2009年05月26日

本チラ

えー、不況だろうと経済危機だろうと、そんなことに関係なく、ずいぶん前からひたすら退潮するばかりのわれらが本業界。
何とか盛り上げるすべはないかと、このブログではたびたび建設的な提言をおこなってきたわけでありますが、このほど、正攻法ではなく搦め手から攻めてみる、こんな方策を考えてみたであります。
ずばり、
「本チラ」
を導入する。

などといっても意味不明でありましょうが、簡単にいうと、
「パンチラ」
これの本バージョンを創造してはどうか、ということであります。
小生思うに、こんにちのパンツ業界の興隆は、ひとえにパンチラがもたらしたものであるといって過言ではないのであります。
仮にパンチラなかりせば、女子のパンツがチラリと見えたところで別に何の感慨もわかないとしたら、わが国人口の半分を占める男子が、パンツに関心を持つことは金輪際なかったでありましょう。
パンチラがあらばこそ、パンツは、女子にも男子にも支持される存在となりえたのであります。

ところで、チラリと見えるといえば、われらが本もまた、同様であります。
電車の中で隣に座った人が読んでいる本が気になること、あるいは前に立った人が開いている本の中身がチラリと目に入ることは、よくあることでありましょう。
そんなときに、われわれは、どう感じるか。
「ヘー、この人、『ユダヤ警官同盟』読んでるのか、ふーん」
従来は、この程度で終わっていたわけであります。

たとえば昨晩、電車の中で、小生の隣に座った女子が文庫本を開いておりましたので、ちょっと気になってチラリと一瞥すると、
「コマドリさん」
という固有名詞が目に入ったのであります。小生、ハテ、何の小説だろうと思い、帰宅してからググってみたところ、朝倉かすみの短編集『肝、焼ける』の「コマドリさんのこと」らしいことが判明したのであります。
小生は、
「あー、そういえばこの人の『田村はまだか』を図書館で予約中だった」
と思い、それ以上、何の興奮も感動も感じなかったのでありますが、しかしながら、仮にここで「本チラ」が導入されていたら、どうなっていたでありましょうか。

小生はおそらく、隣の女子が手にする本の中身が見えるか見えないか、目を血走らせ鼻息を荒げ、ハアハアしながら、しかもそれを決して気取られぬよう、蝶のようにさり気なく、しかし蜂のごとく素早く盗み見し、チラリと一瞬、その白い紙面がかいま見えたことを大いに喜び、感激し、本の神様に感謝し、こぶしで小さくガッツポーズ、加えて、嗚呼何たる僥倖か、ページを埋める文字の中に「コマドリさん」などという特徴的な言葉を見出し、ぐおおおお、こ、これで、その本が何か同定も可能だ! この女子が何を読んでるか、わ、わ、わかってしまうんじゃあゴルァ!! と息は上がり身体は震え、血潮熱くたぎって、もうガマンならん、フウフウ、と興奮は絶頂に達し、帰宅してとるものもとりあえずパソコンを立ち上げて「コマドリさん」で検索、そしてそのコマドリさんが出てくる作品が、「40歳をすぎても処女のまま王子様との出会いを待っているコマドリさんの物語」であることを知って、
「ぐわわわ、な、何てことだ、それを初めから知っていれば、あの現場で、リアルタイムに、さらにさらにさらに大興奮できたのにいいいぃ、俺のバカバカバカ!」
と地団駄踏んで、「読書量がぜんぜん足らんのだ、もっと本読まねば!」と、いっそう本を読むことを誓ったはず、なのであります。
そうなのであります。本を読んでいてこそ、本チラをさらに楽しめる。その必然の帰結として、人々はいやがうえにも本を読むようになるでありましょう。

もちろん、導入といっても、本チラは制度やモノではない、嗜好であり感覚なのでありますから、一朝一夕のうちにできるものではありますまい。
とりあえず電車の中などではこっそりと、角度にして30度ほどだけ開いて本を読むようにしてはどうでありましょうか。
そうすれば、やがて、他人の読んでいる本がチラリと見えるということが少なくなっていくのであります。
そして、物事というのは、隠されれば隠されるほど、見たくなるもの。また隠せば隠すほど、ふと見られてしまったときに恥ずかしく感じるものであります。
いつしか、他人が何を読んでいるのか見たい、知りたい、という偏執的な欲望が人々の間に芽生え、ついには本チラに対する、歴史上かつてなかったフェティッシュな感覚が誕生することでありましょう。

そうなると、本チラをめぐる人々の欲望はエスカレートするばかり。
ネット上には、
「本チラ画像掲示板」
「本チラ動画サイト」
などが氾濫するようになり、男子高校生が、
「今朝のバスの中で、俺、テニス部の先輩のタカダさんの本チラを見てしまった! しかも、中身は、け、『剣客商売』だったんだぜ!」
「うおおおおぉー、すっげえぇ!」
「でもって、こっそり、‥‥写メ撮っちゃった」
「ぐぎゃおー、見せて見せて!」
「ほれ」
「ぶふっ、あ、鼻血鼻血」
ということになり、教室の片隅でコジマさんがこっそり文庫本を読んでいると、向こうからダダダダと駆けてきたハナヤマくんが通りすがりにヒョイと手を伸ばし本を開いて一瞥、
「見ーちゃった、見ーちゃった、今日のコジマの本は、『いちご同盟』」
「いやぁん、ハナヤマくんのえっちぃ」
ということになり、
「電子書籍じゃ、本チラが見られん」
という理由から紙媒体が見直され、
「ちょっと黄ばんだ古本の本チラよりも、やっぱり新刊の純白の本チラのほうがいい」
という理由から新刊本が注目され、
「いや、でも、古本の、ちょっと染みがついてたりする本の本チラは、それはそれでたまらんぜよ」
というマニアックな反論も巻き起こり、なんやかんやで本業界は盛り上がり、息を吹き返すことができると思うのでありますが、どうでしょ?

以上の提言に賛同する、本業界の未来を憂う女子とイケメン男子は、さっそく今日から、
・公共の場で本を読むときは、中身が見えないようにこっそり読む
・読んでいる本の中身を他人(とくに異性)に見られたら、頬を赤らめて恥ずかしそうに本を閉じる
この2点を実行するよう、心がけるようにするであります。

まあ、ひょっとしたら、
「本チラ見られるのイヤだから、あたし、もう電子書籍しか読まない!」
「っていうか、本読まないことにした!」
ということになるかもしれませんが‥‥。
posted by 清太郎 at 21:49| Comment(3) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月10日

学術雑誌の連載マンガ

先日の「百花争鳴! 女子百家」、連載するなら「歴史街道」あたりかと思ったのだけど、「史学雑誌」などでもいいかもしれません。
考えてみると、論文を掲載する「史学雑誌」のようないわゆる学術雑誌に、連載マンガってありませんよね。
当然といえば当然なんだけど、しかし今やJapanのmangaがcoolだmoeだ、などと欧米で評価されている時代なのです。マンガのひとつやふたつ、連載していたほうが、海外から、
「OH! mangaを連載しているとは、このmagazineはcoolでcutting edgeに違いない、WOW!」
などと高評価を受けるのではないか。
それに、そもそも学術雑誌なんてトップレベルのもの以外は、投稿した人と一部のマニアしか読んでないでしょうから、少しでも読者が楽しめるページがあったほうがいいはずです。

ということで、「史学雑誌」で連載が始まった「女子百家」をマネして、各分野の学術雑誌、学会の機関誌、果ては大学の研究紀要などにもマンガが連載されるようになるわけです。
(大学の紀要の場合は、特に予算もないし、絵心のある助手や院生に無理やり描かせたりするのね。
「ちょっとキミ、次の紀要に載せるアレ、描いといてくれたまえ」
「えー、先生、オレ実験で手一杯なんスけど、勘弁してくださいよー」
「あ、そうなの、そんなことをいうの。ふーん、ま、いっけど。ところで、今度のキミの論文ね、あれ、ちょっといいと思ってたけど、やっぱりね、うーん‥‥」
「せ、先生、オレ描きます、マンガ描きます!」
とかいって。おかげで、たいしておもしろくないうえに、どこかで見たようなネタのオンパレードになったりするんだけど、でも、それがいいのです。)
たとえば‥‥。

「社会学評論」に連載されるのは、「かる☆すた」。
「ねえねえ、チョココロネって太いほうと細いほう、どっちがあたまでどっちがしっぽだと思う?」
「あたまとしっぽですって!? それは漁撈文化圏の発想よ!」

「西洋古典学研究」には、「アルファ×ガンマ」。
「ちょっと、アルファ、あんた、ベータをカッパらったんだって!?」
「そうなの、そしたらねー、イプシロンしちゃったの。てへ」

理化学研究所「RIKEN RESEARCH」には、「でんじばと!」。
「おー! スプリングエイトマン、またきたな!」
「また!? よく出るの!?」
「どっちが陽子でどっちが反陽子だかわかるまいー!」
「おのれー」
「あはは、バカだ‥‥」

‥‥というのを見て、
「何これ? 意味不明なんスけど。チョーつまらん」
と思ったあなた。
それを口に出してはなりませんよ。
意外にも原案は、学界を牛耳っているあの先生だったりするので、うかつに、
「今月号の『ガラスの二次曲面』、つまんなかったよねー」
などともらしたりすると、後でひどい目にあいます。

posted by 清太郎 at 18:03| Comment(3) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月09日

本を売るために、なすべきこと

今年のゴールデンウィークの目玉といえば、やはり「高速道路一律千円」で、結局のところこれが景気浮揚に役立ったのか、儲かったのはサービスエリアとETC関連だけなんじゃないのか、っていうか二酸化炭素と窒素酸化物を撒き散らして環境立国ニッポンでいいのか、などといろいろ疑問や批判があるわけですが、まあそれはそれとして、せっかくですから、次はこの施策、われらが本業界にも適用してほしいものです。
ずばり、
「単行本、一律千円で」

しばらくの間、千円を超えるどんな単行本も、すべて千円で購入できます。
千円を超過する分は、高速道路同様、税金で補填されますから、出版社や書店のふところはいたみません。
ふだん本買わない人も本を買い、売れなかった高額な学術書の在庫は一掃、活字離れには歯止めがかかり、読書家は喜び、子どもの学力も上昇して、お母さんもニッコリ。
‥‥ということになるんですよ、と業界一丸となって声を上げてはどうなのか、と思うのですが、どうなんでしょうか。
理屈でいえば高速道路千円と大して違いがあるわけでないし、むしろタテマエ的には「国民が本を読むようになります」などという、「国民が高速道路を使うようになります」よりもよほど立派な御旗を掲げられるわけだし、何とかなるような気もするんだけど。ダメ元でいいから、日本書籍出版協会あたりが主張してもいいんじゃないかしら。(著作権のことばかり議論してないで。)

と、本業界の押しの弱さに、物足りないものを感じてしまうこのごろです、というのが今日の話題。散漫としてますが、あしからず。
そういえば定額給付金も、他業界では1万2,000円宿泊プランやら1万2,000円福袋やらいろいろ知恵を絞って便乗しようとしてるっていうのに、本業界の欲のないことといったら!
「ゴールデンウィークに本を読もう!」
と、数冊組み合わせて合計約1万2,000円にした、
「徹夜パック」
「号泣パック」
「教養パック」
などを用意してもよさそうなのに、そんな「定額給付金フェア」が、まったく見られないのが残念です。(もしかしたら、私の行きつけの本屋さんでやってないだけなのかしら。)

あるいは、本屋大賞もいいですが、フランスの高校生ゴンクール賞みたいなものをつくろう、という動きはないのでしょうか。
(高校生ゴンクール賞についてはわりと誤解があるみたいですが、「高校生が選んだ、十代向け小説のベスト」じゃありませんよ。候補作はゴンクール賞と同じです。フランス全土から選ばれた50数校の高校のクラスが、候補作を全部読んで、クラスで討論して自分たちのベスト3作を決め、それを持ち寄って各地方のベスト3作を決め、最終的に各地方を代表する13人の高校生が議論して1作を選ぶ、というもの。しがらみにまみれた大御所作家たちが密室で選ぶゴンクール賞よりも、ある意味で公平かも、ともいわれています。)
辻由美「読書教育 フランスの活気ある現場から」(みすず書房)によると、高校生ゴンクール賞はもともとレンヌ市の国語教師が個人的に始めたものなのだそう。それが回を重ねるにつれて大規模になったのね。各校へ配布する新刊書や経費については、協賛している大手書店チェーンのフナック書店が面倒を見てます。
直木賞・芥川賞をはじめ、日本では出版社が後援する文学賞が主流ですが、このフナック書店をまねて、書店と学校が組んだ文学賞が生まれてもいい。とりあえず、「読書の街」として売り出そうとしてる地方自治体に話を持ちかけて、十年くらいの中長期的な視点で取り組みを始めたら、おもしろいんじゃないかしら。
対象とするのは、直木賞じゃアレだし、芥川賞じゃパンチが弱そうなので、谷崎賞+野間文芸賞あたりで。(ただし、「高校生谷崎潤一郎賞」ではネーミング的にパッとしないけど。)
「高校生にそんなの読めるわけない」
と思う人がいるかもしれないけど、たぶん大丈夫です。ちょっと前に、「日本の学力低下」が問題になったPISAの「読解力」テストで、日本が15位だったのに対しフランスは23位だったんだし。

まあそんな遠大なものはさておき、もっと日常的なところで、本屋さんにはもっとがんばってもらいたいと思います。
「がんばれ」などという日本的なぐだぐだした表現ではどうしたらいいのかわからない、といわれたら、そうですね、とりあえずは、もっと俊敏になってもらいたい。
先述の定額給付金フェアもそうですが、たとえば、このゴールデンウィーク直前に、人々の興味が向かっていたのは、
・草ナギくんの全裸
・豚インフルエンザ
の2点だったといえるでしょう。
これらがニュースとして話題になった翌朝には、本屋さんの店頭に、
「全裸フェア」
「豚フェア」
などと、ドドンと関連書籍を並べたフェアを設けるくらいの勢いがほしいところです。
ブックオフの素人バイトとは違う、本の専門家たる書店員さんならば、これくらいの選書はできるはず。時間をかけて企画したフェアも大切でしょうが、本との偶発的な出会いを提供できるリアル書店として、こういう思いつきのテキトーフェアも必要だと思います。
もちろん、これは本屋さんだけの努力でできることではありません。草ナギくんが全裸泥酔で捕まったときに、書店員さんがすぐに「全裸フェア」を設けられるよう、出版社側も日頃から、
「全裸で読む老子」
などの書籍をそろえておくべきだと思います。

posted by 清太郎 at 11:54| Comment(6) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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