2014年08月14日

俳句で読書感想文を書く

「むかしむかしあるところに……」
というか、
「それは遠い昔、遠い国のことでございます……」
というか、とにかくそのくらいはるか昔、
「読書感想文は1行読めば書ける!」
というホームページがあって……。
いや、たしかホームページの名前は「本読みHP」で、「読書感想文は1行読めば書ける!」はその1コーナーだったんではないかしら……。
というくらい長いあいだ更新されていないサイト、そしてブログですが、皆さんお元気でしょうか。
当時の読者の中にはすでに結婚し、子をなし、もしかしたらお孫さんまでいらっしゃるかた、あるいはとうの昔に鬼籍に入られたかたも多いことでしょう。
そんなわけで、つくった本人の私も、「読書感想文は1行読めば書ける!」のことをすっかり忘れておりました。
どのくらい忘れてたかというと、先日、
「あ、このネタ、『読書感想文は1行読めば書ける!』で使えるかも!」
と思いついて一通り構成を考えて、うちに帰ってサイトを確認したら、
「すでに3年前にそのネタで書いてた」
というほどの忘れようです。
とはいえ、せっかく思いついたネタ、かぶっているとはいえ題材は多少違うし、何より時代は移り変わっても夏休みに読書感想文で悩む青少年は多かろう、ということで、とりあえず形にしてみました。
以下、読書感想文に苦しんでいるかたは、参考になさってください。

ちなみに、すっかり忘れていた前回のネタ、
「俳句で書いてみる」
は、『蕪村俳句集』の「夏河を越すうれしさよ手に草履」を題材にしたものでした。(やっぱり丸かぶりじゃん!)

「与謝蕪村の俳句を読む」

 この夏の読書感想文の本として僕が選んだのは、与謝蕪村の『蕪村俳句集』である。春夏秋冬の1055句に、「春風馬堤曲」など俳詩3篇を加えて一冊としたものだ(注1)。一句一句、味わうように丹念に通読した今(注2)、最も心に残った一句について、以下に書いてみたい。
 その一句とは、
「草いきれ人死居ると札の立」(くさいきれひとしにゐるとふだのたつ)
である。
 この句に触れて最初に連想したのは、諸星大二郎の作品「黒石島殺人事件」である(注3)。季節は夏、とある島で、全裸の女性の他殺死体が発見される。当初被害者と目されてた女性が実は生きていたことがわかって、死体の身元はあやふやになり、やがて死体を埋葬した岬が嵐で崩れて、最後は、「暑さと草いきれがすごくて、みんな幻を見ていたんだろう、死体なんてなかったんだ……」ということにしてしまうという、後味の悪い作品である。
 ひるがえってこの句「草いきれ人死居ると札の立」の情景を思い浮かべてみると、死んでいるのは、若い女性かもしれない。濃厚に立ち込める草いきれの中で、もう何も見つめることのない瞳を開いたまま、かすかな腐臭を漂わせ……。ああ、何とも蠱惑的ではないか!(注4)
 あるいは、わざわざ「札」を立てているわけだから、心中死体なのかもしれない。心中がご法度だった江戸時代、心中死体はそのまま晒されたのだとか。道ならぬ恋の末に死を選んだ、商家の旦那と娼妓なのか。野原の真ん中、見物人の好奇の視線にされされて、女の死体の裳裾からのぞく素足はどこまでも白く……。ああ、やはり思わず高ぶってしまうではないか(注5)
 与謝蕪村といえば、教科書に出てくる「春の海終日のたりのたり哉」「さみだれや大河を前に家二軒」といったユーモラスでのんびりとしたイメージを抱いていたが、まさかこんな不穏な雰囲気の俳句をつくっていたとは。蕪村の生々しい一面、あるいは猟奇的な一面を垣間見た気がする(注6)
 と、思わず蕪村と意気投合したように感じてしまったのだが、いや、待てよ。そうではないかもしれない。以上はこの句の「人死居る」を中心に読解したわけだが、この句の眼目は「札の立」のほうにあるのかもしれない。
 むせるような草いきれの中、人が死んでいることを告げる札が立っている。札は立っているが、実は、そこには死体はないかもしれない。もしかしたら、死体がそこにあったのは、ずいぶん以前のことだったのではないか。まだ草が青々と茂っていない、数か月も前だったのではないか。死体はとっくの昔に他所で埋葬され、そして今、日に焼けて文字の消えかけた立札を覆い隠すように、夏の草が青々と伸びている……。
 そう思うと、この句は「黒石島殺人事件」よりもむしろ、芭蕉の句「夏草や兵どもが夢の跡」に近いのかもしれない。いや、芭蕉の句が「兵」を「つわもの」と読ませたり「夢」とかいっちゃって微妙に中二っぽいのに比べると、この蕪村の一句のほうが、身近な題材の中に生と死、輪廻転生を感じさせる名句なのではないか……。
 わずか十七字の中に込められた、人の世の真実。俳句とは、なんと奥の深いものであろうか。「俳句をつくってみたい……」、僕は今、そう心からそう思っている(注7)

(文字数1300字、原稿用紙3枚強に相当)


(注1)文庫の表紙に書いてありました。中身は1行しか読まないとはいえ、こうした「あらすじ」などは存分に活用しましょう。
(注2)もちろん、読んでません。
(注3)「諸星大二郎のマンガ」と書いてしまうと、「何だよ、マンガかよ」と国語の先生に思われるかもしれないので、マンガ作品を引用する場合は、「マンガ」ではなく「作品」といいましょう。
(注4)あなたが十代男子であるのなら、感想文の中で熱い思いを吐露してみると、コピペ感が薄まり、さらに「青春だね!」と高評価を得ることができるかもしれません。
(注5)何度も熱い思いを吐露してみましょう。
(注6)ちなみに、往々にして句評によって明らかにされるのは、俳句をつくった人ではなく解釈する人の趣味や嗜好、人間性です。
(注7)国語の先生が文芸部で俳句を教えている場合は、こんなことを書いてはいけません。

posted by 清太郎 at 21:01| Comment(1) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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