2009年03月28日

[本]ホワイト・ガーデンの幽鬼(ジェイムズ・ミーク)



1919年、ロシア革命直後のシベリア―極北の強制収容所「ホワイト・ガーデン」から脱走したサマリンがたどり着いたのは‥‥。

ちょっとホラーっぽいタイトルで、読んで始めると確かに、

・サマリンは、凶悪脱獄囚モヒカンから逃れてきた。彼はモヒカンによって、逃避行の間に食料がなくなったときのための「歩く非常食」として連れ出されたのだった。
・サマリンがたどり着いたのは、去勢をすることで“天使”になれる、と信じる去勢教徒(「スコプツィ」と呼ばれています)が暮らす街ヤジクだった。

ということが明らかになって、
「すわっ、人肉嗜食と去勢か!」
と、そちらの方面が好きな人は、否が応でもボルテージが上がるわけで、そのうえ実は実はこのサマリンが‥‥、という中盤のどんでん返しからさらにドカンと興奮度アップなのですが、いや、でも、実のところこの作品はホラーとはまったく関係ないし、去勢と人肉嗜食たっぷりのグロ小説でもありません。

原題は「The People's act of love(人々の愛の行為)」。
「1919年、ロシア革命直後のシベリア―極北の強制収容所「ホワイト・ガーデン」から脱走した男がたどり着いたのは‥‥」というだけでは、どこが愛の行為なのかしらん、なのだけれど、読み終わってみれば、いやはや、なるほど、まさに「人々の愛の行為」なんですわ。
物語は群像劇で、主な登場人物はサマリンと、美人妻よりも神を選んで自ら去勢した元騎兵バラショフ、夫に神を選ばれてしまった元妻アンナ、そしてアンナに愛されようとしてでも結局愛されきれなかったユダヤ人ムッツ中尉の4人。
ヤジクの町に自分の思い通りの王国をつくろうとする隊長マチュラ大尉に対し(このあたり、佐藤亜紀「ミノタウロス」を読んでいると、暴力吹き荒れる時代背景がわかって興奮度倍増です)、チェコ人部隊を故郷に帰そうとするムッツ中尉、というのを縦軸として、それに飛び込み参加のサマリンとヒロインのアンナ、ヤジクの街代表のバラショフが横から絡んであれこれする、という展開なんですが、しかし結局のところ、物語が描き出したのは、彼ら4人のまさに「act of love」の軌跡だったのだなあ。
というわけで、去勢と人肉喰らいの猟奇小説かと思って読み始めると、とんでもない熱烈恋愛小説と出くわすことになりますので要注意。特に終盤、それまでダメダメ変人男とみなされていたバラショフが最後にとった行動には、うわー、ああ、もう! 誰だ、「ホワイト・ガーデンの幽鬼」だなんてタイトルにしたのは!

それはそうと、本筋とは関係なく、たいへん気になったのが、214ページ。いきなり、手相の生命線が出てくるのです。

《「手の平を見てくださいよ。生命線の長いこと」
「だからどうなんだ?」ムッツは言った。
「長い生命線は長寿と幸せを表しているんです」》

これ、ムッツ中尉の手相ではなく、落ちていた片手の手相。だから、ちょっと笑えるシーンなのですが、えーっ、手相って日本や中華圏だけのものじゃなかったのね。と思って、ちょっと調べたら、今の手相占いは、明治以降に欧米から伝わった西洋手相学を基本にしているのだそう。だから生命線(life line)とか運命線(fate line)とか、用語や方法は欧米と共通なのだとか。へー。

【こんな人におすすめ】
・佐藤亜紀「ミノタウロス」を読んだ人。
・去勢小説ファンの人。(ただし、過度な期待は禁物です)
・人肉嗜食小説ファンの人。(ただし、過度な期待は禁物です)

【こんな人にはおすすめしません】
・去勢も人肉も出てこない、ふつうの恋愛小説が好きな人。
posted by 清太郎 at 13:47| Comment(6) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
何なんだあれは。何が『読書感想文は一行読めば書ける』だ。







…面白過ぎるじゃないか。
Posted by ちょっと.. at 2009年03月29日 20:01
本の内容よりもなによりも、去勢に興奮する人種がいると言うことにビックリです。
Posted by 黄黒真直 at 2009年03月29日 20:54
ちょっと..さん。
楽しんでいただけましたか。役には立たないと思いますが、よかったです。

黄黒さん。
たぶん浅田次郎の「蒼穹の昴」が好きな人などが去勢小説ファンだと思います。(違うかな。)
「蒼穹の昴」を読んで興奮して以来、去勢に目がないんです、という人もいると思います。(いないかな。)
Posted by 清太郎 at 2009年03月30日 06:48
このブログで清太郎さんが以前に紹介しておられた「ノック人とツルの森」を読みました。
単に面白い、というより、心にしみいるような作品でした。
さすが、清太郎さん、見巧者という感じがしました。
今回の作品も、機会があったら手に取ってみたいと思います。

ええと、まるっきりお笑いなしのまじめなコメントでございました。
Posted by すずめの巣 at 2009年03月30日 23:02
すずめの巣さん。
まじめなコメント、大歓迎ですよ。コメントですし、いつもネタをつくることはありませんってば(^^;
「ノック人とツルの森」の、あの独特の手触りが感じられましたでしょうか。話のプロット自体はいたってシンプルでありきたりなので、実際に読んでみないことには、ああした作品は味わえるものではないと思います(まあ何だって、読まないことに味わえないんだけど)。
Posted by 清太郎 at 2009年03月31日 11:26
はじめまして
ホワイトガーデンの幽鬼
とても面白い、大好きーと
思う人間です。私は、グロテスク系が
とりわけ好きなわけではなく、
異色の宗教をとりあつかった重い話を期待して
読み初めたら、
・・・やー、京極夏彦みたいじゃないかー!と、
あと、エリクソンのような、狂気的愛が、
やたら好きなので、
大変好みな一冊になってくれました。
ネタがネタなので、勧めづらいのか、手にとりづらいのか、
全く話題にならないのが、
なんとも、残念です。
エンターテイメント性も、高いし、女子目線で、
サマリン、バラジョフ、ムッツのどれが、
一番いい男だろう?なんて、
楽しみ方もあるような、気がするのですが・・・

こちらの感想、たいへん共感いたしました。

そう、可笑しかったり、つっこみたくもなりますよね。
この本、取り上げて下さり、ありがとうございます。
あ、ミノタウロスも、読みましたが、
時代背景のことは、気にしてなかったわ・・・
なるほど・・・

初めてなのに馴れ馴れしく書いてしまい、申し訳ありません。
長文の無礼、お許しください。
Posted by お散歩隊長 at 2012年09月23日 09:55
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