2007年02月26日

中原中也生誕百年記念グッズ

そんなことが始まったのも終わったのも知らなかったのですが、去る2月22日、「中原中也生誕百年記念グッズデザインアイデアコンペ」の結果が発表されたそうです。
最優秀賞を勝ち取ったのは、中也の詩のフレーズがそれぞれ書き込まれた付箋のセット「ダダブック」。商品化もされるそうで、なかなかステキグッズです。

いやあ、残念、このコンペがあること、事前に知っていればなあ。私も応募したのに。「Tシャツ部門」「ハンカチ部門」「ストラップ部門」「自由部門」とある中で、えーと、自由部門、いやTシャツ部門がいいかなあ、ズバリ、
「狐の皮裘Tシャツ」
というのはどうでしょう。薄汚れた狐の毛皮(できれば、野ッ原などでのたれ死んでいた野狐の毛皮)を縫い合わせた天然毛皮Tシャツ。
これを着て、小雪が降りかかり風が吹きすぎる、なすところもない日暮れに、ちぢこまって歩けば、もう身も心も「汚れちまった悲しみに」ひたれる! 今日からキミも中原中也だ! という感じでなかなかいいかと思ったのだけど、しかしよく考えてみれば、こんなの誰でも思いつきそうだし、当然コンペには同趣のアイデアが応募されたんでしょうね。っていうか、すでに売ってるかも。
ほかに、“ベルの代わりに「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」というフレーズを繰り返す目覚まし時計”
なんていうのも、いかにもありそうでした。
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2007年02月23日

文学忌を命名

もう10日以上前になりますが、2月12日は司馬遼太郎の命日でしたね。第11回の菜の花忌。大阪ではシンポジウムが開催されたそうです。
このように作家の命日には、「文学忌」として追悼イベントなどが行われたりしています。ほかに太宰治の「桜桃忌」や芥川龍之介の「河童忌」なんかが有名ですが、しかし、ほとんどはそんな凝った名前が冠せられることもなく、「漱石忌」「直哉忌」「啄木忌」「朔太郎忌」「藤村忌」などと、作家名そのまんま。「漱石忌」は「キ」の音が重なって言いにくいし、「直哉忌」はせめて「暗夜忌」くらいにしてほしかった。尾崎紅葉の「紅葉忌」なんて、10月30日とちょうど紅葉の季節だけに、モミジを楽しんでるんだか尾崎紅葉を追悼してるんだかよくわかんないことになってます。

人間誰しも、必ず死ぬもの。普段から、そのための備えをしていないから、こういうことになってしまうのです。現在活躍中の作家の皆さんも、自分が死んだ後に、命日が「名前+忌」の簡便な文学忌名にされてしまわないよう、生前からちゃんと考えておいたほうが、いいと思います。(司馬遼太郎は自分で「菜の花忌」にしたいと思ってたわけではないだろうけど。でも命日が菜の花とはまったくかすりもしない季節だったら、単なる「遼太郎忌」になっていたと思う。)

ということで、お節介ながら、少し考えてみました。「○○忌」といわれて、すぐ「あの作家の忌日なのか」とわかるものでないといけませんよ。
まず、誰でもパッと思いつく作品名がうまく文学忌名にはめ込めないような場合は、その人のイメージやら、人気の作中キャラクターから名付けてみるのが手っ取り早いですね。

島田雅彦:サヨク忌(自称サヨクだし)
内田康夫:光彦忌(探偵・浅見光彦にちなんで)
金井美恵子:目白忌(目白に住んでる)
庄野潤三:うれしい忌(作中に「うれしい」「ありがとう」が頻出)
北杜夫:マンボウ忌(ちなみに、北杜夫はまだ生きてますよ!)

なんていうところが思い浮かびます。
でも、せっかくだから、作品名を流用したいですよね。たとえば‥‥。

平岩弓枝:かわせみ忌(時代小説シリーズ「御宿かわせみ」から)
やなせたかし:あんぱん忌(「あんぱんまん」から)
筒井康隆:残像忌(「残像に口紅を」から。しかしこれではジョン・ヴァーリィの忌日みたいでダメか)
渡辺淳一:失楽忌(「失楽園」から)
野坂昭如:エロ事忌(「エロ事師」から)
村上春樹:ねじま忌(「ねじまき鳥クロニクル」から)
村上龍:限りな忌(「限りなく透明に近いブルー」から)

いかんいかん、ダジャレになってきた。
えーと、それでは。

笙野頼子:二百回忌

あ、これは作品名そのまんまでした。(これが採用されたら、たとえば「第十二回二百回忌」なんていうことになって、よくわかんなくていいですね。
好きな作家が死んだら、何忌にするといいか、皆さんも考えてみましょう。
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2007年02月18日

東京文学マラソン

今日は東京マラソンが開催されました。天気はあいにくの雨となってしまいましたが、テレビ見てたら、参加してるランナーの人はけっこう楽しそうですね。しかし警備やらなにやらにあたってるおまわりさんはホントたいへんです。おつかれさま。っていうか、これ書いてる時点ではまだぜんぜん終わってないんですが。

さて、新宿都庁前をスタートして、銀座やら浅草やら、東京の名所を回って東京ビッグサイトでゴールするこの東京マラソンに参加したランナーは3万人。日本のランナー人口は1千万人にもなるといいます(ホントかしら)。それだけたくさんいるんですから、
「マラソンが好きで、なおかつ文学散歩も好きです」
という文学愛好者も、少なくないはず。そういう人たちのために、文学スポットをめぐるマラソンコースを考えてみてはどうでしょうか。「東京文学散歩」ならぬ、
「東京文学マラソン」
です。

ということで、東京マラソンのテレビ中継を見ながら、「キョリ測」を使って、ルートを練ってみました。

スタート地点はどこにするか。えーと、とりあえず、阿佐ヶ谷にしてみました。井伏鱒二たち文士仲間が、「アサガヤアタリデ オオザケノンダ」という文士町です。
      ↓
中央線沿いを新宿へ。いろんな文学作品に出てくる新宿のゴールデン街を抜けて東新宿へ。藤村の旧居跡や小泉八雲終焉の地があります。
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曙橋へ出て外濠沿いへ。神楽坂に向かいます。スタートしてからこのあたりで10km。
      ↓
漱石をはじめこれまた戦前の文芸作品で名高い神楽坂を通って、北へ進みます。音羽・護国寺あたりを通って、啄木ゆかりの小石川へ。
      ↓
せっかくだから、文学墓地散歩も織り込みたいですよね。雑司が谷なんかに比べるとマイナーですが、染井霊園に向かいましょう。おばあちゃんの原宿・巣鴨を通って、とげぬき地蔵裏の染井霊園に。二葉亭四迷や山田美妙、高村光太郎のお墓があります。
      ↓
文士村として名高い田端へ。芥川龍之介や室生犀星が住んでましたよね。このへんで20km。中間地点です。
      ↓
下町方面に来て、文学マラソンはこれからが佳境です。田端から南へ針路を取り、「D坂の殺人事件」や森鴎外でお馴染みの団子坂を経由して根津へ。根津神社を抜けて、本郷へ。
      ↓
東大前の細い路地へとどんどん分け入って、樋口一葉ゆかりの菊坂や菊富士ホテル跡やら、いろんな作家の旧居跡・下宿跡をめぐりましょう。
      ↓
東大へ。正門から堂々と入って、三四郎池をチラッと横目に、不忍池方面へ抜けます。
      ↓
上野公園を通って、東へ。まあいろいろとエピソードにあふれる吉原を通って、白鬚橋で隅田川を越えて向島へ。このあたりで30kmです。
      ↓
このあたりは荷風や露伴なんかでおなじみです。「鳩の街」を通って、隅田川沿いに。桜餅で有名な長命寺には、芭蕉の句碑もありますね。
      ↓
言問橋で隅田川をまた西へと渡り、浅草へ。ここで35km。マラソンとしては、これからが勝負です。浅草寺を抜けて、乱歩の時代に栄えた浅草の繁華街を堪能しつつ、西へ。
      ↓
ふたたび上野に戻り、不忍池端を通って湯島へ。35kmを過ぎての上りはキツイですね。鏡花「婦系図」でお馴染みの湯島天神を抜けて神田方面へ。
      ↓
いよいよ、ラストスパートです。湯島聖堂前を通ってお茶の水へ、聖橋を渡れば、あとはゴールに向かって一直線の下り坂。
      ↓
沿道からの大歓声を浴びながら、明大通りを駆け下りて、三省堂書店前で、ゴール!
      ↓
終了後は、そのまま三省堂に突入するもよし、神保町の古書店めぐりをするもよし。これまでめぐった文学スポットに触発されて湧き出てきた読書欲を満たしましょう。

といった感じ。
東大から、向島・浅草方面に向かわず、湯島に直接出て南へ進むルートも考えられます。その場合は、神保町経由で日本橋〜銀座を通って、有楽町、新橋、三田、高輪から五反田へ、第二京浜をずっと通って馬込でゴール。馬込もまた、宇野千代や尾崎士郎をはじめとした文士たちの町として有名で、ゴール地点にふさわしい。
ただし、このルートだと、五反田あたりから馬込まであまりおもしろみがないのと、ゴールした後とくにやることがないのが欠点。42.195kmの文学マラソンを完走した後、さらに馬込文士村を文学散歩、というのも、芸がないし。

ほかにも、渋谷や青山、六本木なんかを含むコース、東銀座や築地、月島方面に行くコースなど、いろいろ考えられるでしょう。東京文学マラソン、なんだか楽しそうです。(参加したくはないけどね。)
posted by 清太郎 at 13:19| Comment(5) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月15日

何は生きている

「棚は生きている」
といってももちろん、どくどくと脈打ちヌメヌメとした表面の(あるいは毛が生えた)恐ろしい生きた棚が、本やオモチャをしまおうと近づいた子どもたちを待ちかまえていて、グワァッ、グシャッ、ブシュッ、というわけではなくて、ここでいう「棚」が一般的な「板を平らにかけ渡して物をのせる装置」(と広辞苑に書いてあった。「装置」といわれてもねえ)ではなくて、より限定的な意味合いの、すなわち本屋さんの、そこに並べられている本を含めた意味での「棚」である、ということは、おそらくここを読んでおられるかたの多くにとっては承知のことだとは思うけれども、とにかく書店業界では「棚」という言葉をそのように使っているのであって、
「いい棚ですね」
という言葉も書店業界以外ではおそらく「すばらしく収納がしやすい棚」「頑丈で見た目にも美しい棚」などを指し示すものであろうが、書店業界に限っては、たとえば眺めているだけでこちらの本とあちらの本がつながってさらにそちらの本ともつながってどんどんいろんな本が欲しくなってしまうような棚、だったりするわけで、したがって、お見合いの席で「趣味は何でございますか」「はい、棚づくりを」と胸を張っていうから、日曜大工が得意な手先が器用で頼れる男性かと思ったら実はただのこだわり書店員さんで、トンカチもドライバーも生まれてこのかた握ったことすらない人でしたのよウチの主人は、ということにならないとも限らないので注意しましょう、ということでいきなり話が横道に逸れているのだけれど、とにかく「棚は生きている」というのは、書店ひと筋のベテラン書店員さん(今は経営コンサルタントらしいですが)が書いた書店本で、読みたいなあと思いつつまだ読んでないんだけど、それはそれとしてふと思ったのは、この「○○は生きている」っていうスタイルのタイトルは、往年の名作アニメ「森は生きている」でおなじみではあるけれど、ほかにどういう題名があるのかなあ、というのが今回のテーマで、「棚」は余談で、「は生きている」のほうが本題。

で、さっそく検索して調べてみました。
で、結果。まあ思ったほどではないにせよ、それなりにバリエーションがあります。たしかに生きてそうなものから、どう考えても生きてなさそうなものまで、いろんなものが、生きているようです。
いくつかジャンルがある中で、目に付くのは理科や社会科の子ども向け本。
・山は生きている(リブリオ出版)
・地球は生きている(くもん出版)
・火山は生きている(青木章、あかね書房)
・木は生きている(稲本正文、姉崎一馬写真、あかね書房)
・お米は生きている(富山和子、講談社)
・道は生きている(同)
・川は生きている(同)

それから、「もう過去のものになっちゃったと思ってる人がいるかもしれないけど、どっこい、まだ現役なのよ」というような意味合いのもの。
・遠野物語は生きている(白幡ミヨシ述、吉川祐子編、岩田書院)
・寅さんは生きている(朝日ソノラマ)
・大本営発表は生きている(保阪正康、光文社)
・聖徳太子憲法は生きている(三波春夫(!)、小学館)

そのほか、
・刀は生きている(細野耕三、あきつ出版)
・日本の壁――鏝は生きている(INAX出版)
・国鉄ローカル線は生きている(日比野正己、水曜社)
これらはマニアックな世界。

・星は生きている
理科の本じゃなくて、筒井康隆のホラー短編。読んだことないけど、それこそ、生きている星が、グワァッ、グシャッ、ブシュッなのかしら。フィリップ・K・ディックの「植民地」(だっけ?)みたいな。

・流れる星は生きている
こちらは、グワァッ、グシャッ、ブシュッではなくて、藤原正彦のお母さんの藤原ていのベストセラーですね。あ、こっちこそ、ある意味、グワァッ、グシャッ、ブシュッかな。

・拉致被害者は生きている(金国石、光文社)
生きているといいですね。

・横田めぐみは生きている(講談社)
だといいですね

・ぼくは生きている(テリー・トルーマン、藤村裕美訳、東京創元社)
はいはい、その通りですね。

・死体は生きている(上野正彦、角川書店)
いや、生きてないでしょ。

・死者は生きている(萩原玄明、ハート出版)
だから、生きてないってば。

・死体はみんな生きている(メアリー・ローチ、殿村直子訳、NHK出版)
ホントにもう、生きてないって。

・死んでも生きている いのちの証し(菅原茂、たま出版)
いや、だからホントに、生きてないんだってば。
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2007年02月14日

バレンタインの思い出・追記

昨日ここに書いたのを読んだユミ‥‥じゃなかったB美から、
>どうせ書くんだったら、中途半端に隠し立てしないで、
>本当のことを書きなさい!
という抗議のメールが寄せられたので、覚悟を決めて、告白します。

Tくんにプレゼントした、
「手編みの近代恋愛詩集」
の中に‥‥、うー、若気の至りとはいえ、あー、恥ずかしいのですが、っていうか若気の至りだから笑わないで見過ごしてほしいのですが、1編だけ、‥‥自作の詩を入れてました。わー、わー、はずかしー。

あ、でも、われながら、よくできた詩だったとは思ってるんですけどネ、今でも。
posted by 清太郎 at 11:40| Comment(6) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月13日

バレンタインの思い出

明日はバレンタインデーですね。この三連休、がんばって手作りチョコに挑戦してみたっていう女の子も多いと思います。
バレンタインといえば、あたしには、ちょっと苦い思い出があります。中学2年生のとき。思春期真っただ中の、少し背伸びをしていたあの年のバレンタインデー。

そのころ、あたしには、いつも一緒に遊んでいた仲良しの友達が3人いて(あ、今でも仲良しなんですけどネ)、仮にA子、B美、C江としますね。あたしを含めて4人全員が、その年は、同じ男の子にチョコをあげることにしたんです。クラスでいちばんかっこよかった、タカ‥‥じゃなかった、Tくん。
で、4人とも、お互い仲良しではあるんだけど、仲が良いだけに、微妙に張り合っちゃったりもして(そういうことって、ありますよね)、チョコだけじゃなくて、手作りの編み物なんかも一緒にプレゼントすることにしたんです。編み物が得意なA子は、手編みのセーター。B美は、手編みの手袋。C江は、手編みのマフラー。大人になって考えると、別に好きでもない女の子に、こんな手編みのセーターやマフラーもらっても、困っちゃうよね。でも当時は、そんなことは少しも考えなかった。他の3人もよりも自分がいちばんステキなプレゼントをつくるぞ、なんて、なかば本気、なかば遊び気分だったんだと思います。
で、あたしは何をプレゼントしたかって? それがねえ、今でもそうなんだけど、あたしったら、本当に不器用で編み物なんて、とてもじゃないけど‥‥。そのころのあたしなんて、毎日、ただひたすら本を読んでるばかり(あ、これは今でもそうですけどネ)。
で、あたしは、そのころの多感な中学2年の14才のあたしは、思ったんですね。あたしにはA子のようにセーターも、B美のように手袋も、C江のようにマフラーすらも、編めない。でも、他の3人には編めない、あたしにだけ編むことのできるものがある!と。
そして、バレンタイン当日。あー、今でも、思いだすだけで、顔から火が出そう。
A子、B美、C江から(っていうか、他にもたくさんの女子から、だけど)チョコや編み物を押し付けられて、照れたような、困ったような笑みを浮かべていたタカシ‥‥じゃなかったTくんの顔が、あたしの差し出したプレゼントを見て、みるみるうちに、石のように固まっていきました。
瞬間、自分でも、
「しまったー、やっちゃったーっ」
っていう思いが、頭を駆け抜けました。その一瞬前まで、マフラーにも、手袋にも、セーターにも負けないステキなプレゼントだと、思い込んでいたものなんですけどね。
あたしのプレゼントは、1冊の薄い本でした。
心を込めて選んで、打ち込んで、プリントアウトして、製本して仕上げた、
「手編みの《近代恋愛詩集》」

今でも詩集を手に取るたびに、そのときの気持ちがよみがえって、少し胸が苦しくなります。
いや、でも、われながら、よくできたアンソロジーだったとは思ってるんですけどネ、今でも。
posted by 清太郎 at 16:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月07日

「ごんぎつね貨幣セット」の裏事情

新美南吉の「ごんぎつね」を題材にした貨幣セットが発行されたそうですね。さしておもしろみのあるものではなく(たとえば、十円硬貨の鳳凰堂の代わりにごんぎつねが寝ころんでる図案が入ってる、というわけではなく)、通常の一円玉から五百円硬貨と、ごんぎつねをあしらった丹銅製年銘板1枚をプラスチックケ−スに組み込み、作品全文を記した冊子がセットになってるだけです。

気になるのは、なにゆえ「ごんぎつね」なのか、です。
児童雑誌「赤い鳥」に掲載されて75周年、ということらしいのだけど、75周年なんて、中途半端。ほかに題材にすべき作品はいっぱいあるだろうに。(このニュースを聞いてから調べて初めて知ったのだけど、いろんな記念貨幣セットがあるのね。ハローキティ誕生30周年とか石原裕次郎デビュー50周年とかドラえもん誕生35周年とか。)
そもそもこの「ごんぎつね」、作品としてどれほどすぐれていようとも、お金とはまったく無縁なのよね。あ、いちおう説明しておきますが、「ごんぎつね」ってホラ、いたずら好きのごんぎつねが、兵十がしかけた魚篭から魚を逃がしちゃったりして、それから兵十のおっかあが死んじゃって、気に病んだごんぎつねが山の栗やら松茸やらをこっそり兵十のもとに届けるようになって、ある日それを見つけた兵十が、この憎いいたずらぎつねめ!と火縄銃でズドンと撃っちゃう、ってアレです。ね、お金とぜんぜん関係ない。
同じ教科書でおなじみの童話で、同じ新美南吉で、同じきつねが出てくる話だったら、「手袋を買いに」のほうが、造幣局が発行する記念貨幣として、よほどふさわしいんじゃありませんか?

ということで、察するに、これは、以下のようなプロセスによって生まれたものではないかと思われます。
「えーと、次の記念貨幣セットの企画なんだけど、何かいい案ない?」
「教科書に載ってる名作ってのはどうっスか?」
「あ、いいねえ、よし、それで行こ、決まり!」
「じゃあ、何にしましょうか。教科書というと、スイミー、大造じいさんとガン、くじらぐも‥‥」
「あれさあ、きつねの話、いいんじゃない? 手だけ人間の手に化けてさあ、買い物に行って、手を差し出すんだけど、間違えちゃうの」
「あ、ありましたありました、いい話っスよねえ。きつねだってわかっちゃうんだけど、売ってあげる」
「そ、そ、あれ、何て話だっけ」
「えーと、たしか、ごん‥‥」
「そ、それ、ごんぎつね」
「ごんぎつね、そう、いやあ、いいっスよ、これいけます、さっそく注文出しときますね。‥‥あー、もしもし、あ、どうも、お世話さまっス。今度の記念貨幣セットね、あれ、ごんぎつねで行くことにしましたから、国語の、そう、教科書のアレっス。じゃ、いつもみたいな感じで、おまかせしますから。じゃ、よろしくお願いしまーす」
で、できあがってきた見本なんかを見て、「あれー、これ、ごんぎつねじゃないじゃん、っていうか、これがごんぎつねなのか」ということになったんだけど、今さらイチから作り直すわけにもいかず、雑誌掲載75周年なんていうてきとうな言い訳をこしらえて、発行することにしちゃったんではないかと。


ところで、話はかわりますが、この「ごんぎつね」、昔のガサツな小学生にとってはただの感動話でしたが、現代日本に生きる繊細な小学生にとっては、かなりツッコミどころ満載です。
うまいのは、物語の結末、
「兵十は、ひなわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。」
で終わって、ごんぎつねの生死がわからないこと。
となると、これはもしかしたら、この後に続く兵十とごんぎつねの長い長い物語の、短い序章なのかもしれないわけです。兵十とごん、男どうし、しかも人とケモノ。しかも、兵十にとっては一度は憎んだ相手。二重三重の禁忌が、幼い腐女子ゴコロを刺激しないはずがありません。
「過激な兵十×ごん本がクラスの女子の間に出回って、PTAで大問題に!」
という事態になった挙げ句、この名作が教科書から消える日も、遠くはないでしょう。
posted by 清太郎 at 12:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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