2008年07月23日

ハリポタで読書感想文

夏休みなので、真面目で実用的な読書感想文ネタをひとつ。

今日はハリポタ最終巻「ハリー・ポッターと死の秘宝」発売日でした。
「予約しておいたのを朝一番にとりに行こうと思ってたのに、ど、どうして、本屋さんに入れないの‥‥!?

と、昨夜通り魔事件が起きた八王子の駅ビルの本屋さんの店頭で泣き崩れた人がいなかったか、心配ですが、多くのハリポタファンの少年少女は朝一番でゲットして、今ごろ夢中で読みふけっていることでしょう。
で、読み終えた少年少女は、素直にこう思っているのではないでしょうか。
「読書感想文は、これで書こう」
と。

しかし、本を読むことと読書感想文を書くことはまったくの別物。読みやすい本は必ずしも読書感想文を書きやすい本ではありません。これが立派なおまわりさんの物語だったりすれば、
「ぼくも大きくなったら、主人公のようなおまわりさんになりたいです」
とか何とかそういう技が使えますが、ハリポタでは、どれだけハリーが立派で素敵であろうと、
「ぼくも大きくなったら、ハリーのような魔法使いになりたいです」
と書くわけにはいかない。
ハリポタ最終巻を読んで大いに感動して号泣して心洗われた思いをしたかもしれませんが(読んでないけど、そういう内容だよね?)、それを読書感想文にしようとすると、
「ハリーがこうなってああなって、ロンがああなってこうなって‥‥」
とあらすじをだらだらつらねたうえで、
「‥‥ので、感動して涙が出ました」
と、書くくらいしかできなくて、途方に暮れることになりかねません。

では、ハリポタで読書感想文を書くには、どうすればいいのでしょう。
最も手堅い書き方は、読書感想文の鉄板技ともいうべき「自分の体験とリンクさせる」を使うことです。読書感想文は、本を読んだ感想を書くのがタテマエですが、実質的に求められているのは、個人的な体験の豊富さと、その体験を読んだ本に結び付ける連想力です。具体的には、夏休みに田舎のおばあちゃんの家に行って、そのときの体験を読書感想文に反映させる、なんていうのが簡単でしょう。
たとえば‥‥。

《「ハリー・ポッターと死の秘宝」は、ハリー・ポッターシリーズの最終巻です。第六巻「ハリー・ポッターと謎のプリンス」を読んで以来、待ちに待っていたこの本を、ぼくはワクワクドキドキしながら読み始めました。》

なんて感じで書き始めて、

《これまで謎だったことが次々と明らかになって、何度もハッとさせられました。とくに○○が実は○○だったなんて、本当にびっくり。読みながら思わず「エーッ!」と声をあげてしまったので、お母さんが、
「どうしたの、何があったの、タケオ」
とわざわざ台所からのぞきに来たくらいです。
 そして、ハリーが○○してしまった場面。どうなっちゃうんだろう、とハラハラしました。ロンは○○だし、ハーマイオニーは○○だし‥‥。ふるえる手でページをめくりました。でも最後、○○が○○で、○○になったところを読んだときには、涙があふれて止まりませんでした。今、この感想文を書きながら、その場面を思い返すだけでも、目頭が熱くなります。》

と、ざっとストーリーを紹介しましょう。ただし、「○○が○○して、次に○○が○○して‥‥」と、単純に出来事を並べることは避けましょうね。ずるずるとした、しまりのない印象になります。「ハッとした」とか「びっくりした」とか、その程度でいいですから、自分の感想を間に挟んでおきましょう。
以上、あらすじ紹介が感想文の前半です。ここまでで原稿用紙1枚〜1枚半くらい、埋めておきましょう。
次は後半。自分の体験を述べる部分です。「体験」としてふさわしいのは、夏休み中にあった、ちょっといい話、です。たとえば‥‥。

《この「ハリー・ポッターと死の秘宝」を、ぼくは山形のおばあちゃんのうちで読みました。おばあちゃんのうちは、すぐ裏に森があって、魚がたくさんいる川も近くて、自然がいっぱいです。でも、三才年上のいとこのタカシくんがいて、いつもぼくに無理やり命令したりしていじめるので、本当はあんまり行きたくない場所です。だからこの夏は「ハリー・ポッターと死の秘宝」を持っていって、タカシくんのいないところで読んで過ごそう、と思っていました。
 そうして、家の奥の仏間で、たたみの上に寝転がりながら、「ハリー・ポッターと死の秘宝」を読んでいると、
「コラッ」
と、いきなり頭をたたかれました。本にむちゅうになって気付かなかったのですが、見上げるとタカシくんが、こわい顔をしてぼくをにらんでいます。ぼくは、「見付かった、またいじめられる」とすくみ上がりました。でもタカシくんはそれ以上ぼくをたたかずに、かわりに仏だんを指さして言いました。
「ほとけさまに足を向けて寝転がるんじゃない」
仏だんには、ぼくがようちえんのときに死んだおじいちゃんの位はいが入っています。タカシくんは、仏だんに向かって正座して手を合わせると、
「おじいちゃん、タケオがぶれいなことをして、ごめんなさい」
と、ちょこんと頭を下げました。そしてぼくをにらんで、
「こら、タケオ、おまえもあやまりなさい」
と命令しました。
 後でこのことをお母さんに話すと、お母さんは、
「タカシくんは、おじいちゃんによくなついていたからね。今でもおじいちゃんのことを大事にしてるんだと思うよ」
と言いました。それを聞いたぼくは、いつもいじわるなタカシくんのことを、少しだけそんけいする気分になりました。》

と、こうした体験話だけでは読書感想文になりませんから、最後に、これを読んだ本にリンクさせましょう。

《「ハリー・ポッターと死の秘宝」でも、これまでハリーがにくんでいた○○が実は○○だということがわかって、意外に感じる場面がありました。今まで○○と思っていたことは、○○で○○だったのです。人間の本当のすがたは、一面から見ているだけでは、わからないものだなあ、とつくづく思いました。
 後になってこの場面を読んだとき、ぼくは、タカシくんが仏間で見せた顔を思い出さずにはいられませんでした。そして、ふと気付きました。タカシくんはぼくに命令してばかりいる、と思っていたのですが、本当は、れいぎを知らないぼくにいろいろ教えてくれていたのではないか、と。言葉がらんぼうだからこわいけれど、実は三つ年下のぼくのことを気づかってくれているのかもしれません。タカシくん、ありがとう、とぼくは心の中でタカシくんにおれいを言いました。こんどからはタカシくんの言葉に、もっとよく耳をかたむけてみます。
 さまざまなピンチを乗りこえて成長していったハリーとは比べものにならないけれど、この夏、ぼくも少しだけ成長した気がします。》

「ぼくには田舎のおばあちゃんなんていないよー。三才年上のいとこもいないよー」
というあなたも、だいじょうぶ。「個人的な体験の豊富さ」は、「個人的な体験を捏造できる豊富な想像力、およびそれを感想文に書いて提出できるだけの図太さ」で代替できます。てきとうに親戚と体験話をでっち上げて、ハリポタのエピソードとくっつけてみるといいでしょう。

ちなみに、あなたが腐女子である場合は、「ダンブルドアがゲイだった」という裏設定もあることだし、思いっきりBLな感想文にして、「ハリーとロンはなぜくっつかなかったのか」などを大いに論じてみるのもいいかもしれません。(読んでないからいいかげんなことを書いてますが、ハリーとロンって本当にくっついていないよね? もしかして、「あの結末なら、ハリーとロンはその後くっついたと読めなくもない」ということだったら、そこに焦点を当てて二人の愛の生活を想像してみるのもひとつの手です。)


posted by 清太郎 at 23:29| Comment(16) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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