2006年03月30日

「桜の森の満開の下」朗読会開催のお知らせ

お花見の季節になりました。
満開の桜を眺めながらのドンチャン騒ぎもいいものですが、たまにはしっとりと、桜の下でブンガクにひたってみませんか。このたび、桜の下の朗読会を企画いたしました。お題はもちろん、坂口安吾「桜の森の満開の下」。夜の闇に包まれて、白い花びらが舞い落ちる中、妖しい世界に酔いしれてください。

「桜の森の満開の下」朗読会

【日時】 4月1日(土) 18:00集合 18:30開演

【場所】 谷中墓地(JR山手線「日暮里」駅からすぐ)

【集合】 JR「日暮里」駅南口改札前

【朗読者】 大畑ミミ緒(劇団 白痴舎)

【会費】 1,000円(当日、現地でお支払いください)

【定員】 20名(定員に達し次第、締め切らせていただきます)
      ※中学生以下の方は保護者同伴でお願いします。

朗読は2時間ほどで終了すると思いますが、その後は夜桜の下、ささやかな宴を催そうかと思います。とくに飲み物などはご用意いたしませんので、各自、お酒なりおつまみなりお弁当なり、ご持参ください。朗読していただく女優のミミ緒さんを背負って歩き、「桜の森の満開の下ごっこ」などをするのも一興です。
閉演時間は決めておりません。そのまま墓地で一夜を明かすのもいいでしょう。暖かい格好でご来場ください。

また谷中墓地は、獅子文六や上田敏、佐々木信綱、広津和朗といった文人の墓所でもあります。集合前、少し早めにご来場いただいての文学散歩もおすすめです。
 
 
↑念のため言っておきますが、ウソです。でも、いかにもありそうでしょう、こんな花見&朗読会。
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2006年03月28日

KAT-TUNに便乗

興味のないかたも多いでしょうが、ジャニーズのKAT-TUN(カトゥーン)がCDデビューして、話題になっています。1年くらい前までは、ファンの人以外にとっては「何それ? カットツン?」という程度の知名度でしたから、すっかりメジャーになったものです。「私だけの田口くんだったのに」と、古参のファンは複雑な思いを味わっているのかもしれませんが。。
このKAT-TUNのグループ名は、亀梨くん、赤西くんなど6人のメンバーの頭文字をつなげたものです。今回のCDデビューに便乗した企画はぜったいあるはずなのですが、なかなか目に付かないので、自分で考えてみます。ズバリ、
「読書界のKAT-TUNはこの6人だ!」
というのね。これまでKAT-TUNはメンバーがときどきドラマに出たりなんかして、一部に人気はあったのだけど、SMAPみたいに、みんなが知ってるというレベルには程遠かったわけです。
同様に、本好きには人気があって、実力もあって、でもマニア受けというより一般向けで(だから尾崎翠みたいなのじゃなくて)、なのに一般には知名度がいまひとつで、ファンは「もっと読まれてもいいのになあ」と歯がゆい思いをしている、という著作家は多いわけです。その中から、「KAT-TUN」の頭文字にしたがって6人を選ぶとすれば、誰が候補になるのか。
できれば若手6人を揃えるのがいいのだろうけど、実力を問うとなるとまだまだ力不足だろうし、何より私があんまり知らない。物故者だけはダメ、というだけのルールで、いろいろ考えてみたのが、次の6人。(平均年齢が高すぎかも。)

「K」金庸 (言わずと知れた中国武侠小説の巨匠。池波正太郎クラスの人気があってもいいのに)
「A」足立倫行 (『日本海のイカ』など、誠実なルポタージュはたまりません。沢木耕太郎くらい読まれてもいいのに)
「T」タブッキ (『インド夜想曲』『供述によるとペレイラは‥‥』は、もっとメジャーになってほしい)
「T」トリリン (アメリカのコラムニスト。爆笑コラム集『あのチキンはどこに行ったの?』が大好きなんだけど、他に翻訳されてるのは真面目なノンフィクションものが少しだけで、もったいない)
「U」欠番 うーん、なかなか思いつかない。過去の人なら、宇野浩二。
「N」ナイポール (カリブの島国トリニダード・トバゴ出身のノーベル賞作家。このハチャメチャぶりが、あまり日本人好みじゃないのかなあ)
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2006年03月17日

「痴人の愛」を生んだ家

先程、Yahoo!のトップページのニュースのところに、
「「痴人の愛」を生んだ家解体へ」
という見出しが載っていたので、
「エッ、谷崎の『痴人の愛』にはナオミと譲治(だっけ)のモデルとなるカップルがいて、その二人が暮らしていた家がこれまで残っていて、それがついに解体されちゃうってこと!?」
と思い、
「うへえ、「痴人の愛」が繰り広げられた家かぁ、それは乱歩の『陰獣』の静子さんと「私」(だっけ)が二人して素っ裸になって野獣のようにもつれあって駆けずり回った家、みたいなものかなぁ」
と思い、
「いろんなよくわかんない染みとか、あったりして」
と思い、
「うわ、なんでこんなところにこんなものが!?みたいな痕跡がいっぱいあったりして」
と思い、
「ハアハア」
と手の平に汗をかきながら記事をよく見たら、単に、
「谷崎がそこで『痴人の愛』を執筆した旧邸」
というだけでした。なーんだ。
紛らわしい。
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2006年03月14日

いろいろバンド

先ほど本屋さんに行ったところ、カウンターの片隅にホワイトバンドが置いてあるのに気づきました。ブームは去ったと思っていたけど、まだあったのね。
この手のバンドについての賛否はさておくとして、しかし本屋さんで売るべきは「ほっとけない世界のまずしさ」のシンボルとしてのバンドではなくて、「ほっとけない出版不況」「ほっとけない売れない本」のシンボルなんじゃないのか。アフリカの子どもたちを心配するのもいいけど、自分の足元を心配しろ。
と思ったのだけど、しかし出版不況について「ほっとけない」と思ってる人は、バンドを腕にはめる前に、とりあえず本を読んでるはずだから(しかも、売れなさそうな本を新刊書店で買って)、わざわざバンドで誇示する必要もないのでした。残念。

そういえば、しばらく前に、ホワイトどころか緑やら茶色やら黄色やら、色とりどりのバンドをギュウギュウはめたデブの少年を見かけました。何だかよくわかんないけど、自然保護やら津波救済やら10代癌患者救済やら、いろんなことのためのいろんな色のバンドがあるんですよね。以前から疑問なのだけど、それらを全部まとめて7色ぐらいがシマシマになった、
「ここにお参りすれば、四国八十八箇所全部まわったことになります」
みたいなバンドは売ってないのかしら。そういうのって、なんとなく日本人が昔から得意としてた分野のような気もするのだけど‥‥。
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2006年03月02日

ちょいモテ・ちょい不良オヤジのための本

ここしばらく、「ちょいモテオヤジ」とか「ちょい不良オヤジ」とかいうのが流行っています。「不良」と書いて「ワル」と読ませるあたりが、もうイタクてダメな感じがしますし、4、50代の勘違いオヤジのおかげで迷惑をこうむっている女性も多いような気もしますが、ともあれ、おそらく「BRIO」だか「LEON」だか「UOMO」だかでもう取り上げられているだろうけど、
「ちょいモテ・ちょい不良オヤジにふさわしい本」
を考えてみます。そこそこカジュアルだけど、いいブランドの服を着た自称ちょいモテオヤジが、肩掛けカバンから取り出す本は、何がいいのか。

えーと、まず消去法で考えてみましょう。どんなジャンルはダメなのか。
決定的にダメなのは、ビジネス関連でしょう。これから女にモテようというオヤジが、『図解 不動産証券化のすべて』などを手にして、あからさまに仕事の勉強などしていてはいけません。
池波正太郎も、ダメです。いかにもそれっぽい気がしますが、しかし、その当たり前すぎるところがダメ。鬼平や秋山小兵衛の生き方をリアルに実践しているならともかく、「鬼平犯科帳」や「剣客商売」を読んでいるところを、人に見せてはなりません。(これが女性なら、鬼平や秋山小兵衛の生き方をリアルに実践している女性よりも、「鬼平犯科帳」や「剣客商売」を読んでいる女性の方がモテると思います。)
司馬遼太郎も、同様にダメ。この手のものは、ちょいモテオヤジとしては、すでに読んでいるものなのであって、今実際にカバンから取り出して読んでいてはいけないのです。
著者がちょいモテ・ちょい不良系のオヤジ、というのもダメです。その本を読んで著者みたいなオヤジになりたいなあ、なんていう下心が露呈してしまいます。植草甚一とか野田知佑とか永井荷風とか、読むんだったら自宅でこっそり読みましょう。同様に、ハードボイルドな感じの小説も不可です。

少しでもお説教臭が漂うものも、ダメですね。『バカの壁』とか、今話題になってる『国家の品格』とか。「不良」と書いて「ワル」と読ませるのだから、ある程度は斜に構えてないといけません。
お勉強臭が漂うことも禁物です。ハウツーものは当然として、たとえば『罪と罰』みたいなものでも、「この年になって『罪と罰』に挑戦してます」なんていう雰囲気が漂ってしまいます。岩波文庫なんかも、「名作読んでます」という感じがして、ちょいモテ路線にあいません。講談社選書メチエみたいな、あの手の本もダメです。
ベストセラーになった本も、いけません。ファッションと同じで、あからさまに流行に追随するのは、いまひとつかっこよくない。ハリー・ポッターなんて、もってのほかです。
雑学っぽいものも、いただけないですね。特に新書の類。「そこから知識を得るために読んでいる」という読書は、ちょいモテ・ちょい不良のスタンスにはそぐわないと思います。

分厚い本もダメ。いかにも「読書してますねえ」というような雰囲気も、ちょいモテオヤジっぽくないですよね。2段組もダメ。マンゾーニの『いいなづけ』(平川訳で、分冊になってないほうね)なんて、ぜったいダメです(どうせ、カバンに入らないし)。
そもそも、小説なら長編よりも短編集です。サッと取り出して、すらりと読むのに、吉川英治の「新平家物語」第11巻、ではスマートさに欠けます。
同じ理由で、ハードカバーよりもソフトカバーの方がいいですね。ハードカバーでは、やっぱりいかにも読書してる感じになってしまいます。あんまり大判の本も、よくないですね。
そろそろ面倒になってきましたが、ともかく、やはり同じような理由から、泣ける本も、笑える本も、エッチっぽい本も、マンガも、いかにも十代、二十代の若者が読んでそうな本も、詩集や歌集も、宗教関連も、コンピュータ関連も、写真がいっぱい載ってる本も、ミステリも、SFも、時代小説・歴史小説も、いかにも女性受けしそうな本も、サブカル系も、難しそうな本も、ダメです。絶対ダメ。

ならば、どういう本がふさわしいのかというと、えーと。
ちょっとした時間つぶしに、煙草を吸うでもなく、ゴルフのスイングの練習をするでもなく、ぱらりと本を広げて、軽やかに読書。チラリとのぞく知性(「キラリと光る知性」ではダメ)。そんなふうに読める本。
モテたい対象であるところの女性が普通に読んでいそうなものはつまらないし(角田光代とか酒井順子とか)、逆に相手の興味を少しも引かなさそうなものもつまらない(永井龍男とかレヴィナスとか)。

というところで、なんだか、その相手の女性をきわめて限定して考えていないか、と思わないでもないのだけど、今問題としているのは「実際に何を読んでいれば女性にモテるか」ではなくて、「ちょいモテオヤジ」「ちょい不良オヤジ」というスタイルにふさわしい本は何か、なので、これでいいのです。
で、えーと、どんな本がいいんでしょうかねえ。
ここで、内田百ケンの随筆、などというと、すごくそれっぽい気がしますが、結論がそれではつまんないからなあ。えーと。
といろいろ考えると、たとえば、
・ダイベック『シカゴ育ち』(白水uブックス)
くらいしか思いつかなくて、これだって本当に、ちょいモテ・ちょい不良にふさわしいかどうなのか、エッ、と問われると、いまひとつ自信がない。えーと、何かこれぞというピッタリな本はないものか‥‥。
というところでふと思ったのだけど、そもそも「ちょいモテオヤジ」「ちょい不良オヤジ」なんてものに、そこまでこだわるような大層なスタイルはないような気がしてきました。案外『車輪の下』あたりで、かまわないのかもしれませんが、どうなのでしょう‥‥。
posted by 清太郎 at 00:00| 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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