2009年08月16日

きこりの泉

きこりが泉に落としたのが、斧でよかった。
これが本だったとしたら、たぶん、女神は困ったはずだ。
水面からゆらゆらと本が落ちてくるのを見て、いつものルーチンで対応すればいいかと、
「きこりよ、そなたが落としたのは、この金の本であるか? それともこちらの銀の本であるか?」
などと言おうものなら、
「ちょっと何それ、金の本と銀の本? それって、本の形をした単なる置物じゃないですか。僕が落としたのは、置物じゃなくて本なんです」
と、感謝どころか顰蹙を買うのがオチである。

まあそういわれてみればその通りなので、マニュアル通りにしちゃったあたしってばおばかさん、自分ゲンコツ、ポカン、と、あらためて、
「きこりよ、そなたが落としたのは、この本であるか?」
と、きこりが落としたものとは比べ物にならないような高価な本、えーと、たとえば河出書房新社の池澤夏樹世界文学全集全24巻(あわせて6、7万円くらい)あたりを提示すると、
「ちょっと何それ、僕が読んでた本はそんなんじゃないですから。っていうか、そんなの、あんまり興味ないし」
と、きこりは不貞腐れるだけ。

やだわぁ、なんかめんどくさい客に当たっちゃったかも、と思いつつ、
「きこりよ、そなたが落としたのは、この本であるか?」
と、きこりが落としたくたびれた本の代わりに新品をあげようとすると、
「ちょっと何それ、僕が落としたのは初版本なんですけど。古書価が高いわけじゃないけど、それなりに貴重なんですから。女神様、もしかして、僕のことバカにしてるんですか?」
と、きこりの額にはイライラの気配。

思わずドンヨリ気分になりながら、だってしかたがないじゃない、落としたものをグレードアップして返すのがあたしの仕事なんだから。そのまま返したら、あたし、女神じゃなくて、泉の底に潜んでたただの美女になっちゃうじゃない、とブツブツ言いつつ、それでも顔には輝くような営業スマイルを浮かべて、これなら文句ないでしょ、とばかりに、
「きこりよ、そなたが落としたのは、この本であるか?」
と、きこりが落とした初版本を、それが出版された当時のままの新品の状態にして差し出すと、
「ちょっと何それ、女神様、あんた、なんてことしてくれるんですか。僕が落とした本、著者のサイン本なんですよ、そんな新品にしちゃったら、意味ないじゃないですか。あんた、本のことわかってるの? もしかして、本とか読まないヒト?」
と、きこりの顔はもはや苛立ちから軽蔑へ。

まあいずれにせよ、落とした本の代わりに何を出したところで、最後には、こう言われるに決まっている。
「そんな濡れた本じゃなくて、乾いたのにしてください」

この話の教訓。
本なんか読まないほうが、たぶん不満のない幸せな人生を送れる。


posted by 清太郎 at 11:19| Comment(6) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月02日

金融魔法小説

「魔法+科学」
のファンタジーというと、
「魔法の世界に科学を持ち込んだ(あるいはその逆)」
といった、たとえば「ドラえもん のび太の魔界大冒険」のような設定か、あるいは、
「魔法と科学のキメラ的世界」
といった感じの、まあRPGでよくあるような設定(剣や弓と並んで、銃などの火器が売ってるとか)がありがちです。
が、いずれにしたところで、こうしたファンタジーの文脈で用いられている「科学」とは、自然科学というより応用科学、それも機械工学の分野に偏っているような気がします。

科学の裾野ははるかに広大です。物理学も生物学も天文学も科学。
だから、「魔法+科学」のファンタジーには、もっとバラエティがあっていいはずです。
なのに、機械工学以外の科学と魔法の組み合わせ、といわれると‥‥、うーん、何かあったっけ。今パッと思いつくのは、ファンタジーじゃないけど(っていうか小説でもないけど)、山本義隆「磁力と重力の発見」(みすず書房)くらい。(離れたところにある物体に作用する磁力や重力は、当初はむしろ魔術的なものだったのです。)
つまり、従来の「魔法+科学」系ファンタジーは、その点において公正を欠いていたといわざるを得ないのです。
まあ、だからといって、安直に魔法と科学をくっつければいいというものではないかもしれません。たとえば、数学と魔法を融合した痛快数学ファンタジー、
「フェルマーの最終定理を魔法で解決! テケレッツノパーで、ほら、あっという間に証明終わり〜!」
ということになったら、これ以上物語を広げるのは困難です。
では、機械工学以外なら一体どんな分野で魔法ファンタジーが可能なのか。
ということでいろいろ考えたのですが(というか、最近、今野浩「すべて僕に任せてください!―東工大モーレツ助教授の悲劇」を読んだので思いついたネタなんだけど)、とりあえず「金融工学」ではどうか。「工学」というけど、まあ応用数学です。これを魔法とうまく組み合わせられないか。
ということで‥‥。

19歳のマイケルは、マサチューセッツ工科大学の学生にして、金融工学の天才。ある日彼は交通事故に巻き込まれ‥‥、たと思ったら、ふと気がつくとなぜか魔法が支配する異世界にいるのだった(いい加減な設定です)。
途方にくれたマイケルを保護してくれたのは、大手証券会社を営むモブソン家だった。魔法の世界にも、証券会社も金融もあるのだ。
おお、証券会社、これなら自分にも手伝いができる、と喜んだマイケルだが、しかし‥‥。
「ちょ、ちょっと、こんなデリバティブ、ありえないでしょ!!」
リスクも信用も確率も魔法でコントロールできるこの世界では、マイケルの常識は通用しなかった。
いや、それどころか、よく見るとお店で売ってる商品は、値段がバラバラ。
「ちょ、ちょっと、需要と供給の関係は、どうなってんの!!」
混乱するマイケルに対して、モブソン氏の娘メアリは、こともなげに言う。
「需要と供給? 何おかしなこと言ってるの。供給が多すぎれば神様が買ってくれるし、少なすぎれば神様が売ってくれるに決まってるじゃない」
ああ、なんと、この世界の市場を支配するのは、「神の見えざる手」ではなくて、
「神の見える手」
だったのだ!
などといってるうちに、その神様の介入によって、モブソン家は倒産の危機に!
恩義のあるモブソン氏のため、そして美しいメアリのために、マイケルは立ち上がった!
魔法が幅を利かせる世界で、頼みのコンピュータもなし、しかも相手は神様。この三重苦に対して、マイケルの武器は、最先端の金融工学理論、そしてフィナンシャルエンジニアとしての超人的な頭脳のみ。
マイケルは果たしてモブソン家の危機を救えるのか!?
現代金融工学は魔法に打ち勝てるのか!?
全能の神様を出し抜くことができるのか!?
そしてマイケルの恋の行方は!?
すべてが終わったとき、マイケルが選んだ道とは!?
‥‥という感じで、それなりに物語になりそうなんだけど、しかしリーマンショック以前ならともかく、金融工学悪玉論が横行する今では、あんまり売れそうにないよね‥‥。
この案、ダメでした。

posted by 清太郎 at 17:09| Comment(8) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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