2006年07月28日

まんが甲子園

なんだかハッキリしない天気のままもうすぐ終わろうとする7月ですが、8月からはどうやら夏本番になるらしいですね。8月といえば、甲子園。白球を追う高校球児たちの一方で、もうちょっと地味な甲子園も開催されます。毎年、高知で行われている「まんが甲子園」です。

今年の本選出場校32校の中で、埼玉県の花咲徳栄高校の話。
ニュースによると、同高校の漫画研究部は「全国大会出場は今回で10度目、準優勝も2回経験している実力派」。「普段の活動は、文化祭に向けてオリジナルのアニメーション作りが大半を占める。平日は午後4時から同8時、土曜も午前9時から午後8時まで活動をする。長時間、机に向かいすぎて、腰を痛めた部員もいる」と、こうなると、そこらへんの運動部よりもハードです。
部長の森村智子さん(3年)は入部の理由を「中学生の時に見た文化祭で、漫研が学校の中心的存在のように明るく、にぎやかだった」と述べているそうで、おお、漫研が中心の学校なんて、素敵です。

今は部員が10人なのだそうだけど、いずれまんが甲子園で念願の優勝を果たせば、もっと部員は増えるはずですよね。全国から続々と実力者が集まったりして。
人数が多くなると、長時間、机に向かいすぎて、腰を痛める部員も比例して多くなるわけで、ちょっとそういうのは問題なんではないか、とPTAなんかが口を挟むかもしれません。高校生の本分からはずれているのではないか、と。そうなると、腰を痛めないよう、ふだんから体力づくりもやっておいたほうがいいでしょう、ということになり、漫研なのに「グラウンドでランニング、柔軟体操」ということになります。
そうすると、もともとグラウンドを専有していた野球部やサッカー部から文句が出るのだけれど、しかしわが漫研は数々の大会を制覇した全国屈指の強豪クラブ。県大会上位進出が目標である程度の運動部なんて、眼中にありません。運動部にしたところで、学校の中心にして輝かしい実績を誇る漫研から、
「くやしかったら、あなたがたも、甲子園に出てごらんなさい。オホホ」
などといわれたら、ぐうの音も出ないでしょう。

花咲徳栄高校の運動部は、あわれ、そのままジリ貧を迎えてしまうのか。
でも、長期的な視野で考えてみると、必ずしもそういうわけではなさそうです。
いまや高校漫画界の名門となった同漫研は、かつて10人程度の部員で細々と活動していたころに比べるとまったく様変わりしています。全国から集まった精鋭たちは、実力によって一軍・二軍に分けられ、一握りの一軍部員は全国大会での勝負に日夜明け暮れ、かたや多くの二軍部員たちは、一軍に這い上がろうと必死になっています。もちろん、ふだんの体力づくりは欠かせません。とくに二軍部員は、画力や構想力で一軍部員に及ばなければ、せめて体力で上回ろう、と早朝から登校して猛特訓です。何をどう猛特訓するかわかんないけど、たぶん両手にペンを持ったまま腕立て伏せとか、そういうことをします。

そんな光景を見ていた、いまや廃部寸前の同校野球部の部長なんかが、
「きみ、なかなかいい体をしているね。どうだい、体力づくりもかねて、ちょっとうちの部にも来てもらえないか」
などと声をかけます。ペンを握って腕立て伏せしていた二軍漫研部員の田中君は、あごから汗のしずくを垂らしながら顔をあげるわけですね。気晴らしにもなるし、ちょっと協力してやろうか、と。で、その週末、部員不足の野球部の練習試合に、なかばお遊び気分で参加してみるわけです。
ところが。
小中学時代、漫画に打ち込んでいた田中君は、これまで実際のスポーツにはほとんど興味がなかったのですが、自分でも気づかないながら、少しはスポーツセンスがあったようです。何より漫研で鍛えられた筋力や腰のバネ、持久力は、すでに超高校レベル。思わぬ大活躍をしてしまいます。
脇で見ていた女の子(野球部員の小学生の妹など)からは「きゃー、すごーい」とかもてはやされ、試合後、部長からは、
「漫研と兼部でいいから、うちの正式な部員になってくれないか」
と熱心な勧誘を受け、じつは本心のところで漫研で一軍に上がるのはムリなのかもと思っていた田中君は、二つ返事で快諾。彼に続いて徐々に、体力のある二軍漫研部員が運動部に流れていくようになります。
そうなると、運動部の実力も、少しずつながら盛り返していきます。さすがに全国大会の常連になるまではいきませんが、県大会レベルでは常に上位を狙えるようになります。

‥‥ということで、漫研と運動部は、まさに共存共栄、WIN-WINの関係になるわけですね。学校側としても、この状態は、なんとなく「文武両道」という感じで、誇らしいです。

そんな花咲徳栄高校漫研に何とか打ち勝とうと、全国各校の漫研は切磋琢磨し、全体としてますますレベルアップしていくことでしょう。
遠い未来には、
「甲子園を制した野球部と、まんが甲子園を制した漫研、本当に強いのは果たしてどっちだ!?」
を決めるための、異種格闘大会が夏の終わりを飾る一大イベントになるかもしれませんね。(ならないって。)
posted by 清太郎 at 12:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月27日

萌えるクラシック?

鈴木淳史『萌えるクラシック 〜なぜわたしは彼らにハマるのか』という本が洋泉社新書yから出ています。
「好き」「嫌い」だけではこの国のクラシック音楽需要は語れない、今必要なキーワードは「萌え」だ!とばかりに、アーノンクールやらギーレンやらチェリビダッケやら、著者が偏愛する指揮者・演奏家を「萌え」を切り口に語る、というような内容のようです。

気になって本屋さんでパラパラとめくってみたんですが、うーん。
このご時世、萌えれば何でもいいのか、という問題はさておき(異質なものが出会う「場」に萌える、軽さに萌える、などというのを「萌え」でくくるのにはムリがある気がするけど)、ヨーロッパの匂いに萌える(アーノンクール)とかツンデレに萌える(ギーレン)とかチラチラ見ていると、まあたしかに著者はそれらの指揮者や演奏家に萌えてるのかもしれないけど、その萌えな感じを読み手に伝えることについては、必ずしも成功していないような。「萌え」とはいいながら、これまでのクラシック評論の言葉を単にすり替えただけ、という気がします。
おそらく、本書に出てくるアーノンクールなりチェリビダッケなりのファンの人には楽しめるんでしょうけど、「萌え」という言葉に飛びついたクラシック素人には、なんとも敷居が高すぎて共感できない。
切り口として「萌え」を使う以上は、たとえばクラシックについて知らなくても萌えなら知ってる、という読者にも、少しは楽しめる内容であるべきなんじゃないかしら。そしてそれには、指揮者や演奏家よりも前に、まずは作曲家や作品に萌えるべきなんじゃないかしら。

と思ったので、以下、例として、私なりの「萌えるクラシック」。
ハイドンの弦楽四重奏曲第76番(Op.76-2 ニ短調)「五度」に萌えてみましょう。

完成したもので82番まであるハイドンの弦楽四重奏曲の中で、ひとつだけ「ツンデレ」曲を選ぶとしたら、「五度」のニックネームで知られるこの第76番(作品76の2)をおいて他にはあるまい。
ニックネームの由来となった第一楽章冒頭の主題、ミーラー、シーミー。大上段からいきなり斬り込んでくるような強い緊張感に満ちたこの主題に、初めて接する者は、思わずビビる。「きゃっ、こわいっ」。もうツンツンのツンケンである。その厳しい第一印象があまりに強烈なので、続く第二楽章以降は、うっかりそのまま聴き流してしまう。その場限りのつきあいなら、
「美人で印象的だけど、きっついよね、あの人」
という評価を下されてしまいがちである。
が、しかし。本当の「五度」は、ツンだけではないのだ。ふたたび、みたびと何度も聴いているうちに、第一印象の奥に隠れた「デレ」がほの見えてくるはずだ。第一楽章の後半は、暗いけれども微かに甘えを漂わせる、おずおずと伏し目がちにこちらを見上げるような、「最初にちょっときついこと言っちゃったから、もしかして、あたしのこと嫌いになっちゃった‥‥?」的な部分がにじみ出ているのがわかってきて、思わず、萌え〜。
第二楽章は、嫌われてないってことがわかって、生硬ながらも少しだけ大胆になって、自分のやさしい面をおそるおそるアピールしちゃったりなんかしてして! 案外かわいいところあるんだからッ。でも第三楽章の冒頭ですでにもう思いっきり後悔して、やーもー、そんなのウソだかんねウソ、あたしはもう、ツンなんだからツン! といいつつ、あなたの笑顔がちょっと嬉しくて、って、そんなこと思ってないってばッ、あーもー、はずかしいんだからー! と赤面しちゃったりなんかしてるうちに、なし崩しに第四楽章に入ってしまい、顔は怒ってそっぽを向いてるけれど、手ではハンカチを差し出しちゃう‥‥ような、そんな雰囲気でフィナーレ。
ああ、これはもう「ツンデレ」としか形容のしようがないではないか! これに萌えずして、何に萌えるというのだ!
ほかならぬハイドンであるところも、また萌えである。一般的なイメージとして「ハイドン先生」などと呼ばれていかにも品行方正で、あまり「ツン」とも「デレ」とも関係なさそうで、感情の起伏がなさそうに思われているだけに、
「ハイドンなのに、ツンデレ」
というあたりが、いっそう萌えを刺激する。おそらく「ベートーヴェンでツンデレ」「パガニーニでツンデレ」などに比べると、3倍くらいの価値がある「ツンデレ」であるといえるのではなかろうか。ハイドンの「五度」、これ最強ツンデレなのである。

などといいつつ、以上はかなりいい加減なので、実際に「五度」を聴いて萌えなくても、「僕って感性が鈍いのかしら」などと思わないでくださいね。


ところで、どんどん流れていってしまって、今・ここに・それを指し示すことのできない音楽についての批評や評論って、独特ですよね。萌えで語る批評があるとすると、音楽よりもむしろ建築の分野にふさわしいんじゃないかしら。
「東京タワー、萌え〜。ツンデレッ」
「桂離宮の無口属性に萌え」
とかね。
posted by 清太郎 at 21:41| Comment(8) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月25日

古本まつり改革案

昨日の「ドストエフスキー音頭」ですが、どこでどんなときに踊るのがいいのか。順当なところでは、「神田古本まつり」「リブロ 夏の古本まつり」のような、本関連のイベントのとき、ですよね。

しかし考えてみると、この手のイベントって、ろくな出し物がない気がします。神田古本まつりなんて、
「100万冊の大バーゲン「青空掘り出し市」や古本チャリティー・オークション、靖国通り沿いの店頭ワゴンセールなど、イベントも盛りだくさんです」
などといいながら、ようするに多少本が安くなる程度で、「まつり」と名乗るほどのことをやっているわけではありません。ハレとケのどっちかというと、ケに近い。「まつり」というからには、ちゃんと「まつり」らしい、その場でしか味わえない非日常的な出し物を用意すべきなのです。

やぐらを建てて「ドストエフスキー音頭」をみんなで踊るのもそのひとつだろうし、本にまつわる屋台が出てもいい。
たとえば「射的」。景品となる的は、ずらりと立てられた古本です。うまくいけば100円、200円で、高価な初版本が手に入るかも。奥の方の小さな的に的中すると、カランカランカラ〜ン、大当たり〜! 井伏鱒二全集をお持ち帰りです。同趣の「輪投げ」もぜひやりたい。
あるいは「古本釣り」。バラバラと敷き並べられた古本を慎重に釣り上げて‥‥。こよりが切れるまで、何度でもチャレンジできます。

そういう縁日っぽいものばかりじゃなくて、もうちょっとハジけた感じの出し物も必要でしょうね。たとえば、まあ賛否両論あるかもしれませんが、
「文学少女コンテスト」
なんて、いかがでしょうか。静かに本を読む姿だけで審査。眼鏡やおさげはポイント高しです。見事「ミス文学少女」に選ばれたお嬢さんには、やぐらの上で「ドストエフスキー音頭」を踊ってもらいます。‥‥って、それって罰ゲームに近いかも。
posted by 清太郎 at 13:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月24日

ドストエフスキー音頭

夏祭りの季節ですね。職場の最寄り駅では、今年も駅前で盆踊り大会があるそうで、ポスターがあちこちに貼ってあります。今年は何と新曲も披露されるそう。(といっても、これまでのバージョンも知らないが。毎年わかるのは、「渋谷音頭」のサビだけです。「ラブラブしぶや〜」とかいうの。)

こんなところで、ちゃんと人が集まるんだろうか、と思いつつも、いつも浴衣着たオバチャンが大勢集まって大盛況です。盆踊り好きな人は多いですよね。

ということで、うむ、そうだ、わが本業界にも、盆踊りを導入してはどうか。なんとなくとっつきにくい文豪であっても、「○○音頭」になると、とたんに親しみが湧いてくるのではないか。盆踊りついでに文庫本買って帰ったりして、販促にもなるはずである。
試みに、ひとつ作詞してみましょう。題して「ドストエフスキー音頭」。

ドスとその名は いかついけれど
よく見りゃちょいと いい男
(ヨイサ)
暑苦しさも 吹き飛ばす
老婆殺しは 罪と罰
(ホイと)
好きよ好き好き ドストエフスキー
好きよ好き好き ドストエフスキー音頭〜

ちょいとおヒゲを のばしてみれば
すぐにアンタも ドストエフスキー
(ヨイサ)
みんな来て来て 踊ってちょうだい
カラマーゾフは 三兄弟
(ホイと)
好きよ好き好き ドストエフスキー
好きよ好き好き ドストエフスキー音頭〜
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2006年07月22日

本の販売イノベーション

パロアルトにあるデザイン事務所IDEOのトム・ケリー『イノベーションの達人!』(早川書房 ビジネス系の本って、なんでこんな恥ずかしいタイトルにするんだろう。たぶん読み手のビジネスマンにセンスがないことを前提としてるんだろうな。原題は The Ten Faces of Innovation)をちょこちょこと読んでいます。イノベーションにまつわる気の利いたエピソードがいっぱい並べられていて、けっこう楽しい。
この中で、「コールドストーン・クリーマリー」の話が載ってました。冷した石板の上でアイスクリームをコネコネしてミックスするアイスクリーム屋さんね、六本木ヒルズなんかにある(池袋駅構内にもできたと思ったら、違う名前のマネっ子チェーンだった)。
本書によると、「アメリカのどの地域でも、もはやアイスクリーム店はほとんど機会のなさそうなビジネス・モデルに見える。‥‥業界大手の売上げはここ数年ほとんど横這いだ。」というところへ、アイスクリームをコネコネして提供するという手法を打ちだしたコールドストーンは、今や全米に1000店以上を展開して急成長。「アイスクリームの材料は確かに重要だが、この店の決定的な要素は、経験なのだ」と筆者は述べている。

ということで何が言いたいかというと、同じようなイノベーションを本業界でぜひとも導入したい。ずばり、
「本の実演販売」
である。
ふだん何気なく手にしている本だけど、とくに単行本の場合、その製本プロセスはけっこう複雑(松田哲夫+内澤旬子『「本」に恋して』(新潮社)なんかを読むと、よくわかります)。複雑で、なおかつ楽しい。本の製本を楽しむ市民講座もあるくらい。
本文の紙に表紙に、その間の大小いろんな紙を次々と手際よく組み立てていって、断裁して‥‥、というプロセスを、目の前で職人さんがやっていたら、飽かずじーっと眺めてしまうはず。
なので、本も完成品ばかり売らずに、本屋さんの店頭で、つくりながら売る、というのがあってもいい。まあコストがかさむから新刊ベストセラーだけにするとしても、たとえば同じハリポタを買うなら、店頭に積み上げてあるものから1冊買うよりも、目の前で製本してくれたできたてホヤホヤを買う方がはるかにいい。

自分が買うものを今つくってもらってるわけだから、ある程度は注文をつけられるかもしれない。
「めんどうだから上下巻まとめて合本にしちゃってください」
「しおりのヒモは、そっちのオレンジ色で」
あるいは、これはちょっとデザイナーさんの仕事と抵触するから特殊な契約が必要だろうけど、
「できるだけ小振りにしたいから、なるべく余白がないように断裁してください」
「表紙はそっちのソフトカバーにして」
「あとがきは抜いちゃってください」
などということができれば、ハリポタといえどまさにこの世で一冊だけの自分だけの本。愛着もひとしおです。
ジュンク堂あたりで、考えてもらえないかしら。
posted by 清太郎 at 01:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月21日

夏の文庫100冊

海外出張に行ってたりして忙しかったので、更新を怠けておりましたが、いつの間にか読書感想文の季節ですね。本屋さんの文庫コーナーでは、「新潮文庫の100冊」をはじめ、100冊セットが大売り出し中です。新潮文庫、集英社文庫、角川文庫、それぞれのパンフレットをもらってきたので、3つを比べてみました。

新潮文庫「新潮文庫の100冊」

やはり3つの中ではいちばん手堅くオーソドックスな感じ。大宰やら漱石やらドストエフスキーやらといった文学、あるいは「塩狩峠」「深夜特急」のようないかにも正統読書感想文にふさわしい作品が並ぶ。海外作品がいちばん多いのも良心的な気がする。全体的に、例年よりも硬めな印象です。どの1冊を選んでも、ふつうの読書感想文が書けるのでは。
なので、もし「100冊すべての読書感想文を原稿用紙1枚ずつ書け!」ということになったら(ならないけど)、角川よりも集英社よりもこの新潮文庫がいちばん手っ取り早い。読まないでも書ける定番本がいちばん多いからね。
ところで田口ランディって、もう終わってるかと思ったら、ちゃっかりこの100冊にも入ってたんで驚いた。

集英社文庫「ナツイチ」

辛酸なめ子とか嶽本野ばらとか。乙一が3冊、石田衣良が3冊、さくらももこが3冊。村山由佳が4冊も。見るからに若向けな感じ、と思ったけど、あるいはそうでもないのかな。彼氏がいなくて夏休みの予定がまったく入ってない若い女子もどうぞ、といったところか。とにかく「若い子も本読んでね」感がよく出てます。パンフレットも、本のあらすじ以外のことがいちばん充実。
海外作品は5冊だけだし、全体的に「新潮文庫の100冊」よりはとっつきやすいラインナップ。もし「100冊まとめて夏休み中にぜんぶ読め!」ということになったとしたら、3つの中で「ナツイチ」がいちばん手軽そうです。(逆に、「100冊すべての読書感想文を原稿用紙1枚ずつ書け!」ということになると、けっこうたいへんかも。そういうことにはならないからいいけど。)
しかし「ハチミツとクローバー」のノベライズ版というのは、ちょっとどうかと思う(マンガ読んだほうがよほどいいような気がするのだが)。それに、中高生の皆さんにぜひ言いたいのだけど、「ねじの回転」という作品を読むなら、恩田陸よりもヘンリー・ジェイムズのほうが断然おもしろいぞ。夏休みっぽいし。

角川文庫「夏の100冊」

えーと、なんというか、全体としてのメッセージ性のようなものがいまひとつ感じられないラインナップ。読書感想文用を狙ってるんだけど、滝本竜彦やら馳星周やら高杉良やらが交じっていて、いまひとつ座りが悪い。「100冊すべての読書感想文を原稿用紙1枚ずつ書け!」「100冊まとめて夏休み中にぜんぶ読め!」のどちらに転んでも、微妙にめんどくさそうです。
まあ、それなりに売れそう、あるいはこれまでよく売れた作品を集めました、という感じかなあ。たとえば東野圭吾でいうと、新潮文庫には入ってなくて、集英社文庫は「怪笑小説」「毒笑小説」「分身」と、まっすぐなミステリとは異なるもの3作を入れているのに対し、角川文庫は同じ3冊でも「鳥人計画」「探偵倶楽部」「殺人の門」と真っ正直にミステリ3作。それはそれで、ハズレはあまりなさそうだから堅実なのかもしれないけど、ちょっとつまんない。
ただ、ビギナーズ・クラシックスとして日本の古典(の入門バージョン)が4冊入ってるのはいいです。
ところで角川文庫のシェイクスピアって、表紙イラストがいつの間にか金子國義なのね。こわいけど、ちょっと素敵です。
posted by 清太郎 at 01:07| Comment(2) | TrackBack(1) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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