2007年11月22日

Amazon.comの「Kindle」発売

Amazon.comが出す電子書籍リーダー、ということで注目されていた「Kindle」が、19日に発売されました。まあ見た目は致命的に不細工ですが(デザインしたのは10年くらい前なのかしら)、「本のiPodになれるか!?」とそれなりに期待されています。
1台399ドルだとか約300グラムだとか画面には電子ペーパーを採用とかキーボード付きで書き込みもできるとか内蔵メモリに200冊分入るとか、そうした本体のスペックはさておき、へえー、と思ったのがサービスについて。

・携帯電話のネットワークを利用しているから、どこでも購入できる。PC不要。ネット接続料は無料。
・ベストセラーなどの値段が9.99ドル(古典なんかは1.90ドル)。本より安い値段設定。
・新聞や雑誌も購読できる。月々の購読料は新聞5.99〜14.99ドル、雑誌1.25〜3.49ドル。

といったようなことです。Amazon.com、かなり本気なのね。
とくに値段に関しては、ハードカバーの単行本がふつう25〜26ドル前後だから、9.99ドルは安い。単純計算で6割引きだから、そのまま日本に当てはめたら、税込1680円の単行本が672円になるってこと? (ちなみに、ペーパーバックの値段は13.95ドルとか14.95ドルだから、それよりも安い値段設定です。)

ただ、とりあえずのタイトル数は約9万冊なのだそうで、この数は多いように見えるけど、たとえば「日本最大の電子書籍販売サイト」をうたう「電子書店パピレス」の掲載冊数が72,273冊(11月21日現在)で、これが近所のブックオフよりも使えないラインナップしかないことを考えると、ちょっと微妙。(電子ブックが普及しない要因のひとつが、このしょぼすぎるラインナップなのです。)
ニュースを見た限りでは、新刊本がどれだけ購入できるかよくわかんなかったんだけど(New York Timesのベストセラーリストに載ってる書籍のほとんどが買える、とはいうけれど)、本の発売と同時に電子版もKindleで購入できる、なんてことだったらいいなあ。

この先何度も繰り返して開きたくなるような、ときどき開いてはお気に入りの一節を読みたくなるような、背表紙を見るだけでちょっといい気分になれるような、そういう作品については、正直言って従来どおりの本の方が、まだまだ断然いい。でも、とりあえず1回読めばそれで満足するだろう作品ならば、電子ブックの方が、場所もとらないし、かなり便利かも。
ということで、日本版Kindleが発売されて(でも、もうちょっと安くしてほしいし、デザインもかっこよくしてほしい)、日本でも同じようなサービスが実現したら(しかし再販制度とかそのあたりの問題はクリアできるのかしら)、ほしくなりそう。
そうして、本屋さんに行って、並んでる本をパラパラめくって、最初のほうを少し読んだりしたあと、おもむろにこのKindleを取りだして、その場で電子版をダウンロード購入しちゃいます。本屋さん、ごめんなさい。
posted by 清太郎 at 00:05| Comment(6) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月21日

脱げばよかった?

今月30日に出る柳美里の新刊「柳美里不幸全記録」(新潮社)の表紙が、著者本人のフルヌード、なのだそう。撮影は篠山紀信。
メディアへの露出が多いとはいえ、必ずしも見られることが商売ではない職種のうえ、なおかつ39歳という年齢だというのに、ドーンとハダカ! というその自信に脱帽というか辟易というか、そのあたりの評価は分かれるだろうけど、それはそうと、もしかしたらこれをきっかけに、
「そうか! 脱げばいいのか!」
とばかりに、いろんな作家が雪崩をうって脱ぎ始め、単行本の表紙がぜんぶ著者のヌード写真ばかり(しかも、あまり美しくない)になってしまったら、どうしよう。
が、ちょっと待て。脱げばいい、ってもんなのか。ここはまず冷静になって、ヌードになることのメリットとデメリットを、過去の作家を例にして考えてみたい。

たとえば島崎藤村であれば、詩集「若菜集」なんかで女学生にキャーキャーいわれてた頃に、
「藤村悪行全記録」
などと銘打って赤裸々な告白本をフルヌードの表紙付き(ただし箱入り)で出していれば、全国の女学生がキャーキャーいって真っ赤になってギュッと目をつむりながら買っただろうから、それなりに儲かって、極貧の挙げ句の栄養失調で3人の子どもを失うことはなかったかもしれない。しかし、おかげで極限の私小説作家として大成することはなく、日本文学史上にチラリと輝く「脱ぐ詩人」で終わってしまうことになったかもしれない。

太宰治が、「走れメロス」(主人公が走りながら全裸になってしまう話だ)を、みずからのヌード(しかも走ってるシーン)を表紙にして刊行していたら、当時31歳で、まあそれなりに見せられる体であったろうし(太宰治のおなかが出ていたとは思いたくない)、やっぱり女学生がキャーキャーいいながら買ったであろう。全裸をさらすっていうのはちょっとデカダンな感じだから、坂口安吾も「白痴」あたりで、壇一雄も「火宅の人」で、真似したかもしれない(ただし「火宅の人」で全裸だと、「お風呂に入ってたら家が火事になったので、とりあえずそのまま飛び出してきました」という内容の小説だと誤解された可能性もある)。
しかし、全裸で走行などという、なんだか開放的で、ある意味とても健康的な(よくわかんないけどエコだし)ことをしたおかげで気持ちの整理がついた太宰は、自殺することなく天寿を全うし、そのぶんインパクトが薄れて、若い世代に支持されるような作家ではなくなっちゃったかもしれない。

ストーキング作家の近松秋江が「黒髪」などを、脈絡もなく自身のヌード写真を表紙として刊行していたら、
「いや、あなた、それはストーキングじゃなくてストリーキングでしょ」
ということになり、秋江は日本文学史上に輝くストーキング作家ではなく、単なる変態露出作家として記憶されることに(あるいは忘れ去られることに)なったかもしれない。

というようなことを考えると、ほーらね、やっぱり、必ずしも脱げばいいというものではないらしいよ。少なくとも、この先長く生きて大成しようというつもりだったら、とりあえずは脱がないほうがいいかもしれない。
posted by 清太郎 at 09:21| Comment(4) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月18日

[本]ゲッチョ先生の卵探検記(盛口満)



生き物エッセイの書き手として、いま日本でイチバンなのは誰か? というと、養老孟司やら日高敏隆やら奥本大三郎やらといった名前があがってくるかもしれないけれど、私が偏愛・敬愛してるのが、このゲッチョ先生こと盛口満。
以前は埼玉県飯能市にある自由の森学園の生物学教師として、いまは沖縄のNPO学校の講師やら何やらとして、生徒たちと一緒になって、ケモノの死体を拾って鍋で煮て骨をとったり、冬虫夏草を探したり、ネコジャラシでポップコーンをつくったり、ドングリを拾ったり、いろんなゴキブリを追い求めたり。大所高所から知識を語るんじゃなくて、とりあえず自分で外に出かけて這いつくばって、拾って触って絵に描いて、ときには食べてみて、自分でナマの知識を得る。ドーキンスみたいなスマートなエッセイもいいけれど、このちょっと垢抜けない感じの泥臭さが、むふう、もう、たまらんのですわ。著作を読むたびに、うわー、この先生の生徒になりたかった!と思わずにはいられない。

そんなゲッチョ先生の今回のテーマが見てのとおり「卵」で、いきなりダチョウの卵を茹でて食べたり、エミューの卵も食べたり(ダチョウと比べてどっちがおいしかったでしょうか?)、オオカマキリの卵(卵を包んでいる卵鞘)も食べたり、チョウザメの卵も食べたり(キャビアのことです)、マムシの卵(マムシは胎生だけどおなかの中に卵がある)を食べた話を聞いたり(ヘビの卵には白身がないんだって)、ヤエヤマアオガエルの卵を食べた話を聞いたり、いや、食べてばかりではないんだけど、鳥に始まって魚やヘビやカエルや昆虫のいろんな卵を見ていくうちに、進化のことも気になってきます。

なのだけれど、全体としては、いつもより「地べたを這いずり回り」感が少ないのがちょっと食い足りないかも。「探検」とかいうわりには、なんだかふつうに理科の授業をそのまま本にしました、という感じなのよね。とはいえ、まあ十分に理科ゴコロが刺激されて、興奮してしまうのだけど‥‥。

【こんな人におすすめ】
・考えるより先に行動しちゃうタイプ。
・あ、でもむしろ、いろいろ考えちゃってなかなか行動に移せないタイプの人にすすめたいかも。
・引きこもり中の人とか。

【こんな人におすすめしません】
・盛口満の本を読んだことない人。未読のかたには、「骨の学校」(木魂社)、「冬虫夏草の謎」(どうぶつ社)、「わっ、ゴキブリだ!」(どうぶつ社)といったあたりをまずおすすめしたい。
posted by 清太郎 at 23:55| Comment(5) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月16日

文庫トレード

プロ野球はシーズンオフ。ドラフトの行方、FA選手がどうなるのか、スポーツニュースが気になる季節となりました。余剰選手を放出して、かわりに弱い分野の補強をしたり、実績のある選手1人と若手だけど将来有望株の選手2、3人を交換したり‥‥。こういうの、本でも応用できないかしら。

たとえば宮部みゆきは、新潮文庫が赤で光文社文庫がえんじ色、講談社文庫が朱色、文春が黄色で創元推理文庫がクリーム色。司馬遼太郎は講談社が緑で文春文庫は黄色、新潮文庫は、えーと、何色っていうのか微妙な色(苔色?)。「全部同じ文庫に入っていたら、きれいになるのに」と自分の本棚を眺めながら嘆息をもらしているファンは、少なくないことでしょう。
ビジネス分野でM&Aが当たり前のものとなり、さまざまな面におけるフレキシビリティがますます求められている今、各文庫間における作家・作品のトレード、そろそろこれを導入する時機ではあるまいか。

「ノルウェイの森」をはじめ村上春樹の代表作を揃えている講談社文庫は、ぜひとも新潮文庫の「海辺のカフカ」も手に入れたいはずです。文庫間のトレードが解禁されたら早速、あんまり講談社文庫っぽくない、むしろ新潮文庫に入っていてもよさそうな、たとえば帚木蓬生「アフリカの蹄」など一式およびいしいしんじ「プラネタリウムのふたご」と、この「海辺のカフカ」をトレードしませんか、と持ちかけることでしょう。対して新潮文庫側は、「海辺のカフカ」なんてビッグタイトルを手放すんだから、
「それなら『五体不満足』も付けてくんなきゃ」
などと要求したりする。講談社文庫は、
「いや、ちょっと、それはさすがに。では町田康を一式つけますから」
などと再提案したりして、この交渉プロセスが逐一報じられれば、春樹ファンならずとも、なかなかの興奮です。
「いやあ、あそこは町田康じゃないだろう、むしろ大江健三郎だ」
などとプロ野球のストーブリーグさながら、居酒屋で本好きが議論のネタにするのは必定。これまで新潮文庫版を持っていたファンも「あらためて講談社文庫版を買わねば」などと、文庫の売上にも直結します。話題性を高めるために、トレード解禁期間を年に1度、1カ月間くらいに限定する、というのもいいですね。
「今期注目の大型トレード! 山本周五郎、新潮文庫から流出か!?」
なんてことが、シーズンが近くなるとヒソカにささやかれるようになったりして、ファンとしては、もうワクワクドキドキです。

そうして、たとえば村上春樹や宮部みゆきなど、数社に散らばっていた作品がひとつの文庫にまとまって、全部揃ったところで、ドーン! 一挙に価格2倍!などということになると、「モノポリー」みたいでおもしろいですね(おもしろくないって!)。
posted by 清太郎 at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月14日

すべてがジョジョになる

先日のニュースで、
「難解で読まれない名作、コミックで完売」
とあったので、埴谷雄高の「死霊」がマンガ化? それともヘンリー・ジェイムズとかジョイスとか? と一瞬思ったのですが、プルーストの「失われた時を求めて」でした。なるほど。
1998年にフランスで刊行されたものの日本語訳なのだそうで、本国では「『文学の冒涜』と批判される一方、徹底した時代考証によるイラストと原典の世界観を壊さない編集が『新解釈』と評価された」そうです。日本語版は、なぜか白夜書房から、11月20日の発売で、初版はすでに予約分で完売!

ウシナワレタ.jpg

見本ページ(画像はイザ!より転載)を見ると、なんだかちょっと「タンタン」っぽい絵柄が(っていうか、フランス=タンタン、という貧困な連想はわれながらどうかと思うけど)、なんとなくオシャレっぽい感じ。でも、「イラスト」と「編集」とかいってる時点で、微妙に「マンガ」とは異なる気がするから(それに、「徹底した時代考証」といいつつ、このページの背景の白さはどうよ。富樫?)、たぶん「失われた時を求めて」としてはわかりやすく読めて、原典を読む足がかりになると思うんだけど、日本人が「マンガ」に期待するものとはちょっと違うんだろうなあ。

そういえば、今年は英国で聖書のマンガ版「THE MANGA BIBLE」が出る、という話でした(その後、どうなったのかしら。っていうか、ジョージ秋山の漫画聖書もどうなったんだろう?)。大西巨人「神聖喜劇」のマンガ版もちょっと話題になりましたし、この手のハードな作品のマンガ化というのが、今後もときどき出てくることでしょう。
ならば、どんな漫画家に何を描いてもらうべきなのか。と例のごとく考えてみると‥‥、「ジョジョの奇妙な冒険」の荒木飛呂彦であれば、あのオーバーアクションでなおかつ微細な描写が、いろんなところで使えそうです。

たとえばこの「失われた時を求めて」。「マドレーヌの一きれをやわらかく溶かしておいた紅茶」を口にした瞬間、「すばらしい快感」に襲われる、この名シーン。
主人公が気取った手つきですくいあげたスプーンひとさじの紅茶。それを彼は口元へ運ぼうとしている。ドドドドドド‥‥。ひとさじの紅茶にクローズアップ。ドドドドドドド‥‥。さらにクローズアップ。ドドドドドド‥‥。いよいよ口元へ運ばれ‥‥。ドドドドドドド‥‥。口の中に‥‥、ゴクッ。ドドドドドドド‥‥。唇が閉じられ、その瞬間! ズギャアアアアアァァァァン!

あるいは、漱石の「坊っちゃん」。物語の終盤、赤シャツと野だいこに正義の鉄槌をくらわせようと、山嵐と二人で彼らを待ち伏せした場面。
町外れで、後ろから赤シャツと野だいこに追いつく坊っちゃんと山嵐。気配を察して、野だいこが振り向こうとする。ドドドドドドドド‥‥。振り向く‥‥。ドドドドドドドド‥‥。振り向こうとする表情がクローズアップ‥‥。ドドドドドドドド‥‥。さらにクローズアップ。ドドドドドドドド‥‥。振り向いた野だいこの瞳に映ったのは! ゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥。奇妙な姿勢でポーズをとった、坊っちゃん‥‥!

ドストエフスキー「罪と罰」。ラスコーリニコフの老婆殺害シーン。
荷物の紐をほどこうと明るい窓際の方を向いた老婆。ラスコーリニコフは、服の下に斧を隠し、彼女に近づく。ドドドドドドド‥‥。さらに近づく。ドドドドドドド‥‥。もう一歩‥‥。ドドドドドド‥‥。老婆の後ろ姿が至近距離に。ドドドドドドド‥‥。ラスコーリニコフの表情もクローズアップ。ドドドドドド‥‥。汗が流れ落ちる。ドドドドドドド‥‥。突然、「なんでこんなにからみつけたんだろう!」と、叫んだ老婆が彼の方へ体を動かす。ド、ド、ド、ド。その時! ズキュウゥゥゥゥゥン!

なんだか、ドドドドドドド‥‥ばかりですね。もうちょっと趣向を変えねば。

えーと、太宰治「走れメロス」ではどうでしょう。
「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ」というメロスの右頬を、オラオラオラオラァッ!と、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高く殴ったセリヌンティウス。吹っ飛ぶメロス。口からは血とともに折れた歯が飛ぶ。地響きを立てて大地に激突するメロス。ドッギャャャアアアァァァァンン! 沸き上がる土煙。クローズアップされる足。投げ出された腕。どうなったんだ、メロス! もう立ち上がれないのか!? 気力は残ってないのか!? と、ヒクッ、と指が動く。カッと瞳が開く。口元には、かすかな笑み。フフフフ‥‥ハハハハハハ‥‥。ヨロヨロヨロ、とよろめきつつも、奇妙なポーズをとって立ち上がるメロス。ゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥。

どうやら、何を描いても、全部ジョジョになってしまうようです。
posted by 清太郎 at 00:14| Comment(8) | TrackBack(1) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月12日

五七五にする

最近ちょっと話題になったrsizrというウェブアプリがありますよね。自然なかたちで画像をリサイズできるというもの。人が写った風景写真を横方向に2倍に引き伸ばすと、人間が2倍になってデブになることなく、後ろの風景だけうまく横長になる、とかいうのね。あるいは3人並んで写ってるその真ん中の人だけ切り詰めて2人の写真にしちゃうとか。

これを、文章でも実現できないか。
たとえば、三浦綾子の「塩狩峠」を読んで、「信夫の実直な生き方、そして最後、自分を犠牲にして事故を防いだ、その勇気と意志に感動しました」とかいうてきとうな一文を書く。それを、ジャーン、ここにあります文章リサイザーで読み込みまして、えーと、アウトプットは1200字くらいに設定して、ボタンをクリック! 数秒待つと‥‥、ほーら、てきとうな一行の感想文が自然なかたちで拡大されて、見事、原稿用紙3枚分の立派な読書感想文のできあがり!
というようなことになるとたいへん便利で、有料でも欲しい人はいくらでもいそうだから、どなたか開発するといいと思います。

引き伸ばすだけじゃなくて、縮めてみるのもおもしろい。まあ縮めるといっても限度はあって、いちばん短くて五七五の17文字、日本人におなじみの俳句サイズが妥当でしょう。
どんな長大な小説も、どんな複雑な作品も、この文章リサイザーで読み込んで、ゲージをいちばん左端の17文字のところにセットして、ボタンをクリックすれば、あっという間に、自然なかたちで縮まります。

たとえば、「走れメロス」は、こんな感じになる。
「激怒した 走った 殴った すっぱだか」
最後の5字は「すっぱだか」じゃなくて「抱きあった」ではないか、などという人がいるかもしれないけれど、まあ、そこはそれ、アプリケーションが自動的に処理するのだから、文句をつけてもしかたがない。

同様にして、スタンダール「赤と黒」はこれ。
「結局は 最初の女が いちばんだ」
なんだか身もふたもないなあ。

ジャック・ケルアック「オン・ザ・ロード」はこれ。
「酔って抱いて また出発だ ビートだぜ」

ドストエフスキー「罪と罰」は、
「婆二人 殺して分かった 俺、凡人」

谷崎潤一郎「細雪」は、
「四姉妹 恋に洪水 お見合いやさかい」(字余り)

オースティン「高慢と偏見」。
「エーイもう さっさとくっつけ じれったい」

しかし、こうして五七五にしたところで、まったく使い道がないよね‥‥。200字くらいのあらすじ作成でとどめておいたほうがいいかも。
posted by 清太郎 at 22:33| Comment(3) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月10日

[本]さやかの季節(藤野千夜)

ちょっとした気まぐれで、読んだ本(読んで、なおかつおもしろかった本)の感想(というか紹介)もアップしてみることにしました。これまでは、どうせ書いたところであんまりおもしろくない、という理由で載せてなかったのですが、先日の八方美人男さんのコメントをきっかけに、まあせっかく読んでおもしろかった本をナイショにしておくのももったいないし、おもしろい本は多くの人におすすめしたいし、うーむ、ためしにちょっとやってみるか、という気になりまして。
このブログとは別に「ブクログ」とか「たなぞう」とかを使って感想だけまとめる、というのも考えたのだけれど、面倒で飽きそうだし、考えてみればブログの更新頻度アップにもつながるなあ、という卑しい気持ちもありまして、今後、いつものネタ系コラムの合間合間に、ときどき入れていきたいと思います(ま、1カ月くらいで飽きるかもしれないけど)。なるべく手短にすませますので、どうぞ。
で、第1冊目が、これ。



「少年と少女のポルカ」(講談社)で、男の子がフレアスカートをひらめかせたりして、微妙にふつうじゃない女子と男子を描いて絶品! という印象だった藤野千夜なのだけれど、ここ最近の「主婦と恋愛」(小学館)といい「中等部超能力戦争」(双葉社)といい、いつの間にか、ふつうっぷりも絶品の書き手になっている気がする。
というわけで、「さやかの季節」は、やる気のない、ごくごくふつうの、っていうかちょっとうざい感じの19才女子の暮らしを、これでもか! といわんばかりに、ごくごくふつうに、やる気のない感じで描いた作品。
大学に入学して速攻で男子と付き合い始め、速攻でふられ、入学してからできた友達の反田由香になぐさめてもらい、体育の実技は面倒で、でも卓球でペアを組んだのがきっかけで奥野君と付き合うことになり、恋愛以外に悩みなんてありえなくて、実家のパパはうざいけどペットのシッポナのことはときどき恋しくなって‥‥、というそのふつうっぷりが、はー、悶絶しそうに巧みでステキ。読んだ後になって、未読の「ベジタブルハイツ物語」の続編であることを知り(前作では、さやかはまだ高2)、とりあえず図書館で予約予約。

友達の反田ちゃんが、二の腕がぷるぷるなグラマーで、クールで気風がよくて面倒見がよくて、
《‥‥セミロングの髪をうしろで束ねるように左手でぎゅっと一度掴むと、秋物の茶色いカットソーに包まれた豊満な上半身を軽く揺する。クラスの反田ちゃん好きの男の子たちが間近に見たら、どばっ、と全員鼻血を出してしまいそうな仕種だ。たぶん。》
というあたりも、たまりません。この反田ちゃんに、星5つ。

【こんな人におすすめ】
・大柄でアネゴ肌の女子が好き
・彼女あるいは妻のわがままにいつも振り回されている(恋人の奥野君の気持ちがよくわかります)
・女子なんて意味不明だと思ってる中学生男子(でも、読めばさらに謎は深まります)
posted by 清太郎 at 21:09| Comment(2) | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月08日

池澤夏樹個人編集「世界文学全集」に対抗する

池澤夏樹による個人編集「世界文学全集」(河出書房新社)が、いよいよ明日9日、刊行開始です。第1回配本は、ジャック・ケルアック「オン・ザ・ロード」。
(なんとも役に立たないことに、最近「池澤夏樹 世界文学全集」でググるとこのブログがトップに来ていたのですが、出版社の公式HPも用意されたことだし、近々それも解消されることでしょう。)

ドストエフスキーがちょっとしたブームになったり「人間失格」が売れたりして、いわゆるハードな純文学が注目されている今、この全集が果たしてどれだけ当たるのか‥‥。出版界では、おおむね好感をもって受け止められているように思いますが、しかし、エエイ、歯がゆい。
各出版社は、この好機に、何を傍観してるのか。これが好調ならいずれ柳の下の二匹目でも狙おうか、とでも思っているのか。ふがいない。もう半年も前にラインナップは発表されてたんだから、そこに真っ正面からぶち当たるセレクトで、ガチンコ勝負を挑む! そんな新たな全集企画のひとつやふたつ、登場していてもいいではないか。誰もそんな気概を、チャレンジ精神を持ちあわせておらぬのか!

と、にわかに興奮してきてしまったので、唐突ながら、池澤夏樹個人編集「世界文学全集」に対して、たったひとりで立ち向かってみることにしました。題して、対池澤夏樹個人編集世界文学全集用「日本文学全集」全24巻です。

【第1巻】
[池澤]オン・ザ・ロード(ケルアック)

若者二人、ニューヨークからメキシコまでの自由な旅。スピード、セックス、モダン・ジャズそしてマリファナ‥‥。ビートジェネレーションを代表する記念碑的名作。
って、何チャラチャラしてるんだ! スピード、セックス、ジャズにマリファナって、オイ、コラ、日本人なら、もっと地味、地道、堅実だろうが! それに、オン・ザ・ロードとかいって、乗るな! 脇によけろ! 日本人なら、路上じゃない、謙虚に、道ばたを歩け!
ということで、
[対抗]路傍の石(山本有三)

【第2巻】
[池澤]楽園への道(バルガス=リョサ)

画家ゴーギャンと、革命家だった祖母。ユートピアを求め続けた二人の激動の生涯を、壮大な物語として展開。
何が楽園だ! 何がユートピアだ! 日本人なら、求めるものは極楽に決まってるではないか! 往生極楽、これぞ正しい道だ! 念仏唱えろ!
ということで、
[対抗]往生要集(源信)
現代の読み手にもわかりやすい詳細な脚注付きで。(みうらじゅんあたりがいいかな。もちろんイラスト入り。)
「楽園への道」のタイトルに関連して、「牛への道」(宮沢章夫)や「天国が降ってくる」(島田雅彦)などでもいいかもしれないけど、インパクトは「往生要集」のほうが上でしょう。

【第3巻】
[池澤]存在の耐えられない軽さ(クンデラ)

「プラハの春」とその凋落の時代を背景に、四人の男女が織りなす性愛劇。派手なストーリーに、人生についてのしみじみと深い省察が隠れている。
ここは、タイトルの語感的にも、また内容的にも、ぶつけるのはこれに決まりでしょう。
[対抗]限りなく透明に近いブルー(村上龍)
米軍基地に近い原色の街を舞台に、日常的にくり返される麻薬とセックスの宴。とかいって、なんだか第1巻で主張したことと正反対なんですけど。ま、いっか、人生いろいろだ。

【第4巻】
[池澤]太平洋の防波堤/愛人(デュラス)
    悲しみよこんにちは(サガン)

そっちが太平洋なら、こっちは日本海だ! ということで、「太平洋の防波堤」に対抗するのは足立倫行の絶品ルポタージュ「日本海のイカ」に即決。うまいことに、足立倫行には「愛人」対策にもピッタリの一冊もありました。
一方の「悲しみよこんにちは」に対しては、「さようなら」っぽいものをぶつけたい。「ひげよ、さらば」(上野瞭)なども考えられるけれど、足立倫行とのつりあいを考えると、ノンフィクションとかそっち系で決めたい。
ってことで、
[対抗]日本海のイカ/アダルトな人びと(足立倫行)
    さらば国分寺書店のオババ(椎名誠)


【第5巻】
[池澤]巨匠とマルガリータ(ブルガーコフ)

文芸誌編集長の轢死を予告した魔術師が引き起こす奇怪な事件の数々。精神病院に収容されていた巨匠は愛人マルガリータに救出され、巨匠の書いたイエスの物語が、灰の中から甦る。
そっちが巨匠なら、こっちは開祖さまだ! そっちがイエスさまなら、こっちは親鸞上人だ! 仏教パワーで粉砕だ! ということで、
[対抗]出家とその弟子(倉田百三)
とも思ったのだけど、「巨匠とマルガリータ」の過剰さ、みなぎるエネルギーに比べると、どうしても弱そうに見えるので、変更。もっときわどいところで攻めます。
[対抗]説教師カニバットと百人の危ない美女(笙野頼子)
マルガリータひとりに対して、百人の危ない美女がいるわけで、これなら物量でも勝る!

【第6巻】
[池澤]暗夜(残雪)
    戦争の悲しみ(バオ・ニン)

人語を話す猿がいるという猿山への道、明けることのない闇夜に繰り広げられる出来事を描いた「暗夜」、ベトナム戦争の哀切と凄惨さを内側から描ききった「戦争の悲しみ」。
何が「明けることのない闇夜」だ! こっちだって、暗夜の中くらい、突き進んでやるわい! これでどうだ! と、月並みな選択ですが、志賀直哉の「暗夜行路」。これとのカップリングを考えると、やっぱり白樺派がいちばんだよねえ。ってことで、
[対抗]暗夜行路(志賀直哉)
    生まれ出づる悩み(有島武郎)

ちょっと弱いかな?

【第7巻】
[池澤]ハワーズ・エンド(フォースター)

郊外の別邸ハワーズ・エンドをめぐり、教養志向の強いドイツ系の進歩的な姉妹とイギリスの保守的なブルジョワ家庭の人々の交流を丹念に描き、かけ離れた人間の距離を近づけ結びつけることは可能かを問う静かな人生の物語。
ここはやはり、別荘名タイトルの作品で対抗したい。と思ったのだけど、「十角館の殺人」(綾辻行人)とか、その手のものしか思いつかない。うーん、別荘じゃないけど、思いきって「めぞん一刻」なんてどうだ! 四谷さんとか一の瀬さんとか、かなり異文化の人たちが親しく付きあってるぞ! 理知的ドイツ人とブルジョワイギリス人どころじゃないぞ! と思ったけど、そうだ、これがありました。
[対抗]海神別荘(泉鏡花)
まさに、理知的ドイツ人とブルジョワイギリス人どころではない、人間と魔物との間の切ない愛だ! ま、でも、海神別荘とかいいつつ、別荘の名前じゃないんだけどね。

【第8巻】
[池澤]アフリカの日々(ディネーセン)
    やし酒飲み(チュツオーラ)

北欧の貴族社会を捨て、ケニアのコーヒー農場で女主人として生きた18年。自らの経験から描かれる数奇な運命の物語「アフリカの日々」と、やし酒を飲むことしか取り柄のない男が、死んだやし酒づくりの名人を連れ戻しに死者の町へ旅立つ「やし酒飲み」。
アフリカつながりの2作に、何をもって対抗すべきか。「アフリカの日々」には、‥‥「日々」ときたら、やっぱ、これでしょ。司馬遼太郎の「世に棲む日々」。松蔭先生と高杉晋作の「運命の物語」は、ディネーセンの100倍くらい数奇です。
これとカップリングするとなると‥‥、ヤシつながりで「椰子・椰子」(川上弘美)、あるいは酒飲みつながりで「今夜、すべてのバーで」(中島らも)では、なんだかアンバランスだし‥‥。やっぱり、司馬遼太郎と並べるには、この人しかいないか。お酒だけじゃないけど、食べ物方面で。
ってことで、
[対抗]世に棲む日々(司馬遼太郎)
    散歩のとき何か食べたくなって(池波正太郎)


【第9巻】
[池澤]アブロサム、アブロサム!(フォークナー)

これ、まだ迷い中。タイトルからいえばアルフレッド・ベスターの「虎よ、虎よ!」がぴったりなんだけど、日本人じゃないし。
読んだことないけど、「南北戦争の時代、西ヴァージニアに生まれたサトペンは、自ら荘園主になって子孫の繁栄を計画し、冷酷な方法で実行に移していく」という筋立て、聖書に出てくるダビデの息子への呼びかけからとったタイトルからして、親子もの・血族ものの作品。ここは思いきって、フォークナーばりに重厚なのをぶつけるのはあきらめて、フェイントでうまくかわしては、どうか。
[対抗]二十四孝〜落語特選〜
「二十四孝」や「子別れ」など孝行・不孝ものをはじめとする24席を、志ん生、円生から志ん朝、談志、小朝まで選りすぐりの噺家24人が披露!
しかし、フェイントでかわしては、「真っ正面からガチンコ勝負」の刊行意図に反するのか。ま、いっや。

【第10巻】
[池澤]アデン、アラビア(ニザン)
    名誉の戦場(ルオー)

はー、そろそろ飽きてきました。読んでいるかたも疲れてきたことでしょう。えーと、「アデン、アラビア」ですか。読点で場所をつないだタイトルだけでいえば、「国境の南、太陽の西」(村上春樹)かな。日本文学全集で村上春樹をはずすわけにはいかないだろうし。で、それとカップリングできて、「名誉の戦場」にぶつけられるとなると、えーと、戦場、戦闘、戦争? 阿部和重「ABC戦争」? いや、でも、「名誉」のほうも勘案しないといけないから、えーと、えーと‥‥。
[対抗]国境の南、太陽の西(村上春樹)
    パンク侍、斬られて候(町田康)

うーん、なんだか煮え切らない。

【第11巻】
[池澤]鉄の時代(クッツェー)

鉄の時代、テツの時代、鉄道マニアの時代‥‥。エエイ、こんな感じでいいや!
[対抗]鉄道文学傑作選
「特別阿房列車」(内田百ケン)を筆頭に、「時刻表2万キロ」(宮脇俊三)、「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)など鉄道随筆・鉄道小説の精髄を一冊に!

【第12巻】
[池澤]アルトゥーロの島(モランテ)
    モンテ・フェルモの丘の家(ギンズブルク)

エエイ、島と家なら、この組み合わせでどうだ! 文句あるか!
[対抗]パノラマ島奇譚(江戸川乱歩)
    病院坂の首縊りの家(横溝正史)


はー、これでようやく第I期がおしまい。正面切ってのガチンコ勝負を挑んできましたが‥‥、ここまでのところ、戦績は、どうでしょう、3勝8敗1分くらいかなあ(弱気)。
まだ後半第II期12冊が残ってますが‥‥、えーと、まあ、ほら、池澤夏樹のだって、売れ行きによっては、第II期は未刊行のまま中断ってことも、ありえなくもないし‥‥、まあ、その、いずれ‥‥(尻すぼみ)。
posted by 清太郎 at 23:02| Comment(8) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月07日

実はゲイでした

「ハリー・ポッター」のダンブルドアが「実はゲイでした」というのが先日作者によって明らかにされたわけですが、まあ考えてみれば、ダンブルドアがゲイであろうとストレート(というのかしら? 政治的にあまり正しくない言葉のような気がするけど)であろうと、話の大筋にはあまり関係がありませんよね。もちろん、ファンの中には、先日の発表以来、
「ダンブルドアのことが、もう、気になっちゃって、気になっちゃって、僕、どうしたら‥‥」
という人もいるでしょうが、たとえば「実はロンがゲイでした」なんてことに比べれば、微々たるものです(注・ハリポタは1巻しか読んでないので、このあたり憶測でてきとうなこと言ってます)。
それに、同じ老魔法使いでも、これが「指輪物語」のガンダルフが「実はゲイでした」ってことだったら(by 未森さん)、えっ、えっ、そそそそうだったの!? ってことは、旅の仲間とかいいながら、じじじ実は、下心ありあり!? もしかして、フロド狙い? と、読者はおそらくかなり動揺してしまうことでしょう。

ってことで、例の通り、「実はゲイでした」という裏設定が明らかになったらイヤだなあ、という作品をちょっと考えてみました。


川端康成「雪国」
主人公の島村は、実はゲイでした。
国境の長いトンネルを抜けて雪国に行って、芸者の駒子との関係を深めていたかに見える島村が実はゲイとなると、駒子との関係は男女の仲ではなさそうですね。これまでずっと押し隠してきた、なのに旅先で、ふとしたはずみにもらしてしまった、自分がゲイであるという事実。だが、相手の芸者・駒子は、気味悪がることもなく、無視することもなく、親身になって自分の告白を聞いてくれた。子ども時代からのつらい思いや、今あこがれている男性のこと、愛のない結婚生活のことなどについて、訥々と語る島村と聞き手の駒子の間には、何かしら連帯感のような厚い友情が育っていったのだった‥‥。
そして、クライマックス。目の前で燃え上がる炎。2階から落ちながらも一命を取り留めた葉子(駒子の妹です)。命のはかなさ、あやうさを悟った島村は、心に固く誓うのだった。一回限りの生、このまま真実を隠したまま生きていくのはやめよう、東京へ帰ったら、カミングアウトしよう‥‥。さあと音を立てて天の河が流れ落ちるように、その思いは島村の体と心を突き抜けたのだった。
‥‥って、なんだかこれはこれで、ありのような気もするんだけど、いや、こんなの「雪国」じゃないから。

ジェーン・オースティン「高慢と偏見」
ダーシーとビングリーが、どちらも実はゲイでした。
ヒロインのリジーと結ばれる、高慢だけど本当は心やさしいダーシー、リジーの姉ジェーン(「無垢で世間知らずでほわーんとしていて、見た感じちょっとオツムのほうがトロそうで、それでいてカラダのほうはけっこうムチムチでボインボインだったりして、見ていてハラハラしちゃうのだけど、実はわりとしっかり者で面倒見がよい保母さんタイプの年上のお姉さん」キャラです)と結ばれる爽やか青年ビングリー。いつも一緒で親友どうしに見えるふたりが実はゲイってことは、当然、実は付き合ってるってこと!? つまり、リジーおよびジェーンとの結婚は、カモフラ婚!? そちらの方面には疎いベネット姉妹は、体よく利用されてるだけ!? ダーシーとビングリー、非道すぎ! 鬼畜!

井伏鱒二「山椒魚」
岩屋に閉じ込められた山椒魚は、実はゲイでした。
ということになると、同じ岩屋に蛙を閉じ込めてしまったことが、なんだか途端にエッチっぽく見えてくるんですけど。そのまま2年経っちゃったりして、その間、何があったんですか!? 蛙も最後には「今でもべつにお前のことをおこってはいないんだ。」とか何とか言っちゃったりなんかして、それって、つまり、最初は無理矢理でイヤだとか言っておきながら実は案外キライじゃないかも的展開!? そんなベタな小説だったんですか、これは?

佐野洋子「100万回生きたねこ」
100万回生きた猫は、実はゲイでした。
100万回生き、100万回死んで、最後に白猫と幸せな家族をつくって本当の愛を知ったかに思えたあの猫が、実は最後までゲイであることをカミングアウトできない哀れな猫だった、ってことですか! 白猫との結婚は、やっぱりカモフラ婚!? 不幸な結婚生活だったけど、建前を押し通したの? あるいは、よそでゲイの恋人猫と浮気をしていて、絵本の中では発表できない不倫だったけど真実の愛をそこで見出し、それで幸せになれたってこと? 100万回生きた挙句、最後がそれでいいんかい! っていうか、白猫の立場は!? 

椋鳩十「大造じいさんとガン」
大造じいさんは、実はゲイでした。
時代が時代だけに、カミングアウトもままならず、真実の愛を得ることもなく老いを迎えた大造じいさん。今は悩み多き街なかを離れ、ひとり里山で暮らしている。
そんな大造じいさんがあるとき出会ったのが、ガンの残雪であった。鳥であるとはいえ、群を率いるリーダーとしての風格、立派な風貌、毅然とした態度、しなやかな羽のはばたき、艶やかな羽毛に、いつしか大造じいさんは、男として、男を愛する男として、ある特別な感情を抱くようになっていたのだった‥‥、ということですか! 怪我を負った残雪を庇護したのも、そういうヨコシマな理由からだったんですか! やだー、エッチー。もう、大造じいさん、ゲンメツー。

うーん、こうしていろいろ考えてみると、やっぱり小説のキャラが「実はゲイでした」っていうのは、軽はずみにカミングアウトすべきではないかもしれません‥‥。
posted by 清太郎 at 08:33| Comment(7) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月04日

図書館のこびと

みんなは、図書館のこびとさんのこと、知ってますか?
みんながいつも使っている図書館には、小さな小さなこびとさんが、住んでいるんだよ。夜、図書館のおねえさんやおじさん(司書さん、っていいます)が、本を整理しながら、つかれて寝ちゃったりすると、本棚のかげから、小さな小さなこびとさんが、あっちからも、こっちからも、こっそり顔を出します。
そうして、
「司書さん、寝ちゃった?」
「寝ちゃったよ」
「寝ちゃったね」
と、小さな小さな声で話しながら、あっちからも、こっちからも集まってきて、ちらばった本をみんなで持ち上げて、
「よいしょ」
「よいしょ」
と、小さな小さなかけ声とともに、いっしょうけんめい、本棚に戻すんだよ。
朝になって、チュン、チュン、とスズメがなく声に目がさめた司書さんは、
「あれ? 本がぜんぶかたづいている。こびとさんが、かたづけてくれたのかしら」
と、ほっくり、あたたかな気持ちになる。みんなも、図書館の本棚を、よく見てごらん。たとえば、荻野アンナの本が、「は」の棚にあったら、それはたぶん、図書館のこびとさんのしわざです。図書館のこびとさんは、図書館に住んでいるけれど、あまりむずかしい字は、読めないんだよ。

図書館のこびとさんは、ふだん、どこにいるんだろう? 本の後ろかな? 本棚の上かな? みんなは、そう思うかもしれない。でも、違います。図書館のこびとさんは、本の中にいるんだよ。
本の中に、といっても、ページとページの間では、ありません。そんな、押し花みたいな、ペラペラの生きものなんて、いるわけがないよね。
図書館には、いっぱい、いっぱい、本があるので、中には、最後にだれかが借りてから、もう何年も、何十年もたつような、古い古い本もあります。図書館のこびとさんたちは、だれも手に取らない、そんな古い古い本の中身を、ちょっとだけ、こっそりくりぬいて、小さな小さなお部屋をつくっているんだよ。
みんなも、もしかしたら、図書館にある古い古い本をたまたま開いて、その中にいる小さな小さなこびとさんを、見つけちゃうことがあるかもしれないね。
昼の間は、
「すーう、すーう」
と小さな小さな寝息をたてながら、図書館のこびとさんは、本の中で、寝ています。けっして、指でつまみ出したり、大きな声を上げたりして、起こしては、いけないよ。みんなも、夜、寝ているときに、だれかにいきなりたたき起こされたりしたら、いやだよね。それに、いきなり起こされたこびとさんが、びっくりして本から飛び出して、そのまま図書館の外へ逃げていって、もどってこなくなるかもしれない。そっと本を閉じて、元あったところに、そっともどしておくといいね。

図書館のこびとさんは、ふだん、何を食べているんだろう? 本の中に出てくるごちそうかな? 本が好きな子どもたちの、澄んだ心のかけらかな? それとも、何も食べないで生きていけるのかな? みんなは、そう思うかもしれない。でも、違います。小さな小さなこびとさんだけど、図書館のこびとさんだって、みんなと同じように、何かを食べないと、生きていけないんだよ。本の中のごちそうなんて、食べられるわけ、ないよね。それに、本が好きな子どもたちの、澄んだ心のかけらって、ププッ、いまどき、そんなメルヘンなこと、ありえません。
図書館のこびとさんたちは、本を食べてるんです。もちろん、小さな小さなこびとさんだから、食べるのは、ほんの少しです。ページのすみをちょっとだけ、
「この本、おいしいね」
「おいしいね」
「こっちの本も、おいしいよ」
「おいしいよ」
と、小さな小さな声で話しながら、食べているんだよ。みんなも、図書館の本を開いて、ページのすみがちぎれているのを、見つけることがあるんじゃないかな。それは、図書館のこびとさんたちの食事のあとかもしれないね。

みんなは、図書館のこびとさんたちにいじわるをする、悪いおとなのことを、知ってますか? 世の中には、いっぱい、いっぱい人間がいるので、中には、図書館のこびとさんをいじめてやろう、という悪いおとなもいるんだよ。
その悪いおとなは、どうやって図書館のこびとさんをいじめるのだろう。図書館の本をやぶったり切り取ったりすることかな? ペンで書きこみをすることかな? みんなは、そう思うかもしれない。そう、もちろん、そんなことをしたら、図書館のこびとさんたちは、いやがります。でも、世の中には、もっともっと、いじわるなおとながいるんです。
みんなには信じられないかもしれないけれど、その悪いおとなは、自分のひげをプチン、プチンと抜いて、図書館の本の中に、並べておく。太くて短くてきたないひげを、どのページにも1本ずつ、はさみこんでおくんだよ。
図書館のこびとさんが、ごはんを食べよう、と思って、そんな本を、
「よいしょ」
「よいしょ」
と開いちゃったら、どうなるだろう。
「きゃっ」
「きゃっ」
と小さな小さな悲鳴をあげて、目を回してしまうかもしれない。一度そんなことがあると、ごはんのために本を開くたびに、
「今日の本にはひげが入ってないかな」
「入ってないかな」
「心配だね」
「心配だよ」
と、不安な気持ちになってしまうよね。せっかくのごはんも、ぜんぜんおいしくありません。図書館のこびとさんたちは、食欲がなくなって、やせほそっていって、病気になってしまうかもしれない。
みんなも、図書館にいるおとなを、よく見てごらん。ものかげで、自分のひげを、プチン、プチンと抜いてるおとながいたら、それは、図書館のこびとさんをいじめる悪いおとなです。司書さんに言いつけて、おっぱらってもらおうね。

‥‥というようなことを、先月報じられていたニュースを見て以来、考えてます。札幌市の北広島図書館であったことで、10月16日付の北海道新聞のニュース。

《市図書館(中央六)で貸し出している本から、男性のひげが複数のページに挟み込まれている本が相次いで見つかっている。昨夏からこれまでに約六十冊を確認。中には、ほぼ全ページにひげがついていた文庫本もあった。同館では「他の利用者に不快な思いをさせるのでやめてほしい」と話している。
同図書館によると、“ひげ被害”は昨年夏、利用者からの苦情で発覚した。ひげの長さは数ミリで白髪交じり。本を読みながら無精ひげを抜き、ページの上に落としたとみられるが、規則正しく並べられているものもあった。外国の文学や推理小説の文庫本から多く見つかっている。》

利用者のマナーの低下がさいきんよく問題になってますが、それにしても、ひげって、いったい‥‥。
タグ:図書館
posted by 清太郎 at 09:58| Comment(8) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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