2007年09月28日

あなたの本棚の中身

さいきん流行っているという「相関図ジェネレータ」をネタにコラムを書こうと思ったら、大人気でアクセスが集中してるみたいで、ぜんぜんつながらないのね。がっかり。
しかたがないので、去年の春ごろ(もうそんなに前のことなのね)流行った「成分解析」をもとにした占い作成サイトで、こんなのをつくってみました。(自分でプログラムが書けるとよかったのだけど。)

あなたの本棚の中身

どうぞお試しください。ちなみに私の本棚の場合、

清太郎さんの本棚の52%は池波正太郎です。
清太郎さんの本棚の27%はジョジョの奇妙な冒険です。
清太郎さんの本棚の14%は月刊「女教師ツーウェイ」のバックナンバーです。
清太郎さんの本棚の7%は本のかたちをしたお弁当箱です。

でした。微妙。
posted by 清太郎 at 22:02| Comment(18) | TrackBack(1) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月27日

女教師ツーウェイ

Amazonの「本」コーナーのトップページには、その日発売の雑誌が一覧で掲載されています。
ふーん、今日は「相撲」と「大相撲」の発売日か‥‥、などと思いつつ、さっき「9/27発売の雑誌」を見ていたら、こんなのがありました。
「女教師ツーウェイ 11月号」

‥‥「女教師」で「ツーウェイ」って、えっ、えっ、眼鏡に白ブラウスに黒のタイトスカートのふだんはクールな女教師が、放課後の教室で、教え子のタカシくんとケンジくんの2人を相手に、わっ、そんな、ダメです、そんなこと教えちゃ‥‥、などとポワポワポワンと想像し、いや、でもこんなのが月刊誌だなんてありえないよね、マニアックすぎる、「相撲界」増刊ボーイズラブ号よりもありえない、と思いつつリンク先を見たら、
「ガンバる女教師のための双方向実践情報誌」
でした。‥‥残念。

ちなみに、11月号の特集は、「子どもをその気にさせる気合いの入れ方―タイミング・文言・発生の場面別スキル」。目次をよく見ると、
・算数の授業―赤鉛筆・定規を使わない、ノートが雑な子への気合の入れ方
・音楽の授業―歌わない子への気合の入れ方
・体育の授業―協力できない子への気合の入れ方
なんて項目が並んでいて、ちょっぴりコワイです。
ほかに連載コーナーとして、
・あの頃は若かった―ベテラン教師の若いとき
・女子学生ただいま教師修業中―服装や仕草も修業中
・女教師はまたまた見た
なんていうのがあって、微妙に萌え。

しかし当然のことながら、
・ユミコ先生の職場恋愛相談室
・連載マンガ「帰ってきたスーパー女教師モモコ」
・小特集「運動会までに差をつける! 短期集中・足ヤセダイエット」
・小特集「父兄参観日で、イケメンパパを悩殺! 必勝メイク&ファッション」
といった企画は見当たりませんでした。再び残念。
posted by 清太郎 at 15:56| Comment(6) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月21日

本棚カラフル化

以前のコラムで、「スタイリッシュなインテリアは、本質的に、本とは相容れません」と書きました。どんなにステキな部屋でも、そこに置かれた本棚に本がぎっしり詰まっていたら、それだけでインテリアは台なしです、と。

ところが、このインテリアと本の相反問題に対するきわめて有効な解決案があることがわかったので、ここで報告します。どういうアイデアなのかは、写真を見れば、一目瞭然。背表紙の色で整理して、なおかつグラデーションをつけるわけです。むはあ、美しい。

color.organizing

詳しくは、こちらをご覧ください。シンプルな白いリビングで、でも本棚だけこんなにカラフルだったら、眺めるだけでもウットリしちゃいそう。(もっとも、カラフルだろうと何だろうと、本がぎっしり詰まっている本棚ならば、それだけでウットリしちゃうんだけど。)
さらにリンクをたどると、2万冊の本をこうした色ごとに分けたサンフランシスコの本屋さんも紹介されていて、大興奮です(アーティストによる期間限定のもので、今はもうないみたいだけど)。

ただし、これ、実際に自分の本棚に応用しようとすると、どうか。勘所はグラデーションの妙だろうから、まったく同じ色の背表紙がたくさん並んではつまらない(たとえばハヤカワSF文庫の水色だけが何十冊とか)。1冊1冊の背表紙は原則的に単色あるいはそれに近い必要がありますから、岩波文庫みたいにパッキリ上下2色にわかれている本では都合が悪い。本体の背表紙とは色違いの帯は全部はずさないといけない。

となると、このカラフル本棚をつくるためには、持っている本のおおかたは除外しないといけないわけで‥‥、うーん、やっぱり、インテリアと相容れる「見せ本棚」とは別に、ごちゃごちゃに本が詰まった本棚を別室に持たないといけないみたいですね。
ともあれ、楽しそうなので、そのうち本棚2、3段分くらいの規模で実験してみたいです。
posted by 清太郎 at 11:38| Comment(8) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月20日

人間☆失格

この夏、「らき☆すた」というアニメが人気だったそうです。どんなアニメなのかについては、まあ知りたければググっていただくとして、ここで注目したいのは、「らき☆すた」の中の、「らき」でも「すた」でもない、「☆」の部分です。
これまで「つのだ☆ひろ」と「劇団☆新感線」と「漫☆画太郎」あたりでしか見ることのなかった「☆」が、ここにきて、いきなり赤丸急上昇!なのです。今までだったら、まあたとえば、山田タカシさんという人が、
「山田☆タカシ」
などと名乗ろうとすると、
「『つのだ☆ひろ』みたいでダサイ」
といわれるのがオチでした。それが今や、
「『らき☆すた』みたいでカワイイ」
ということになってるのです(たぶん)。

この「☆」、こうしてあらためて使ってみると、なかなか具合がいいですね。「@」やハートマークと違って、発音しないし、意味もないから邪魔にならないけれど、一拍分の「ため」ができて言葉に表情がつけられる。見た目もアクセサリーっぽくて素敵です(「つのだ☆ひろ」がダサく見えたのは、「つのだ」と「ひろ」の組み合わせが悪かったのでしょう)。
せっかくなので、われらが本業界も、ブームが過ぎ去る前に、ぜひとも「☆」を取り入れたいものです。
たとえば、この夏、集英社文庫版が話題になった太宰治の「人間失格」。タイトルに「☆」を入れて、
「人間☆失格」
にすれば、中高生にもさらに手に取りやすくなるでしょう。「人間失格」だけでなく、
「走れ☆メロス」
「舞☆姫」
「たけ☆くらべ」
「好色☆一代男」
「白☆鯨」
「失われた☆時を求めて」
「こ☆こ☆ろ」
「☆」を入れるだけで、アラ不思議、どんな作品もキュートに生まれ変わります。

有名なわりにはあまり読まれていない川端康成「雪国」も、
「雪☆国」
とするだけで、何やらワクワクする楽しい小説のように思えてきます。ついでに作者名にも「☆」を入れると、
川端☆康成「雪☆国」
いかにも親しみやすそうですね。
ただし、タイトルだけ「☆」でかわいくしても、中身がこれまでと変わらないのでは、意味がありません。本文にもぞんぶんに「☆」をちりばめたいものです。たとえば‥‥。

 国境の長い☆トンネルを抜けると雪☆国であった。夜の底が☆白くなった。信号☆所に汽☆車が止まった。
 向側の座☆席から娘が立って来て、島☆村の前のガラス☆窓を落とした。雪の☆冷気が流れ込んだ。娘は窓いっぱい☆に乗り出して、遠くへ叫ぶように、
「駅☆長さあん、駅☆長さあん」
 明☆かりをさげてゆっくり雪を☆踏んで来た男は襟☆巻で鼻の上☆まで包み、耳に帽☆子の毛皮を垂れていた。
 もうそんな寒さかと島☆村は外を眺めると、鉄☆道の官☆舎らしいバ☆ラックが山裾に寒々☆と散らばっているだけで、雪の☆色はそこまで行かぬうちに闇☆に呑まれていた。
「駅☆長さん、私です☆、御☆機嫌よろしゅう☆ございます」
「ああ☆、葉☆子さんじゃないか。お帰り☆かい。また☆寒くなったよ」

なんとなく、
「あの名作が、21世紀によみがえった!」
みたいな雰囲気になってる気がするんですけど、どうでしょうか。
posted by 清太郎 at 13:16| Comment(10) | TrackBack(1) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月19日

読ハラQ&A

【Q】すみません、こんなことをここでご相談するのは場違いかもしれませんが、他に相談するところが思いつかないので、お願いします。
あたしは、ある製造業の会社で、事務をしている23歳OLです。短大卒で、入社して3年目です。仕事はそんなに難しいものではありませんが、残業も少ないし、それなりにやりがいのある仕事だと思っています。
悩んでいるのは、この春から上司になったAさんについてです。Aさんは読書が趣味で、いつも何か本を読んでいるのですが、さいきん、あたしに、本を読むように言うんです。最初、
「キミも少しは本を読みなさい、これ貸してあげるから」
と夏目漱石の「坊っちゃん」という本を渡されました。今思えば、このとききっぱり断っておけばよかったのですが、上司の言うことだし、職場の空気を悪くするのもどうかと思ったので、本を受け取って、読みました。「坊っちゃん」って、高校の国語の教科書に出てきたような気がしますが、あれだけで終わりの話だと思ってたのに、すごく長いんですね。出てくる言葉も古くて難しいし、読み終わるのに、半月くらいかかりました。
そのあと、「こころ」やら「博士の愛した数式」やら「東京タワー」やら、読み終えるたびに、次々に本を渡されて‥‥。せっかくの週末が、本を読むことでつぶれてしまいます。思い余って、「もう、貸していただかなくてもけっこうなんですけど‥‥」と言うと、「そろそろキミの昇給も考えていたんだがねえ、本を読まないとなると、ちょっと‥‥」と、暗にあたしの待遇のことをチラつかせるので、読まないわけにはいきません。
読書を強要するだけじゃなくて、昼休み中などに自席でこれ見よがしに本を広げて、気に入った一節を朗読したりもするんです。職場の周りの人は、そんなAさんの態度を黙認しているようで、何も口出ししません。
彼氏にも相談してみたんですが、
「何言ってるんだ。社会に出たら、そのくらい当たり前だろ。こういうときのために、小中学校の時に読書感想文の宿題をやったんだから」
と逆に説教されてしまいました。本当にそうなんでしょうか。あたしの方が間違っているんでしょうか。もう、彼に対しても疑心暗鬼です。
先日は、なんと、Aさんから、「最近、これが話題なんだよ」と、ドスフスキー?ドストスキー?の「カラーゾマの兄弟」とかいうのを渡されました。1巻とか書いてあって、これ、ぜんぶで5巻くらいあるらしいんですよ! 信じられます!? 「NANA」とか、マンガじゃないんですよ。
もう、どうしたらいいか、わかりません。転職も考えてるんですが、今の仕事自体は辞めたくないし、それに彼の言うことが本当だとすると、転職したところで、また同じようなことになるかもしれないし‥‥。
何か、いい解決策はありませんか。アドバイスよろしくお願いします。

【A】それは典型的な「読ハラ(読書ハラスメント)」ですね。今までよく堪えてこられましたね。さぞかし、つらかったことでしょう。あなたのような悩みを抱えているかたは、全国に大勢います。ただ、申し訳ないのですが、私は専門家ではないので、的確なアドバイスができそうにありません。お住まいの市町村に、おそらく無料の「読ハラ相談係」が設置されていると思いますので、そちらに一度電話されてみてはどうでしょうか。
私からひとつ提案できるとすれば(っていうか、一般によくおこなわれている方法なんですが)、「逆読ハラ」をする、という手があります。できるだけキラキラした瞳でAさんをまっすぐ見つめて、
「たまには、わたしから本をお貸ししますね。これ、このまえ読んで、すっごく感動したんです。ぜひとも読んでください!」
と言いながら、
・大川隆法『復活の法』(幸福の科学出版)
・池田大作『勝利の光』(聖教新聞社出版局)
といった本を渡してみましょう。本を受け取る・受け取らないにかかわらず、Aさんからあまり声がかからなくなるはずです。痴漢防止のために男性用のパンツを干しておくようなものです。(もっとも、失敗して、「『復活の法』いいよねー! よーし、今夜は一緒に、大川総裁について大いに語ろう!」ということになるかもしれませんが。)

それはそうと、彼氏とは、即刻別れた方がいいと思います。
posted by 清太郎 at 15:14| Comment(9) | TrackBack(1) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月12日

こんどは小沢×安倍

安倍晋三がいきなり首相辞任しちゃったんですね。びっくり。さっき知りました。
先日と同じネタで申し訳ないのですが、ホットな時々ネタということで、ひとつ。
辞任理由のひとつに、「民主党の小沢代表が党首会談に応じてくれないから」というのが挙げられてるそうなんですが、これをネタにして、あちらの方面では、
「小沢×安倍」本
というのが、出てくるのでしょうか。
「イチ(注・小沢一郎のことです)、キミがそんなに僕のことを拒むのなら、僕、僕、もう‥‥」
とかいうのね。
お互い、敵対する党の代表となり、会うこともままならなくなったイチとシン(注・安倍晋三のことです)。ふたりだけの濃密な時間をつくりたかったシンと、おおやけの場でシンのことを言葉でいたぶりたかったイチ。お互いの愛情の微妙なすれ違いが、ついに‥‥!
ということで、でも結末は、
「僕、もう首相でも党首でもなくなったから、いつでも会えるよね」
なんてラブラブなハッピーエンドだったりして。

うーむ、突然の首相辞任で内外大混乱のこのさなかに、そんなことを想像して楽しむのは、よくないと思います。自重しましょう。
posted by 清太郎 at 16:16| Comment(8) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月11日

ソニーの「Rolly」って‥‥

ソニーから、サウンドエンターテインメントプレーヤー「Rolly(ローリー)」という商品が発売されるそうです。両脇にフタがついた卵みたいなかたちをしたオーディオプレーヤーで、音楽を再生すると、「その音楽に合わせて各可動部やサイドランプを制御することで、ダンスをしているような動きと光の表現」をするそうです。

実売価格4万円前後とかで、かなり微妙な商品だと思うのだけれど(ヒトとか犬のかたちならともかく、卵じゃあねえ)、これでオーディオブックを再生したら、どうなるのかしら。「坊っちゃん」なのに妙に官能的な動きとか、あるいは「春琴抄」なのにやたらコミカルにチャッチャカ動いたり、そういうことにならないだろうか。発売は9月29日なのだそうですが、買ったらぜひ試してみてください。

っていうか、こんな卵形なんかじゃなくて、ズバリ、セーラー服姿の美少女フィギュア形で、
「オーディオブック再生にピッタリ! 文学少女型携帯オーディオプレーヤー〈詩織〉 声質カスタマイズ機能付き あの文学作品をお好みの声で再生しよう!」
などというほうが、よほど素敵だと思うのですが。(あ、でも、そうなると、CLAMPの「ちょびっツ」みたいになっちゃうのか。)
posted by 清太郎 at 15:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月07日

「注文の多い料理店」はなぜ失敗したか

周知のように、宮沢賢治の「注文の多い料理店」に出てくる料理店「西洋料理 山猫軒」は、せっかくのお客を最後に取り逃がしてしまい、無残な失敗に終わる。
この作品についての批評、分析は枚挙にいとまがないだろうが、管見の及ぶところ、この料理店がなぜ失敗したのかについて、たとえば経営学的、会計学的に考察するような論考はないように思う。経営については専門外であるのだが、今回はこの点について、甚だ拙いながら、多少の検討を施すことにしたい。

「注文の多い料理店」は、なぜ失敗したのか。
表面上、この失敗の直接の原因は、物語のタイトルにある通り、料理店の出す注文があまりに多かったからといえるだろう。
「どなたもお入りください。決してご遠慮はありません」
と最初に明言しておきながら、
「ここで髪をきちんとして、それからはきものの泥を落してください。」
から、最後の、
「どうかからだ中に、壺の中の塩をたくさんよくもみ込んでください。」
まで、実に8つ(数え方によっては7つ)も注文がつくのだ。言葉遣いだけはていねいだけれど、そのじつ顧客満足度なんて完全無視。おかげでお客となったふたりの紳士は疑念を抱くようになり、最後の注文にいたって、「西洋料理を、来た人にたべさせるのではなくて、来た人を西洋料理にして、食べてやる家」というお店の真のコンセプトに気付いてしまうのである。これがもし、お客に面倒をかけることのない、扉を開けたらすぐ山猫がとびかかってペロリ、というシステムだったら、そんなことにはならなかったに違いない。

とはいえ、そうしたショートカットはこの場合、原理的に不可能である。何しろ、このお店は西洋料理店なのだ。白い瀬戸の煉瓦で組んだ立派な玄関をそなえた、なかなか高級そうなレストランなのである。食材にさして手を加えることもない料理屋とは一線を画している。食材の下ごしらえは入念にせざるをえないのであり、そして食材であるお客が自分で自分の下ごしらえをするセルフサービス方式をとっている以上、「注文」は必然的に多くならざるをえない。
となると、お店が失敗した原因は、注文が多かったから、というよりもむしろ、そもそもお店を西洋料理店にしたことにある、と考えるべきではなかろうか。「注文の少ない料理店」にできるような業態にすればよかったのである。

では、具体的には、何料理のお店ならよかったのか。
最近のベストセラーに「餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?」(林總・著、ダイヤモンド社)があるが、餃子屋という選択肢はどうだろうか。「餃子 山猫軒」というのも、なかなかしゃれた店名である。しかし、餃子の場合、具となるお客を皮で包んだりしなくてはならず、そうなると「自分で自分の下ごしらえをするセルフサービス」という原則に従うかぎり、
「どうかからだをこの皮でつつんでください。」
といった、さらにうさんくさい注文を出さねばならない。これなら西洋料理店の方がましである。

考えてみれば、西洋料理店の注文も、前半の4つの注文は、靴の泥を落としたりコートや帽子を脱いだりと、必ずしも理不尽なものではなかったのだから、この程度の注文で済むような料理店ならいいかもしれない。たとえば、素材の味を素材のままにそのまま楽しむ自然派のスローフードレストランではどうだろうか。それならば、クリームを塗ったり塩をもみ込んだりする必要はなく、
「ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他金物類、ことに尖ったものは、みんなここに置いてください」
という4つめの注文の時点で素材の下ごしらえはととのったわけで、次の部屋で山猫たちは大口を開けて待ち構えていればいい。「オーガニックレストラン 山猫軒」、なんとかいけそうである。

とはいえ、である。この物語の場合は、食材となるお客が、このちょっと頭のたりない紳士ふたりであるからいいようなものの、冷静に考えれば、こんな注文を個別に出してくるレストランなんてものは、尋常とはいえない。しかもそのお店は、人里離れた山奥に、一軒だけぽつんと建っているのだ。不審としかいいようがないわけで、ふつうのお客なら気味悪がって近寄りさえもしないだろう。したがって、スローフードレストランも、最適な解とはいえそうにないのだ。

だが、そうはいうものの、お客=食材である以上、泥を落とし、鉄砲と弾を置き、帽子と外套と靴を脱ぎ、ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他金物類、ことに尖ったものをすべてはずす、という作業は下ごしらえとして不可欠である。省略するわけにはいかない。しかも、「自分で自分の下ごしらえをするセルフサービス」が大原則なのだから、お客は自分でそれをせねばならない。つまり、注文数はスローフードレストランの4つよりも少なくできないわけである。(注文の数だけを問題にするならば、たとえば「履物の泥を落とし、鉄砲と弾を置き、帽子と外套と靴を脱ぎ、ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他金物類、ことに尖ったものをすべてはずしてください」というひとつの注文にまとめることは可能だが、こんな注文を事前に出すようなお店は、もちろんあやしすぎるので却下である。)

スローフードレストランは正解ではなく、そしてスローフードレストラン以上にふさわしい料理店は、存在しない‥‥。となると、それが意味するところは、ひとつしかない。要するに、そもそも、「料理店」を開こうとしたのが間違いだったのである。
そして、料理店にさえこだわらなければ、よりふさわしい解は簡単に導き出されるだろう。食材となるお客が、注文を受けるまでもなく、自ら進んで、
「泥を落とし、鉄砲と弾を置き、帽子と外套と靴を脱ぎ、ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他金物類、ことに尖ったものをすべてはずす」
こんなことをする場所といったら、真っ先に思い浮かぶのは、
「お風呂」
に決まっている。温泉である。そして温泉なら、こんな山奥にぽつんとあったところで、料理店とは違って少しもあやしくないのであり、むしろ感興をそそるといってもいい。

以上、まとめると、こうである。
「注文の多い料理店」はなぜ失敗したか。
それは、料理店だったからである。
料理店でないなら、何がよかったのか。
「秘湯 山猫湯」
にすればよかったのだ。

お風呂なんて入ったこともない山猫には、温泉などという選択肢は、最初からまったく思いつかなかったのであろう。山猫たちは、マーケティングについて、もっと勉強するべきであった。


posted by 清太郎 at 13:05| Comment(4) | TrackBack(1) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月04日

朝青龍×高砂親方

この夏、日本中の話題をさらった横綱・朝青龍騒動。これまで一人横綱に対して何も文句がいえなくて積もりに積もっていた鬱憤が、白鵬の横綱昇進を機に一気に噴き出した、みたいな感じで見ていてあまり気持ちのいいものではありませんが(個人的には、モンゴルで行方をくらました朝青龍が秘密の猛修行で身体中に傷跡をつけながらさらに強くなってカムバックして、それを迎え撃つ日本人力士! 正義は我らにあり! 果たして朝青龍を倒せるのか! 朝青龍曰く「日本人力士なんてヘナチョコだ、勝てるもんなら勝ってみろ、よーし、1敗でも負けたらホントに引退してやる、しかし俺が全勝優勝したら、土俵に草植えるぞ、草! 草原にしてやる! でもって、来場所は馬に乗って土俵入りだ!」とか何とかそういうことになるといいなあと思うけど)、まあそれはそれとして、こちらも最近いろいろ本が出たりして話題の「腐女子」の皆さんの一部は、この騒動を熱い熱いキラキラ瞳で見つめていることと思います。

男と男が裸に近い格好でぶつかりあい、組みあい、押しあい、投げあう大相撲。
「やだー、豊真将ったら、琴奨菊のへんなとこさわってるぅ!」
「やーん、琴光喜に寄り倒された魁皇ってば、なんか、うれしそうっ!」
と、取組の一番一番に胸を躍らせてはハアハアしている腐女子の皆さんは、少数派ながらいるわけで、彼女たちの目に映る今回の朝青龍騒動は、テレビや週刊誌で報道されるそれと大きく異なっているだろうことは、明らかでしょう。

たとえば、元大関・朝潮の高砂親方が、「これから説得してきます」などと朝青龍の自宅を訪れるのを見るたびに、
「きゃー、説得とかいって、もしかして、カラダで説得?」
「『ん? どうしたリュウ(注・朝青龍のことです)? 何ヘソ曲げてんだよ』とか、言ってるのよー。やーん。でもって、『だ、だって‥‥』『だって、何だよ、え? 俺が他の男に手を出したのが、そんなにショックなのか?』『だって、親方ったら‥‥』『おいおい、親方なんて言うなよ。ふたりでいるときは、シオ(注・朝潮のシオです)、って呼ぶんだろ?』とかいって、とかいって。きゃー」
「ちがーう、高砂親方の方が受けだってばー。『もう、リュウくぅん、あんまり僕を困らせないでよー』『残念だな、俺は、シオ、おまえの困った顔を見るときが、いちばん燃えるんだよ』『あっ、リュウくん‥‥』とかいって、とかいってー」
などと悶えていたに違いありません。そうこうしているうちに、朝青龍モンゴル帰国、高砂親方同行、ということになり、
「もしかして、このまま二人、手を取りあって‥‥」
と色めき立った人もいるかもしれませんが、親方はわずか2日後に帰国。
一般人の目には「早すぎるんじゃないの」「親方の監督責任は!?」ということになるこの出来事も、腐女子のたくましい妄想魂にとっては、
「ってことは、‥‥破局?」
「『僕、もう、シオとは一緒にいられない! シオがあの人と別れてくれないかぎり、僕、帰らないから!』ってこと?」
と、これはこれでネタになり、そうなると高砂親方が会見で述べた、「帰りに虹を見た、Wアーチの。すごいなと思った」という発言もなんだか意味深げに思えてきて、
「よーし、決めた! 次の同人誌のタイトルは『草原にかかる虹』にしよーっと!」
という人は多いと思います。
「高砂部屋オンリー女性向け同人誌即売会」などに出品する際には、他のサークルとタイトルがかぶらないように注意したほうがいいんじゃないでしょうか。
posted by 清太郎 at 22:49| Comment(10) | TrackBack(3) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月03日

ジョージ物語

「翻案小説」という小説のジャンルがある。海外の小説を、おおまかなストーリーは変えないまま、登場人物を日本人にしちゃったりとか、日本に馴染みのある設定にしたりとか、まあ面倒なところは省いちゃったりして日本へと移し替えたものだ。
その代表といわれるのが、明治期、黒岩涙香の『巌窟王』『噫無情』。それぞれデュマの「モンテクリスト伯」とユゴー「レ・ミゼラブル」の翻案であることは周知の通り。モンテクリスト伯ことエドモン・ダンテスは「巌窟王」では団友太郎(だん・ともたろう)だし、その妻メルセデスはお露。「レ・ミゼラブル」のジャヴェール刑事は、「噫無情」では蛇兵太(じゃびょうた)になっていた。
その他、ルブランのアルセーヌ・ルパンシリーズに出てくるガニマール警部が蟹丸だったり、「ロミオとジュリエット」のロミオが粂雄だったりと、いろいろおもしろい作品がいっぱいあるみたいだけど、しかしこれ、逆はあるんだろうか。日本の小説を海外の、英語なりフランス語なりロシア語なりに移し替えるにあたって、ややこしい日本人名とか意味不明な日本の風習を、その国のものにさしかえちゃうの。

たとえば、名実ともに日本を代表する「源氏物語」なら、GENJIなんてのは覚えにくいから、主人公の名前は「ジョージ」ね。タイトルは「テイルズ・オブ・ジョージ」。ジョージ物語。フランスならジョルジュ物語。源氏以外のキャラクタも、紫上とか六条御息所とか葵上とかを、それぞれMURASAKINOUEとかROKUJOHNOMIYASUDOKOROとかいちいち表記していては母音ばかりでややこしいから、「ミス(ミセス)・パープル」「ロージー」「ミセス・ブルー」ということになる。「アオイ」は「青い」ではありません、と思うかもしれないけれど、そのあたりの細かいところを気にしないのが翻案小説のいいところだ。

ストーリーも、平安宮廷社会の慣習なんてよくわかんないから、てきとうに簡略化。たとえば第3帖「空蝉」であれば、ある夜、空蝉ならぬキャシー(空蝉=抜け殻=キャストオフ→キャシーということで。わかりにくいなあ)のベッドルームにジョージが忍び込むんだけど、それを素早く察した彼女は、身ひとつでこっそり逃げちゃうのね。そうとは知らないジョージは、キャシーのルームメイト、軒端の荻あらためイブ(軒端=eave(イーヴ)→イブということで。男子だったらオーギーで即決なんだけどねえ)のベッドにもぐり込んじゃう。イブの方はキャシーと違ってちょっととろいところがあって、とくに騒ぎ立てることもなく「あ、やだ、あ、なんか、気持ちいい」とか何とかいうので、「しまった、キャシーじゃなかった」ということになるんだけど、そこはそれ、女に尽くすことにかけては当代一の色男ジョージは、一度抱きしめた女には必ず満足してもらうことがモットーだ。「キミがあまりにかわいいから、思わずしのびこんじゃったんだ」なんて誤魔化して、最後まで‥‥。で、終了後、キャシーがベッドの中に残した下着一枚(いったいどうやって逃げたんだ?)をこっそり失敬して帰り、その残り香をフガフガ嗅いだりしながらキャシーのことを想うのだった。以上で、第3話終わり。ということになると、エキゾチックな日本の古典も、少なくともドン・ジョバンニやカサノヴァ程度には身近に感じられるはずである。っていうか、源氏物語、台なし。

ほかにも、川端康成「伊豆の踊り子」は、休暇にフロリダに行った学生がサーカスの一座と出会い、その中の若い踊り子に一目惚れしちゃうんだけど、彼女がシャワー浴びてるのをうっかりのぞいたら、ツルペタの子どもだったことに気付いて、いや、でもそれもいいかな、とホンワカ気分になる、というロリ小説「フロリダのオードリー」になり、三島由紀夫「金閣寺」は、毎日サンフランシスコへ車に乗って通勤しているサラリーマンが、いつも通っている橋をいきなり爆破してしまうテロリスト小説「ゴールデンゲートブリッジ」になり、幸田露伴「五重塔」は、12世紀のイングランドを舞台に建築職人トムが大聖堂をつくりあげる歴史エンターテインメント「大聖堂」になり(っていうか、それはケン・フォレットの「大聖堂」です)、とにかくそうやってどんどん日本の小説が翻案されるとしたら、日本の文学は大いに誤解されて楽しいと思う。
posted by 清太郎 at 22:08| Comment(4) | TrackBack(1) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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