛小説で培った知識をフル活用する恋愛方面が最適、と判断したんでしょうか。
最近流行った「婚活」も、もしかしたらその計画の一部なのかも。
ドラマ業界や映画業界が本業界の企みに気付く前に、完遂せねばっ!(むしろ組むべきか?)
Posted by 黄黒真直 at 2009年09月05日 00:03
黄黒さん。
間違いなのでは!?と一見して思われるほど劇的な変革なしには、本業界の生き残るすべはないでしょう。
まあしかし、この路線をとると、業界自体は生き残れるけど、本が生き残れない、というのが欠点です。(ダメじゃん。)
Posted by 清太郎 at 2009年09月06日 17:53
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/127103875

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。